七.蒼紅の争覇

 一騎討ちの日を迎え、桧木峠には紅城軍と蒼司軍が布陣し両家の当主が礼を交わしている。


「定紀殿、我らに紅城を明け渡してくださり感謝の言葉もありませぬな」

「争いのない世を築くためにお互い身を捨てる覚悟をしましょうぞ、鳴徳殿」


 二公の鞘当ても厳しい。そもそも蒼司側が紅城の鉱山を狙い仕掛けたのが発端であるため、劣勢とはいえ定紀の対応は大分抑制している。


「新型ですが。蒼司も大したものですな」

「そちらこそ相変わらず同じ機体の使いまわし、と思わせておいて伏せ札を用意しておるのでは」

「ははは、そのようなものがあったら隠したりせずに堂々と見せていますよ」


 そう言って紅城の当主は笑うものの実際はその通り隠していることをおくびにも出さない。一方、一騎討ちの将として選ばれた二人は淡々と礼を交わしてそれぞれの機体へと向かっていった。

 頭巾を被った尼僧として随行しているレディはその様子を兵士に扮した陽向とともに眺めている。


「あれが地井直騎様ですか」

「ええ、蒼司の真胴者としては一番と名高いわ」

「確かに……同等の真胴に乗せたら泰輝様でも楽勝とはいかないかな」

「新型相手なのに随分な余裕ね」

「贔屓目入ってますよ」


 レディは視線を阿尾亥へ向ける。


「それにあれは新型というより雛型ですね。あれを手本に阿尾を作ったんでしょう」

「そうなの? 良く分からないけど」

「誰かがあれを持ち込んで作りやすいように再設計したんでしょうね。よくある話です」


 話の意図するところは陽向にもよく理解できる。蒼司側の陣を遠目で見た際に見知らぬ男がいたのを彼女も確認していた。


「鵜珠来喜都ね」

「もし阿尾亥という機体を元に阿尾を設計したのがその人ならただならぬ技術者ですね。それだけでもないでしょうけど」


 阿尾亥を持ち込んだのも彼ならばそんなものを誰が作ったのかという話になる。陽向は頷き、レディに言う。


「そこから先は私の仕事かしら」

「後々にしましょう。今は泰輝様を応援したほうが良さそうです」


 二人は定紀のそばに移動して視線を戦場へ向ける。亜夏と阿尾亥が向き合い武器を構えるところであった。



 亜夏の操縦席にいる泰輝は気合を入れている。真胴者は予想通り地井直騎であったが出てきたのは見なれぬ真胴、ところどころに阿尾との共通点が見られるが脚はかなりの大型で元々の姿に幌みたいな円状のものを被せたような形状をしていた。


「何であれ捕まえてしまえば……!」


 一騎討ちは火器の使用は禁じ手という申し合わせになっており、こちらは大太刀、向こうは灼戦斧と使い手に合った武器を用いている。重量と遠心力、更に刃に宿した熱をもってすべてを断ち割る灼戦斧に比べると大太刀は見劣りする様にも見えるが小回りは利き直感的な動きを再現しやすく、技量にもよるがそうそう後れを取るような武器ではなかった。

 当たり前だが複座には誰も居ない。真胴の一騎討ちであるから複座に助手を乗せても問題ないと定紀は言っていたのだが、泰輝とレディ双方がそれを断っている。


「単なる一騎討ちなら泰輝様は決して負けません、か」


 直前に贈られた言葉を思い出す。定紀や陽向が控え目に励ます中でレディだけは勝利を確信したような調子で話していて苦笑いしながら聞いていたが、不思議なものでこうやって敵を前にすると一番頭に浮かぶのがレディの言葉だった。


「岩をも砕く一念こそが力をもたらすのやも知れんな」


 ふっと一息つきより良い気持ちになった泰輝は、それが伝わっているはずの半身の持ち主に謝意を贈り目を見開く。



 開始を告げる空砲が放たれ、機先を制したのは阿尾亥だった。滑るように脚を動かして間合いを詰め、一息に灼戦斧を振り下ろそうとする阿尾亥に対し亜夏は動揺を見せずに半歩身を反らして受け流す。一撃を外した阿尾亥は少し距離を取ってから反転し今度はより滑らかな無駄のない動きで相手を狙うが、亜夏は自分から前に出て狙いをずらし反撃を狙った。

 立ち回りは五分と言うのが見るものに印象付けられる。となれば勝敗を分けるのは機体と操者の差と言えた。

 紅城陣から様子を見守る定紀は心配そうにレディへ話しかける。


「泰輝は大丈夫であろうか」

「大丈夫ですよ。最初を凌げたなら目が追いつくのに時間はいりません。後は機会を待つだけです」

「あなたの観察眼は本当に凄いわね」

「ただ、このまま終わるとも思えません。攻撃が入った瞬間が危険だと思います」


 陽向の言葉にもレディは笑わない。このまま自分の想定通りにことが進んでいけば、良くないことまでその通りに進んでしまう。良い意味で予想を裏切って欲しかった。

 蒼司の陣でも鳴徳ら一同が直騎の戦いぶりをやきもきしつつ見守っていた。


「鵜珠来よ、阿尾亥の調子はどうなのか」

「万全かと思います。地井様もよく動かしていますな」

「何を呑気な……このまま負けでもしたら我らの面目は丸つぶれではないか!」


 主君や取り巻きの小言を聞き流しながら、喜都は冷静に亜夏を観察していた。


(随分と出力を高めたものだ。機体の動作性も向上している)


 目の前で戦っている機体は見た目そのままの存在ではない。実際に見てみて確信できた。そしてもう一つ。


(あの天女めが……! 素性を隠したつもりだろうが、甘い)


 峠を挟んでにらみ合っている紅城の陣で尼僧に扮していた若い娘を思い出し憎しみを燃やす。


「我が殿におかれましてはご安心なされ。今からが本番です」


 喜都はそう言うと陣の最前列で観戦したいと言ってその場を離れていった。



 同じ頃、阿尾亥の操縦席では直騎が攻め手を欠いていた。阿尾亥の挙動に相手が慣れないうちに叩く速攻を意図していただけに凌がれてしまうと厳しい。

 それにしても良い動きだった。これまで戦ってきてどの亜夏よりも手強く感じられる。


(宇野泰輝……聞きしに勝る相手よ!)


 紅城一の真胴者と謳われたその相手と相まみえる日を彼も心待ちにしていた。それがこのような一騎討ちでかなうとは思ってもみない幸運と気持ちは奮い立っているが、今のところそれは勝ちへ結び付く状態となっていない。

 十度目の打ち合いを払われた直騎は次で決めるべく狙いを太刀に定めた。間合いの長さでは勝る戦斧を操っているのである。今までは懐に入られるのを警戒していたが、時には火中の栗を拾うことも必要だと考えをまとめた。



 今までになく大きく戦斧を振りかぶった阿尾亥を見た泰輝は操縦桿に力が入る。狙いをつけて必殺の一撃を見舞う前兆と判断した。ここまでは上手くいなせていたが、良い操者ほど修正も早い。まして真胴者と言われるほどの将ならばそれを怠るはずもない。

 泰輝は太刀を構えさせると呼吸を整える。正面から受け止められるような攻撃は来ない。振り下ろされる前に急所、すなわち操縦席を貫く。真胴が戦えなくなるのが勝敗の条件であり、操者の命は無関係だった。向こうもこちらを機体ごと叩き潰すのが狙いなのは明白である。

 突進してくる阿尾亥を前に亜夏も太刀を突きに構えて迎え撃った。

 誰もが息を呑み勝敗の行方を見守っていたその瞬間、二人の人物が口を開いていた。


「暗がりに証せり……ごうを制し介す入りは……着装『報黒ほうこく』」


 蒼司の陣から離れた場所の木の上で阿尾亥の機体を見上げながら、鵜珠来喜都はつぶやいた。その途端、機体はゆっくりと黒く染まっていく。


「あれは……危ない! 泰輝様!」


 突然の異変に誰よりも早く反応したレディは頭巾を脱ぎ捨ててその場から走り出していた。

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