[第二章:説得。秘密への接触。]その6 

「行かない?どういうことです、カワシュ?」

 翌朝、いつものように彼女に起こされたルキューレは驚いていた。

「…くそ雑魚お兄ちゃん。ごめん…」

 起きて早々、カワシュは以降の住人の説得に関わらないことをルキューレに行ったのだ。

 それを受け、予想だにしなかったことに、彼は混乱する。

「カワシュも見たでしょう?あの娯楽の一端を。君は、魅了されなかったんですか!?」

「…それは、魅力的に見えはしたよ?したけど…」

 カワシュは俯き、言葉を詰まらせる。

「…何か、あったんですか?昨日なんか変なこと聞いてきましたし」

「…う、ううん。別に。ただ……」

「ただ…?」

 言って、ルキューレは先を促す。

 それを受け、カワシュは数秒沈黙した後、こう言う。

「やっぱりくそつまんないって。くだらないって、思ったの」

「…はい?」

 ルキューレは眉をピクリと動かす。急に、何を言っているのかと。

「…くそ雑魚お兄ちゃん。わたちぃ、気づいたの。リメがやろうとしてる娯楽は、すっごく、すっごくしょうもないものだって」

「急に、何を言って…」

 少し目を細くして言うルキューレを遮るかのように、カワシュは勢いよく言う。

「…本当にくだらないよ。あんな変なもの使って姿を変えて闘うとか、ただのコスプレチャンバラみたいなものでしょ?ゴミだよ、ゴミ。くだらない、価値がない、頑張って大会やる意味なんてない。時間の無駄、余計なこと、いらないこと!だからわたちぃは…」

「カワシュっ!」

 突如、ルキューレが大声を上げる。

 それを受け、いつの間にか下がっていた顔を上げるカワシュの瞳に映るのは、額に青筋を浮かべるルキューレの顔だ。

「なんですか、起きて早々、娯楽のことこき下ろして。何のつもりですか…」

 ルキューレは、声を押さえこそするものの、その苛立ちを隠しきれない。

 やりたいと思った、好きな娯楽を目の前で急に、さんざん馬鹿にされたのだ。彼が冷静な方ではあっても、そうなるのは無理もないだろう。

「カワシュ。僕があの娯楽が好きなのは、気に入ったのは分かっているでしょう?にも関わらず、どうしてそんなことを言うんですか」

(非常に、気分が悪いです…)

 ルキューレは、ただの寝ぼけた戯言でもない限り、怒りを収めるのは難しいと頭の隅で思いつつ、カワシュを見つめる。

 そして、彼の鋭い視線を受けた彼女は少し沈黙した後、再び口を開く。

「…だって、事実だから。リメが言う…娯楽は、AZのこともあるし、…それにとても危険だし。…そ、底も簡単に知れる浅さで、野蛮で、それだけのものなんだから…」

 どこか、言うのを躊躇っているかのような様子を見せながら、カワシュは言う。

 それは、明らかに妙な様子ではあったが、娯楽をさらに馬鹿にされ、怒っている彼は見落としてしまう。

「カワシュ…」

「そうでしょ?だから、私は体験会には出なかったし…」

 どこか気まずそうに視線を背けるカワシュ。

 ルキューレは、その肩を掴む。

「…やめてくださいよ、カワシュ。…君があの娯楽が嫌なのは、…まぁいいです。…だとしても、どうして気に入っている僕の前で、そんなこと言うんですか!」

「それは…」

 カワシュは唇をかむ。

「…わたちぃ、あんなの嫌だから、くそ雑魚お兄ちゃんにもやめてほしいの!」

「やめるわけがないでしょう!?ただただ面白そうな娯楽のため、協力することを!」

「くだらないよ、それ!本当にしょうもない!やめて!その方がいい!」

 カワシュは、ルキューレが怒りで肩を震わせる中、娯楽を何度もこき下ろす。

 彼の怒りが最高潮に達するその時まで。

 そしてついに、彼は爆発する。

「…いい加減にしてください!」

「…っ!」

 今までにないくらいの怒声で、ルキューレが言う。

 その迫力に、カワシュは怯む。

「何のつもりか知りませんがね。好きな人の前で、好きなものをそれだけ馬鹿にするなんて最悪です。最低ですよ、カワシュ!」

「…くそ雑魚お兄ちゃん…」

「やめてください!人にそんな名称を使っていいと思っているから、こんなひどいことを言えるんです!」

「…」

 カワシュは沈黙する。

「図星ですか。そうですよね。じゃなきゃ、こんなにやたらとしつこく馬鹿にしてきませんもんね」

(本当、最悪です。カワシュがそんな人だとは…)

 彼の視線の先で、彼女は暗い表情のまま、ただ沈黙している。

(今は、ただ楽しみだけがある時間だったはずなのに…カワシュのせいでぶち壊しです)

 怒り心頭のルキューレは、彼女を見ながら、激情ゆえの思いを巡らす。

(しょうもなくなんてありません。今までにないことができる素晴らしいものです)

 思う。

(危険?そんなものあるわけないでしょうが)

 あの純粋な熱意を持ったリメがやろうというのだから。

「あの娯楽は安全で、楽しいもの。それだけです。少なくとも僕にとっては。だから…」

 ルキューレはカワシュを弱めでこそあるが睨み、こう言い放つ。

「…カワシュがそんな考えなら、いいです。僕一人で行きます。カワシュとは暫く会いませんから」

 彼はカワシュと一緒に、リメたちの娯楽を楽しくやりたいだけだった。

 だが、こうなってしまっては、どうしようもない。

「さようなら、カワシュ…」

 ルキューレはそう言い、扉を開けて一人出ていく。

「…くそ雑魚お兄ちゃん」

 カワシュは視線を後ろにやり、出ていく彼を悲しそうに見ていた。

「…ごめん、なさい」

 静かな懺悔が、零れ落ちる。



「…全く、わけわかりませんよ、カワシュ。…ノイエもそうですが、なんであんな変な態度とるんですか。僕にはさっぱりです」

 ルキューレはそんなことは露知らず、第一階層の道を歩く。

 今日は、第二階層の真ん中あたりで集合となっており、それから住人の説得を行い始めることになっている。

「…嫌な気分です。説得のときに出ないといいのですが…」

 呟きつつ、先ほどのことを頭から払うように、彼は頭を左右に勢いよく降る。

「…まだ時間はあるはずです…。ですが、なんだか走って早くいきたい気分ですよ」

 先のことで生じた、嫌な気持ちを払いたいという欲求でも出たのだろうか。彼は階層ごとを繋ぐ道を目指して走っていく。

 そして数分後、そこへと辿り着いた。

「…誰もいませんね。…皆さん、もう行ったのでは?」

 ルキューレは、目の前の構造体を見上げる。

 彼の目の前にそびえたつのは、どこぞの神話に語られるバベルの塔を想起させる形状の、大きな塔だ。

 元々はハイレイヤーによって、各階層を繋ぐために建造されたもので、彼女らが移動に使っていた。だが、現在は彼女らがひき籠ったことで使用しなくなったため、[情報総合体]たちが勝手に使っているのである。

「あまり遅くなるといけませんね。僕は、協力者のリーダーみたいな立ち位置に収まってしまっていますからね」

 彼はそう言って、ルキューレは中には上への一本の道以外何もないその塔へと入る。

 そして、何かを走らせるためだったのか綺麗に舗装され、上に向かってカーブを描くその道を、彼は駆けあがっていく。

「早くしましょう。…ああ、こんなときに[フィールドガジェット]があれば。ノイエに回収されていなければ」

 AZを打倒した時の自身の身のこなしを思い出しながら、ルキューレは愚痴る。

「…。あれは」

 ふと、走る彼の視界に、あるものがとまる。

 それは、いつもカワシュと過ごしていた図書館だ。

 塔はあちこちがくり抜かれているため、外を見ることができたため、発見できたのである。

「カワシュ…」

 ルキューレは先ほどの、過剰なまでの、畳みかけるような悪口を思い出し、不機嫌そうに口を曲げる。

(本当、カワシュがあんな人だとは思いませんでした…あんな…)

 …ふと、ルキューレは疑問に思う。

(…カワシュは、本当にあんな人でしたっけ)

 これでも、一年ほどは彼女と共に過ごしている。

 当然その過程で、ルキューレは彼女のことは全てではないにしても、ある程度は把握している。あんな露骨な悪口を言うところがあるなら、とっくに気付いているか、そのきっかけとなる事態が起こっているはずである。…だが、そんなことは、今まで一度もなかった。

(…カワシュは、あんな暴言を吐くような人格をしていたでしょうか)

 自分に対しては、ほんの少しだけ横暴だが、それ以外の相手には委縮しやすい彼女。常に自分の後についてきて、ただ共にいる彼女。そこに、先のような要素は含まれていないはずだ。

(…何か、おかしいような)

 ここにきて、ルキューレはカワシュが娯楽を馬鹿にした時、少し言葉を詰まらせていたことを思い出す。

(…何かあったんでしょうか)

 少し、嫌な予感がするルキューレ。

「戻った方が、いいんでしょうか」

 彼はそんなことを呟き、二層を目前にする。

 …そんな時であった。

『こちらぁ…第五階層尊きぃ、ハイレイヤーのぉ…放送。ゴミども、私たちのありがたーいお声を、拝聴しているかぁ?』

「ハイレイヤーの放送…」

 ルキューレはいつも通りの時間のそれに、顔をしかめる。

 だが同時に、違和感に気づく。

 いつものそれより、明らかに不機嫌そうであるという。

「なんですか…」

『ゴミども。私たちの場所で、なんか始めたそうじゃないか。随分楽しい娯楽と言うのをぉ』

 放送は続く。

『しかもそれは、ここ全部を使って行うそうだなぁ?』

『生意気な連中め』

 苛立った声が重なる。

 この時点で誰が聞いても分かるように、ハイレイヤーは不機嫌であった。

『お前らは、私たちが目をかけてやったAZを完敗させ、指導教員も粉砕してくれたそうじゃないか。本当に生意気だ』

「…相変わらずですね」

『私たちハイレイヤーのものであるここで、お前らは本当に好き勝手やってくれた』

 ルキューレは二層入口へと歩いていく。

『[情報総合体]の分際で、思い上がって、本当に好き勝手に』

 第一階層より明るい、第二階層の光が、ルキューレの視界に入り始める。

『その調子づいた、思い上がった、勝手で、愚かなお前らのために…私たちは用意してやった』

「用意?」

『さぁ、見るがいい』

 ルキューレは塔の終わり、第二階層の入り口へとたどり着く。

 そして、その先に広がる光景の先に、それ(・・)は落ちてくる。

『これがお前らに課された…特別講習だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 放送が音割れしている音声と共に途切れる。

 同時に、巨大な物体が一つ…いや一体、リメたちのいるであろう場所へと、勢いよく着地した。

「…なんですか、あれは…!」

 それを見て、ルキューレは塔から出て、目を見開く。

『…さぁ。不良生徒共』

 着地の衝撃で舞い上がった無数の[情報子]が地面に落ちていく中、現れた四脚型の巨体は、通信越しの声を発する。

『始めようか。この…教師AZが!止まった授業を、再開する!』

「な、なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 ルキューレが驚きの声を上げる中、AZを乗せた巨体は動き出す。

 四つの足と、四つの腕と、四つのドリルを手代わりに持ったその兵器は、足元のリメ一行に、狙いを定めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る