[第一章:日常。遊戯の復活。]その5
「…どうやら、間に合ったようですね」
「そうだね、くそ雑魚お兄ちゃん」
ルキューレたちは、学校の校門前へと来ていた。
途中からは小走りで道を進んできた二人であるが、見たところ、その息は上がっていない。…そしてそれは、[情報総合体]が疲れとは無縁である証拠であった。
「しかし、ギリギリですね。リメの宣伝で時間を食われすぎましたか」
「後五分しかないよ、くそ雑魚お兄ちゃん」
正面方向を指さすカワシュを尻目に、ルキューレは前を見る。
その視線に広がるのは、巨大な校舎だ。全部で四つの棟と体育館からなるそこは、校舎を中心にし、二等辺三角形の形で並んでいる。
立ち並ぶ校舎はどれも同じような、純白の見た目をしており、それらを木でできた渡り廊下が、一階と二階で結ぶ。
一方の地面には綺麗に敷かれた土が確認でき、そこには道を示す白線が引いてある。
ルキューレたちはそこを、再び小走りで進んでいく。
「今日は体育館でしたっけ?一限目は」
「そうだよ、くそ雑魚お兄ちゃん。…早くいこう」
「ですね」
二人は地面を走り抜ける。
だがその際に踏みつけられる地面は、一切の形状を変えない。
土の破片も飛ぶことがなく、あるのはせいぜい、地面に微量に積もっていた[情報子]だけ。
これが意味するところは、この地面が…そして学校と言う施設自体が、大きめの[情報総合体]である、ということであった。
「扉は空いているようですね」
二人は校門より先の道を通り、中庭を通過。その先の体育館の入り口へ、二人は速度を落としながら近づく。
「…なんか、中暗いですね」
ほとんど歩きとなったルキューレたちは、入り口に近寄り、中を覗く。
「…こ、怖く、ない…くそ雑魚お兄ちゃん?」
「…妙に静まり返っていて、不気味ではありますね」
と、扉の向こうにいた一人が、二人に手招きをする。
「お二人さん、早くしな。AZさんの特別講義とやらが始まるらしいから」
「特別講義、ですか?」
ブリキ人形の[情報総合体]の手招きに従い、二人は暗い屋内へと入っていく。
「…確か、一限は体育館でチャンバラするって話だったけど、くそ雑魚お兄ちゃん」
「…話が違いますね。どういうことです?」
ルキューレはブリキ人形に問いかける。
彼は何故か小声で、二人に言う。
「…どうやら気が変わったらしい。早めに集まっていた連中に、暗闇の中で静かに待機するように言って、本人はどっかに行っちまったようだ…」
「…どういうことでしょうか…」
不思議そうにルキューレは首をかしげる。
ブリキ人形の言葉を受け、彼も小声になっていた。
「…耳のいい奴が聞き取ったんだが、どうやら何かの準備をしているらしい」
「…準備?」
「…衣擦れの音もしたって話だ。実際、いつものAZさんが着てるジャージが霧散するのを見た奴がいるから、衣装を変えてるのは間違いねぇ」
「…なんのつもりでしょう」
この世界において、服は売っているようなものではない。服の[情報総合体]を身に着けるなどの場合を除き、住人たちが着ている服は、実は自分の体の一部ともいうべきものである。ただし、膜の外側で勝手にできるもので、脱いでも特に害はない。現実で言うところの毛のような立ち位置だ。
こうなるのは、[情報総合体]に見られる、ある性質が関わっている。
「…噂をすれば来たようだぜ、お二人さん」
ブリキ人形に言われ、ルキューレたちは体育館の舞台のある方へ視線を移す。
それと同時に、屋内のライトが一斉に点灯。舞台に立つものを照らし出す。
「…あれは」
館内に集められた住人たちが、舞台上の人物を見て、ざわめく。
それを受け、舞台に一人で立つ女性…教師AZはマイク片手に口を開いた。
「はぁ~い♡私は最新版AZ!皆さんに新しい教科、音楽の授業を受けさせてあげるため、新しい自分になってきましたぁ~♡うふっ」
『………』
沈黙が一体を支配する。
原因は、当然ながら舞台の上のAZ…やたらフリルとリボンの多い、ピンクのミニスカート衣装を着た彼女の発言だ。
彼女はアイドルか何かのように、可愛らしい動作を見せつけるようにやっている。
…しかし。彼女は身長が高かった。二メートル近くある高身長である。アイドルのような、可愛らしい動作は合っているとはあまり言えなかった。
しかも、先ほどは普段からは考えられないほどの甘い声を出して言っている。
小さな女の子のイメージでも持っていそうなもので、前述の彼女の格好と身長もあって、違和感が凄まじい。
…可愛くするにしても、もう少し別の方向性でやったほうが良かったのではないだろうか。…いつも通りのジャージに竹刀二刀流の方が格好良く決まっていたのに…。
そんな感想が、体育館にいる住人の八割方の頭の中に浮かぶ。
「…せっかく私が最新版になってきたのに…飽きた様子だから新授業持って着たのにぃ…何かな、この微妙な空気感♡……?」
AZは、戸惑いと呆れ、その他様々な感情によって何とも言えなくなっている空気を受け、額に青筋を浮かべる。
「まぁ、いいけどぉ♡」
彼女はリボンに包まれすぎて触れられない胸に、手を添えて落ち着こうと息を吐く。
その後、左手に持っていたマイクを口元に持ってきて、AZは言葉を続ける。
『私はぁ♡生徒の皆さんに新授業、音楽を用意しましたぁ♡内容は簡単。一万秒もの時間練習した私のベストソングを聞いてぇ♡もらいます!そしてあなたたちにも、やってもらいますよぉ♡』
『…歌?』
AZは狙って可愛らしく頷く。
『その通り!ここで、すぐに!私が歌ったらね♡このマイクを貸してあげるからぁ♡授業終わりに一番うまい人が歌ってもらいまぁす!』
彼女はマイクを手の上で回しながら言う。
そして、そのマイクは現実にあるようなものと同様の機能を持っている。
これは、AZが[職人]だから作った道具だから、と言うわけではない。そのマイクもまた、[情報総合体]である、ということだ。
同様の情報が集まってできる[情報総合体]は、その内包、構成情報によって、形質及び、性質が決定される。
膜ができる都合、獲得する性質に結構な縛りはあるものの、それでもある程度発現するし、道具などは、内部完結するようなものなら、制限なく現れる。(マイクや電子レンジなど。現れにくいのは、ドリルなどの他を破壊するものだ)。
ちなみに、ルキューレたちの場合は基礎の性格と、服を形作る性質などである(これは生身に服を着ているという情報に影響されており、膜は生身の方にあるため、外装として服を自動で作るという性質として発現したのだ。…なお、これは同じ服を作る事しかできず、自身での制御は無理である)
『それじゃぁ、行きまぁす♡』
周囲が困惑し、AZの言葉を飲み込まないうちに、彼女はマイク片手に歌い始めようとする。
「…一万秒。時間に換算すると三時間弱なのですが…」
そう、ルキューレが呟く…その瞬間であった。
「誘いに来たわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
『何ぃ!?』
突如、体育館の扉が勢いよく開く。
そこから現れたのは、ルキューレたちにとって見覚えのある顔である。
「ちょうどいっぱいいるわね!それじゃぁ誘いを始めるわよ!」
「リメ!?教師AZの邪魔は……!」
驚いたルキューレが振り向き、四角い物体を腕につけたリメを見る。
「嬢ちゃんやめておけ!AZさんの行動を遮るのはまずいぞぉ!」
「え、どういうこと?」
リメはブリキ人形に言われ、不思議そうに首をかしげる。
それと同時に、音割れするほどの怒声が響き渡った。
『貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!私の授業を邪魔するとはなんのつもりだぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
「う、うるさい!?」
ライトが一斉に動く。素早く回転し、入り口のリメ、ルキューレなどをまぶしく照らす。
『私は生徒のため、必死で考え、新たにできることを考案した。その結果がこの最新版だ!その記念すべき初回授業の出鼻をくじくとは…教育的指導が必要だぁぁぁ!!』
叫び、教師AZはマイクを放り、服の背中から竹刀二振りを取り出す。
そして、それらを勢いよく打ち合わせた。
「出ろ!指導教員!」
『了解』
瞬間。轟音と共に、舞台の上から何かが複数体落下した。
『げぇ!』
リメ以外の全員が、嫌そうに声を上げる。
そんな彼らの視線の先にいるのは、合計十体の人型だ。
捻じれている細い腕は足元まで伸びており、短めの足や胴体も捻じれている。頭部はサングラスをかけた球体で構成され、その球体が今光り出す。
『命令共有』
「ま、不味いですよ…!また体が捻じられますよ!」
「それは嫌だよ、くそ雑魚お兄ちゃん!」
ルキューレたちが恐れを含んだ声を上げる。
その声に指導教員は一切反応しない。教師AZによってハイレイヤーより譲渡されたそれらは、彼女が気にくわない相手を限界まで捻じれさせ、しばらくの間何もできなくするためにのみ行動する。そのため、彼女以外の誰が何と言おうと、聞きはしないのだ。
『対象、入り口の不審者。捻じり…』
機械的音声とともに、指導教員が一斉に跳躍。リメへと迫っていく。
「猛省しろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!この犯罪者がぁぁぁ!!」
AZの叫ぶ。
「リメ!逃げてください!捻じられるのは、冗談抜きで辛いですよ!」
[情報総合体]は、触角はあっても痛覚はない。そのため、ねじりに苦痛はないが、代わりに体の感覚が極限までおかしくなる。結果、それによる強すぎる違和感と不快感が彼らを苦しめることになる。
それは避けるべきなのだ。
『実行する!』
指導教員の捻じれた腕が、リメを締め上げ、捻じろうと勢い良く伸びる。
そして、彼女をルキューレたちの想像通りにしようとし……。
〈オープンエリア リベレイション〉
謎の表示が空中に出たその瞬間。
「これはっ…!?」
リメの姿が、大幅に変わり始めた。
光と共に。
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