二十三.白華の裁定

 泰輝は相手の名乗りに耳を疑う。


「白華の使者だと?」

「嫌らしそうな人が来ましたね」

「知っているのかレディ」

「名前だけですよ。名前だけ」


 露骨に顔をしかめるレディを見て、彼女にとって歓迎しかねる人物であることは理解できたが、状況がはっきりするまではうかつに動けない。

 黄路成高も娘とともに驚きの表情を隠せなかった。


「御名方殿、何故ここに?」

「成高様こそ人が悪うございますな。我らとそこの輩を秤にかけるなど」

「父上……そのようなことを!」

「う……!」


 一方、損壊した夜見児の操縦席では名嘉が皮肉な笑みを浮かべている。


「ふん、恩を売りにでも来たか白華め」


 そう言い視線の先に信喜を捉えたが、相手は平然とそれを受け止めた。


「黒荘よ……その状態では最早戦えまい。ここは下がってもらおうか」

「誰に対して指図をしているつもりだ白華よ? 報黒を施した我らの真胴がこの程度の損傷で倒れると思うのか?」

「それほどの損傷を即座に修復するのは不可能であろう?」

「ちっ……」


 名嘉は舌打ちをして黙り込み、次はそれを見ていたレディが信喜に問いかける。


「御名方様とおっしゃいましたね? 白華は黒荘のことを把握していたのですか?」

「我らは不二を預かるものだからな」

「だとしたら約束違反です。天海は特権を白華に約したつもりはありませんよ」

「我らもお前達に無条件で従っているつもりはない」


 語気を強めて言うレディに対し、信喜は冷ややかな態度で応じた。


「お前の存在こそ約束違反ではないのかね? 我らを介さず紅城に降り立つとは」

「そんなことをあなたに言われる筋合いはありませんね。白華に降りていたら、危うく問題の本質を何も把握できずに終わるところでした」

「少し待てレディ、どういうことだ?」


 両者のやり取りに不穏な雰囲気を感じ取った泰輝がたまらず割って入る。


「紅城の真胴者よ、貴様は何も知るまい。控えているのだな」

「御名方殿、いかなる意味か?」

「泰輝さまにお伝えしたことが向こうにちゃんと伝わってないというだけの話ですよ」

「今更真胴を捨て去ることなど不可能だ。天海こそ我らのやることに口を出さないでもらおうか」


 信喜とレディの言い争う様子を見た名嘉はこれ幸いとばかりに空間を跳躍して姿をくらました。それと共に高雅隊の報黒も解除されたのか機体の色がもとに戻る。


「逃げたか。まあいい」

「信喜さまは最初からそのつもりだったんでしょう?」

「随分と疑り深いのね。それほどに信頼できぬというの?」

「信頼できぬとまでは言いませんよ陽向さま。まだまだその判断を下すには材料が不足していますから」


 戦いが終了したのを確認して素早く戻ってきた陽向にレディが無愛想に返し、それを聞いた信喜の方は苦笑いで受け止めた。


「ふふ、嫌われたものだ……まあよろしい。その件はあとに回すとして……」


 白華の使者はそう言うと黄路領家の父娘に目を向ける。


「此度の一件、みすみす黒荘どもに付け入る隙を与えたのはよろしくありませぬな」

「それについては弁解いたしませぬ。我が娘の軽率な振る舞いは私の責任でございます」

「……しかしながら、幸いにして大事には至らず天海の使者の面目を立てぬのもよろしくない。この件については不問にいたしましょう」

「かたじけない」

「わたくしも己を省みて、心を入れ替えまする」


 寛大な処置に黄路の父娘は揃って平伏し謝辞を述べるのを見て、レディは肩をすくめた。


「うまくまとめてくれましたね。ありがとうございます」

「礼など結構。それよりも……」

「白華には向かいますし、お話も承ります」


 信喜の言葉をさえぎり、少女は険しい顔でそのまま言葉をつなぐ。


「ただし、あなたと一緒に直行はご遠慮です。紫建しこん水盟すいめい藍掛らんけと西南から遠回りをさせていただいてお邪魔します」


 その間にお茶でも用意していてもらえれば、という話を聞いた信喜はおかしそうに笑って頷いた。


「良いだろう。その目で真胴と不二の実情をみたいのなら止めはせぬ。上様には私から奏上しておこう」

「そうしてください。わがままを言って申し訳ありませんね」

「なに、お前を説得するよりは楽な仕事だ。また本国にてお会いしよう」


 白華の観察使はそう言うと恭しくレディに頭を下げ、自身の真胴とともに退いていく。姿が見えなくなってから改めて泰輝が口を開いた。


「白華の観察使殿は随分な態度だったな」

「あの人があんな感じなだけです。もっと丁寧な扱いをしてくれる人もいるんじゃないですか?」

「お前もだ。知っている割にはあまりによそよそしい振る舞いではなかったのか」

「……白華まで行けばはっきりしますよ」


 レディはそれ以上取り合おうとせず、弱った泰輝は陽向に視線を向けるがこちらも苦笑いを浮かべたまま何も言おうとしない。彼の中の白華はもっと礼に通じ道理を知る人間の集まりであったのだが。

 黙ったままの二人へ質問することを諦めた泰輝は、愛依の傍らでひざまずいて頭を下げたまま動けなくなっている三郎に視線を向ける。


「桐生、よくやったな。お前が適切な対処をしたおかげで愛依様も救われた」

「へ、へぇ……もったいないお言葉で」

「もっと胸を張れ。それではこの先が大変だぞ」


 そう言い緊張をほぐしてやるとナナイロを解除した亜夏から降りて、黄路成高の前に歩み出る。


「成高様、此度の一件では数多くの無礼を働いたこと、申し開きのしようもございませぬ。なれど、身を賭して愛依様を救った若者の働きには報いていただきますよう、伏してお願いいたしたく存じまする」

「……宇野泰輝と申したな。先ほどの御名方殿の言葉通り、こうして愛依が戻った以上は全てを無事に落着とは行かぬが、そち達が紫建へ向かうのを見て見ぬままでいることはできよう」

「はっ……」

「案ずるな。そこの男に関しては然るべき褒美を黄路家より授けよう」


 泰輝の言葉に応じて頷いてみせた成高は初めて真っ直ぐに三郎に視線を向け、三郎の方も顔を強張らせながら逃げずにそれを受け止めた。


「なるほど、ちと品位に欠けるところもあるが良い面構えだ。すぐに士分とするには難もあろうが、その力を軽んじるのも惜しい」

「……」

「ひとまずは然るべき我が臣下へと預けよう。後はただただ忠勤に励むのだな。黄路の主としてお前が才を示すときを心待ちにしておるぞ」

「ありがたき幸せにございまする!」

「待っていますよ桐生三郎。あなたの献身が再び戻ってくることを」


 こうして黄路家の騒動は終結する。泰輝たちは二日ほどの休息を取り、その後に西の紫建へ向けて黄路領を離れていった。

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