[第二章:説得。秘密への接触。]その4

「カワシュちゃんだったかな。それじゃぁ行こうか」

「…うん」

 深夜二時ごろ。[廃棄域]内の[情報総合体]の大半が眠りについている中、カワシュと記印は、歩いていた。

 目的地は、第一階層の端にあるというリメたちの拠点だ。

 記印は場所を知らなかったそれを、昼間の間に見つけ出しており、つい先ほど、潜入のためにカワシュを呼びに来たのだ。

「いやぁ一人じゃ手が足りない可能性があるからね。カワシュちゃんが協力してくれてよかったよ。これでVBちゃんのために、ちゃんと調べられるよ」

「…はぁ」

 カワシュはべらべらとしゃべり続ける、傍らの記印に生返事をする。彼はことあるごとにVBちゃんと言うのだが、カワシュには誰のことか分からないし、興味もない。だからこそ、適当な対応しかしていない。なにせ、彼女にとって大切なのはただ一人。

(くそ雑魚お兄ちゃん…)

 彼女は、記印のために、協力しているのではない。あくまでもルキューレのためだけに、記印に手を貸しているに過ぎないのだ。

(…リメ)

 カワシュは、体育館で大胆な宣伝をしたリメの姿を思い出す。その様子は、純粋なもので、悪意などこれっぽっちも感じるものではない。

 だが、記印は彼女とノイエが悪人だというのだ。

(…そういえば、リメの一年前の噂。リメは娯楽をやろうとしてた。結局それはされなかったけど…もしかしたら、リメはそれを利用して…ウ、イルス…を蒔こうとしてたのかも。[フィールドガジェット]を使ったって話だし)

 カワシュは、震えが少し出る中、考える。

 記印に言われた情報が、彼女の頭の中で、意図せずに本当と捉え、思考を展開させていく。

(くそ雑魚お兄ちゃん…)

 ルキューレの姿を思い描きながら、カワシュは不安そうな表情をする。

(リメがウイルスを蒔いて、[廃棄域]を壊そうとしてる。そうしたら、くそ雑魚お兄ちゃんも…)

 震えが、強くなる。

 カワシュはそんな自分の身を抱いて、記印と歩いていった。

 …そして、目的の場所に辿り着く。

「…ここが、リメたちの本拠地だね」

「これが…?」

 言いながら、カワシュは覗き込む。

 その視線の先にあるのは、大きな円柱型の穴のようなものだ。

 木できたそれの底には、小さな城のようなものが確認できる。その頭上には、内壁に沿って木製の細い螺旋階段が設置され、途中から空中に伸び、城へと繋がっている。

「こんなの、ここにはなかったと思うんだけど…」

「多分、作ったんじゃないかな?[職人]もいることだし」

「[職人]…」

 カワシュは、ノイエのことを思い出す。

(…リメが[情報総合体]なのは間違いない。なら[職人]のノイエはどうして協力を?やる理由はないと思うけど…)

 ハイレイヤーの存在から、ノイエもプライドが高く、他を見下していると、無意識に判断してしまうカワシュ。

 その考えから、積極的な協力を行うノイエの行動理由が分からない。

(やっぱり、破壊するっていう目的が、[情報総合体]を見下しやすい[職人]には、面白く思えて?)

 AZの授業で、過去には住人の泣き顔を見るため、一つの土地を破壊した[職人]もいたという話を、カワシュは聞いていた。

 その話を思い出し、彼女は身震いする。

(…全部、ちょっと無茶な推測だけど…。とにかく、くそ雑魚お兄ちゃんのために、ほんとのことを知らないと)

 カワシュがルキューレの顔を思い出しながらそんなことを考えていると、記印が彼女の肩を叩いてきた。

「カワシュちゃん。すぐに城の入り口まで行こうか」

「…分かった」

 頷きあって、二人は螺旋階段を降り始める。どうやら、階段は外付けのものではなく壁とセットの[情報総合体]だったようで、見た目よりはるかに頑丈で、軋みも出ない。一段一段降りた際に足音が鳴らないようにだけは気を配り、カワシュたちは次々と下の段へ。

 そうしているうちに、城に立つ二つの塔に繋がる通路へと、二人は辿り着く。

「この先だね」

 記印はそう言ってカワシュと共に、左右の塔へ分岐する地点まで小走りで行く。

「さてさてと。ここから潜入開始だね。それにあたって、カワシュちゃんにはこれを渡しておこう」

「…?」

 記印は懐からあるものを取り出す。

 そして、それをカワシュに手渡した。

「これは…」

「カメラだよ。ハイレイヤーに作ってもらったんだ、高性能のやつ」

「…また剥かれて?」

「いやいや。今回は裸に剥かれた上に縛られてギロチン処刑ごっこさせられて、それを同人誌にされた」

「………」

 あんまりな内容に、カワシュはドン引きした様子である。

 しかも、記印はVBちゃんのためだからと言うだけで、まったく気にした様子がないのが、また恐ろしい。

 本当に彼は、VBのためでさえあれば、何の苦痛も感じないらしい。

(ハイレイヤーもハイレイヤーだけど、記印もなかなか…狂ってるなぁ) 

 などと思いつつ、カワシュはカメラを受け取る。

 それを確認し、記印は自身の分のカメラを見せながら、

「これで、ばっちり証拠を撮影するんだ。またウイルスを蒔こうとしているのなら、そのためのものがあるはず。まぁ何があるのかは分からないけど、怪しそうなのがあったら、片っ端から撮って。録画、録音もできるから、証拠取りに活かしてね」

「…証拠」

(そういえば、来たは良いけど、何を確かめれば証拠になるんだろう…)

 ルキューレのためと思い、ここまで調べるために来てしまったカワシュではあるが、それのことばかりを考え、具体的にどうするかを、あまり考えていなかったことに気づいてしまう。

(…とりあえず、やるしかないかな)

 自分が浅はかであることをうっすら自覚しつつ、カワシュはそう決める。

「それじゃぁ、行こうか。カワシュちゃん。リメは寝ているはず。起きているだろうノイエは、僕が見張って、場合によっては引きつけておくから、その間によろしく」

「え、そうなの?」

 ただ手分けするだけだと思っていたカワシュは、意外な言葉に少し驚く。

「うん。君は僕を囮にして、調べられるだけ中を調べてよ。ただ、五分くらい間を開けてからだけど。…あ、勿論静かにね」

「…わかってるけど」

 頷きながらカワシュは言う。

「それじゃ。…ここで[職人]サーチャーの出番だね。VBちゃんのために、頑張るぞぉ」

 そう小声で言いながら、記印は左側の塔から入っていった。

「…一、二…」

 五分後、カワシュは右の塔より、城の中に入っていった。

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