[第二章:説得。秘密への接触。]その5
「…やはり、実際にやってみなければ、分からない問題と言うものがあるものじゃな…」
ノイエは、城の一室で、机の上に載せた[フィールドガジェット]をいじっていた。
昼間、AZが使って暴走したことを受け、何かしら安全装置でもつけようかと考えたためである。
「…AZのようなのが他に出てこんとも限らん。対戦時以外は使えないようにしておくべきじゃな。……はぁ。己の至らなさがのぉ…」
自分の腕と背中のロボットアームを駆使し、彼女は次々と[フィールドガジェット]に改造を加えていく。
ため息をついたり、自分への愚痴を言ったりしながらだ。
「…しかし、ハイレイヤー問題もある。奴らはとりあえず力業で追放するのが、むしろいい気がするが…。その場合、[フィールドガジェット]で強化した連中による物量作戦を展開した方が良い。ならば…儂やリメによる許可制にするかの?」
ノイエの独り言が繰り返されるたび、[情報子]が宙に舞い、収束し、を繰り返す。
「如何せん数が多いの。しかし、早くやっておいた方が良い。手は足りんが、他に頼れるものもおらんからの。ここの[職人]は儂含めて四人じゃし」
今、ハイレイヤーは、その息のかかっていたAZを、指導教員を倒されて怒っている。そのため、協力はありえない。近いうちに、報復に来るだろう。
そのことが、ノイエは推測できていた。
「…後他に考えることと言えば、…例の領域展開、やはり使わないままの方がいいのかのぅ。現状でも住人を楽しませるのには足りておるし、大会時に対戦バランスを崩壊させるあれは……のぉ」
そう、ノイエが[フィールドガジェット]の機能について考えていた時であった。
「…?なんじゃ?こんな時間に」
ノイエは、顔を上げる。
狭い直方体の作業部屋の外…繋がっている廊下から、音を聞いたためである。
どうやら足音らしく、極力消すようにして入るものの、一人分のものが近づいてきているのが、ノイエには分かった。
「…リメかの?そういえば、ここ一か月ぐらい、よく夜中に歩いておったな。ペタに会いにでも…」
特に気にするようなことでもないかと思い、作業に戻ろうとするノイエ。
だが、違和感に気づき、彼女は眉を顰める。
「…リメの体はそこまで大きくない。じゃが、それにしても足音が、妙に…軽い」
微かに聞こえる足音は、硬い地面を踏んだ時のような重いものではない。言うならば、磨きあげられた石の床を、硬く細いものでついたような、音程の高いものである。響くような。
「…まさか、ハイレイヤーが直接報復に来たとでも?…いや、奴らは自分の手は汚さず、配下にやらせる主義。ならその配下?…もしくは何の関係もない[情報総合体]が紛れ込んだのか…」
数秒考えた後、ノイエは背中のロボットアームで掴んでいた[フィールドガジェット]をすべて床に置く。
そして、椅子から立ち上がり、部屋の出入り口へと向かう。
(一応、確認しておくかの。杞憂ならそれでよい。それならすぐに作業に戻ればよい)
などと考えつつ、ノイエは出入り口の取っ手に手をかけた。
「……?」
だが、そのノブが開かない。
「…どういうことじゃ。この城の[情報総合体]は、扉の類は開けられる性質だったはずじゃ…!」
何か異常が起きている事、そしていつの間にか足音が聞こえなくなっていることに気づき、ノイエは警戒する。
「…ハイレイヤーの配下が、本当に仕掛けてきたのか…」
それが、最も可能性が高いと思い、彼女が呟いた、その瞬間であった。
『いやいや。違うよ。確かに僕はハイレイヤーから、体、を引き換えに恩恵を得ているし、多少従っているけど、違うんだよねぇ、これが』
「…」
壁の向こうから聞こえる少年の声に、ノイエは警戒心を高める。
「…誰じゃお主」
『僕?僕はただの[情報総合体]だよ?何の変哲もない。ただなにかあるとすれば、それは…全てはVBちゃんのためにあるってことかな!』
「なんじゃと?」
VB。その名前でもあり、役割名でも言葉に、ノイエは反応する。
「…奴と関係があるとでも?」
『僕はVBちゃんのために動く、それだけの存在。全てはVBちゃんのためだよ?ああ、VBちゃん』
「……ふむ。話が微妙に通じてない気がする相手じゃ」
(どうにしろ、ここで儂を閉じ込めている以上、無害な相手ではあるまい)
「…貴様、何が狙いじゃ」
『だからVBちゃんのためだって』
「……いやわけわからんわい」
具体性に欠ける相手の発言に、ツッコむノイエ。
それを受け、扉の向こうの相手は怪しげに笑う。
『…ふふ。だからね。全てはVBちゃんのためだよ。VBちゃんのために…』
開かない扉の僅かな隙間から目を覗かせ、ノイエを視界に収め、彼は言う。
「悪事の証拠、掴ませてもらうよ。そう…ウイルスの」
「…なん、じゃと…!?」
扉の向こうの少年、記印の言葉を聞いたノイエは、目を見開いた。
▽―▽
「色々撮ってるけど、証拠とかになりそうなのは…」
記印がノイエを抑えている間。カワシュは城の中を歩き回っていた。
彼に言われた通り、あちこちを撮影している。だが、あるのは薄暗い廊下ばかりで、繋がっている部屋の大半も空き部屋だ。
唯一何かあった部屋と言えば、[フィールドガジェット]が大量の保管されていたところぐらいだ。
その部屋を覗く際は、すぐ近くにノイエの作業部屋もあったため、気づかれないか心配なものであった。そのため、若干冷や汗をかきながら通ったものである。
「…証拠、本当にあるのかなぁ」
かれこれ一時間近く歩き回ってなお、めぼしいものがないため、カワシュはそんなことを呟いてしまう。
(けど、くそ雑魚お兄ちゃんのためにも、あったときを考えて、しっかり)
その証拠とやらが、果たしてものとしてあるのかも謎なところではあるが、彼女は歩くしかない。
(もう二度とと、あんなことには…)
そんなことを思いながら、彼女は廊下を回り、部屋を除き、階段を幾つか下りた。
下に行けば行くほど城内は明るくなっており、光源系の[情報総合体]が多数設置されているのが見とれる。
「もしリメが起きてて、見つかったら不味い…」
最後の階段を降り切った頃には、明かりは現実における晴天時の日光ぐらいまでの光量を持っており、誰かいれば、目視ですぐ気づかれるような状態である。
そのため、カワシュは柱などの物陰に隠れながら、少しずつ奥に進んでいった。
「…この階層、他に部屋がない…?」
進みながら、彼女は呟く。
先ほど到達したこの最下層は、長い一本道の廊下があるのみで、道中には一切扉も脇道もない。
ただ相当な光量を持つ光源が一定間隔で、理路整然と並んでいる。
「なんか、ゲームのダンジョンみたい…」
余りにも堂々とした廊下の佇まいは、逆に怪しさを抱かせる。
廊下の先にある大き目の扉は、向こう側に何かある、もしくはいると考えさせてしまうような豪勢さを誇っていた。
(…こんな奥にあるなら、何か証拠になるものがあるかも)
そう思い、カワシュは進んでいく。だが、途中から物陰がなくなってしまい、仕方なく音を立てないよう気を付けながら、小走りをすることにした。
(誰もいないよね…?もしバレて何か明日、くそ雑魚お兄ちゃんに何かされたら…バレないように早く…!)
そう思い、思ったよりも長くはなかった廊下を走り抜け、カワシュは扉の前にたどり着く。
「……」
誰か中にいたりしないか。そう思った彼女は、扉に耳をあててみる。
(……誰も、いない?)
物音はこれといってしない。
誰もいないだろうと思い、カワシュはそっと扉を、自分が通れるぐらい開ける。
そして、様子を伺いながら、ゆっくりと中に足を踏み入れた。
「…?ここは、一体……」
カワシュは、背後の扉の隙間から溢れてくる光に照らされ、少し明らかになった暗めの室内を見る。
「…」
最初に視界に映るのは、天蓋付きのベッドだ。カワシュの倍近い高さの天蓋には、大きな画面のようなものがあり、ベッドで寝転がると見やすい位置に設置されているのが分かる。
「…?」
どうしてそんなものがあるのだろうと思いながら、カメラを構えつつ、カワシュはなんとなしに視線を下げた。
そして、それを見てしまった。
「…え?」
彼女の目線の先にあった…いや、いたのは、右半身から歪な黒い物体が生えているように見える、少年だった。
「…これ、なに?」
「……ぁ?」
カワシュの声に反応し、青年が少しだけ震える。
その明らかに、尋常とは言えない様子に、カワシュは恐れおののく。
「…これって……これって」
少年にある異物。それは、一つの[情報総合体]の一部にしては、余りにも少年の体と違いすぎている。…まるで、内側から生えてきたように、不気味な雰囲気を持っているのだ。
「…こんなの、普通は…起きない…起きない…!」
「……ぁぁ」
少年は、左目だけ動かし、カワシュに視線を投げかける。
どことなく意思を感じないでもないが、虚ろと言っていい瞳。
それに見つめられ、何かを感じたカワシュは、恐怖で顔を歪める。
「…こんな、こんなこと…」
呟きながら、彼女は崩れ落ちる。
震えながら、視線を落とす。
そして、こう考える。
これは、ウイルスでこうなっているのではないかと。
(一年前…あの人たちがウイルスにやられたとき、この子とおんなじ目を…してた…気が…する)
「……うぅ」
恐怖が露骨に現れた声を上げながら、カワシュは蹲る。
(…きっとここは、リメたちの実験場か何かなんだ…ウイルスでどうなるか見るとか、そういうのをするための…)
そう思うと、震えは止まらない。
昼間のリメの表情全てが、黒い感情を隠した、嘘の仮面ように思えてならない。
彼女らが、ルキューレたちを騙して悲劇をもたらそうとしているようにしか思えない。
「…!」
そう考えた瞬間、カワシュは顔を上げる。
「…そうだ。これ、きっと…証拠になる…」
脳裏を過るのは、もう失いたくはない、最後の大切な人の顔。
くそ雑魚お兄ちゃんと呼んで甘え、笑いあい、共に過ごす日々。
それを守るために、カワシュはカメラを震える手で握り、ゆっくりと持ち上げていく。
(これを証拠にして…説得すれば、いくらくそ雑魚お兄ちゃんだって)
どれほどリメとノイエの行う娯楽に惚れ込んでいたとしても、ウイルスによる惨劇がその裏に隠されていると知れば、二人から離れるに違いないと。
そうなれば彼は安全となり、さらには自分からずっと、離れはしないと。
「くそ雑魚お兄ちゃん…!」
愛しい人の名前を呼び、カワシュは少年に向け、シャッターを切ろうとする。
…しかし。
「…可愛い子ね。とっても♡」
「!?」
誰かが、カワシュの手を押さえた。
全身に寒気が走る中、彼女はその行動の主へ、視線を向ける。
「…ああ、いいわねぇ♡もっと追い詰めたいものねぇ♡」
そういうのは、暗闇の中で紫色に目を光らせる、リメであった。
「…リ、メ…いた、の…」
「そうねぇ。いたわねぇ♡最初から。足音がするから、静かに部屋の隅にいたのよぉ♡」
「……」
リメは妖しく笑いながら、カワシュからそっとカメラを取り上げる。
「あ……!」
彼女は取り戻そうと手を伸ばすが、リメに軽くはたかれ、防がれてしまう。
「…ダメよぉ♡これはボッシュートよぉ。…ほらそれあっちにぽ~い一発!♡」
言って、リメは扉の反対側に向かってカメラを勢いよく投げつける。
すると、壁にぶつかった瞬間、その壁…扉は勢いよく開き、もう一つの出入り口をあらわにする。
[廃棄域]全階層を、見上げることができるそれを。
「…ぁ」
カメラはもう一つの出入り口に繋がっていた細い階段のあたりを転がり、そのまま階段の端の方から、下の方へ落下していった。
「…証拠…」
カワシュは階段の下に広がる暗闇を見ながら、絶望の表情をさらす。
そんな彼女を、リメは抱き寄せる。サディスティックな笑顔と共に。
「可愛いわねぇ♡本当にいいわねぇ♡一年前も、こんなのがたくさん、だったのかしら。…まぁどうだろうと、これからこんなのがたくさん見られる予定なのよぉ、カワシュちゃん♡」
「…い…い、やぁ」
余りにも不気味なリメの様子に、カワシュは先ほど以上の恐怖で顔を歪める。
「…ああ、楽しみだわぁ♡計画はすぐに動く。目的の物は手中にあるしねぇ?」
そう言って、リメは左腕につけていた物体に触れる。
と同時に、周囲の[情報子]が集まり、彼女の姿を変異させる。
「…カワシュちゃんも、ね♡だから見せてあげる私を」
「………」
リメの姿。それは、昼間見たそれとは大きく異なっていた。
背中には刃が翼のように生え、腕には漆黒の装甲。胴体は紫の被膜でおおわれ、頭には三本角の兜がついていた。そして、それらすべてに走る紫色のラインが、妖しく光る。
「…さぁ、カワシュちゃん♡まずは話をしましょうか。カワシュちゃんの大好き…多分の、彼について。ね♡」
リメは、カワシュに自身の頬を刷らせながらそう言う。
彼女の表情が凍り付いたのを、肌で感じながら。
「…いや、いやぁ…いやぁ……!!」
▽―▽
「……これは。まさか」
VBは、感じ取った。
そして、動き出す必要があることを、理解した。
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