第三章 奇才、野望ばかり

二十四.自称は天才

 黄路の西と境を接する紫建は南北に細長く伸びる不二の地において領土が南北それぞれの大洋に接している数少ない領家の一つであり、隣国である白華の有力な同盟者としても知られている。真胴の配備も他の領家より一歩先んじており、険しい山岳地帯を挟んで境を接する紅城にとって蒼司と並ぶ脅威となっていた。

 黄路から街道沿いに西へと進む泰輝たちは国境の宿場町である出射いでいで休息を取りつつ今後の旅についての展望を話し合う。


「紫建は縦に長い領土を持っている。北東から南の水盟へ抜けるのは中々の行程になるな」

「レディ、本当に白華へ直行はしないのね?」

「はい。先日話した通り、各地を見てからでも遅くはありませんよ、陽向さま」


 夕食の席でレディは迷いなく答えた。泰輝はここまでの道中で何度か翻意を促したのだが彼女は自説を曲げずにおり、先日出会った御名方信喜の物言いといい、引っかかるものがないと言えば嘘になる。


「白華は確かに行かねばならない土地ではありますけど、最終目的ではありませんしね」

「白華というのはそこまで忌むべき地なのか?」

「……紅城にいるばかりでは彼の地のことは中々理解できぬでしょう。私も二度ほど白華へ忍びで赴きましたが、定紀様にどこから報告せねばならぬのか悩んだものですわ」


 しみじみと語る陽向の言葉を聞きつつ、泰輝の頭の中はなおも疑問に支配されていた。そういえば定紀は父の勧めにより真胴の配備に力を入れ始めたと聞いているのだが、配備そのものは蒼司や黄路のそれよりも先行している。白華から離れている紅城が周辺地域より早い段階でそれをなし得たのはなぜなのか、よくよく考えてみると不思議な話であった。


「まあ、そんなに考え込む必要もありませんよ泰輝さま。早く紅城へ戻りたいお気持ちは分かりますけど、ここは急がば回れです」

「気楽に言う。だが、そういう考え方のほうが疲れぬか」

「そうですわね。私も泰輝様にはせっかくの機会ですし大洋に沈む夕日をお見せしたいとも思っておりました」


 陽向の相槌に泰輝の思考はようやく疑問から離れていく。黄路領内も西へと進むにつれて大きく道が開けていき、見慣れぬ擬胴とすれ違うことも多くなった。大事の準備として不二各地の世情を知ることも必要と気持ちを切り替える。


「陽向がそこまで言うのなら期待しているとしよう」

「それが良いですわ……さ、今宵は飲みましょう。明日には紫建入りです」

「しっかり食べてしっかり寝て……健全な旅を、ですよね泰輝さま!」

「これ、二人してそのように急かすでない」


 調子よく酒を勧めてくる二人に対して苦笑いしか出てこなかった。



 翌日、宿場を出発した泰輝たちは順調に道を進んでいたが、そろそろ昼の腹ごしらえでもと話し合っている最中に唐突にそれは現れた。


「うひょひょひょ! そこの貴様、ちょっと待たんか!」

「ん? なんだ?」


 呼び止められて視線を横へ向けると、そこには杜若色かきつばたいろの塗装に六本足の奇妙な擬胴に乗った二人組の姿が見える。一人はしわくちゃに顔を白ひげで覆ったはげ頭の白衣の老人で、もう一人は同様に白衣を身にまとった地味な顔の中年男。いまいち関心の薄そうな中年男に対して、老人の方は興奮丸出しで目を忙しく働かせていた。


「失礼だが、何か用件でもあるのかお前達?」

「ひゃひゃひゃ、この佐倉さくら喜央斎きおうさいの目はごまかせんぞい! その真胴、只者ではないな!」

「お師匠様、どこから見ても擬胴にしか見えませんけど」

「このたわけ! もっとよく見る目をもてと何度も言っとるだろうが今一こんいち! あれは単なる目くらましに過ぎん!」


 今一という男を怒鳴りつける喜央斎を見ながら、泰輝はレディに尋ねる。


「名前に覚えはあるか?」

「佐倉喜央斎なんて人の話は聞いたことありませんねぇ……私が知っているのは各領家の家中までなんで」

「……そういえば、紫建にて独自に真胴の研究をしている酔狂な老人がいると、以前の往来で聞いたことがあるような、ないような……」

「こら、娘っこども! この不二が紫建にてその名も高いこの佐倉喜央斎を知らんとは何事じゃ!」

「いや、そうむきになるな御老体……」


 レディと陽向がそれぞれ怪訝そうな表情で語るのを聞いて憤慨する喜央斎に、泰輝はどうしたら良いのか見当もつかず素で諌めてしまった。


「な、何はさておき貴様らが昨日噂で聞いた紅城の厄介者に違いなかろう!」

「昨日というか半日前にたまたま盗聴機で聞いたばかりで……」

「少し黙っておれ今一……とにかく、その真胴をわしに寄こせ! さすればわしの研究も一層捗るというものよ!」

「そう言われて素直に譲る人間がいると本気で思ってます?」


 心から呆れたと言わんばかりに陽向がつぶやくが、相手はまるで気にせず矢継ぎ早にまくしたてる。


「貴様らのような凡才どもがこの至高にして究極の天才であるわしに逆らうと? 阿呆にも程があろう!」

「そんなに天才なら、私に真胴の仕組みの基本を語ってみてくださいよ」

「ああん、何故そんな面倒なことをせにゃならんのだ? 早く寄こさんかい」

「私だってこう見えても真胴の知識は人並み超えてる自信がありますよ? 私に間違えてるって言われたくないんでしょう」

「生意気な! ならば耳の穴をかっぽじってよく聞くが良い!」


 レディの挑発に簡単に引っかかった喜央斎はやたら早口に自身の知る知識を披露し始めた。



 曰く、真胴の機体を構成するのは機神経質と呼ばれる有機導線を張り巡らせた手足胴体頭部の各部位であり、水金みずかねと名付けられた水に浸すことにより発熱する特殊な鉱石を用いた反応炉から動力を賄うことで機動を行うものである、と。



「……そして、機神経質とつながった操縦桿、踏圧板、水面画、ならびに補機を操作することにより真胴は人の手足となり動くのじゃ」

「ほぼ満点回答ですねぇ……補足するとすれば、機神経質となる有機導線は水金との親和性に優れる緩竹かんちくを用い、どちらも不二各地で容易に入手出来る……ゆえに、真胴は不二にとって運用がしやすい仕掛けになっている訳です」


 喜央斎はぎょろりと目を動かし、傍らの弟子と虹色の髪をした少女を見比べた。


「ほう、中々出来るな小娘が。今一の代わりに弟子にしたいくらいじゃ」

「……いや、早く辞めたいのに『お前がいないと家事がままならん』なんて言って引き止めてるのは喜央斎様じゃ……?」

「……気が済んだか小娘?」

「良しとしましょう。あなたの知識そのものは本物みたいです……まぁどちらにしても渡す気はないですけどね、泰輝さま?」

「そうだな……」


 泰輝は大儀そうにあくびをする。目の前の老人が考えるこの先の展開は考えるまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る