二十二.必殺の一閃
まんまと三郎たちに逃げられてしまった名嘉はやり場のない怒りに包まれ、完全に冷静さを失う。
「どいつもこいつも……かくなる上は! 暗がりに証せし強を制し介す『真姿解放』……吠えよ
早口で呪言の詠唱を行うと自身の擬胴を巨大化させた。その大きさはナナイロと同程度。突然のことではあったが泰輝とレディは慌てない。
「お前の想像していた通りだな」
「天海の古い技術を扱えるくらいですし、当然の一手でしょうね」
「連中はどこからそれを手に入れたのだろうな?」
「それを聞き出すのは難易度高めですよ」
おしゃべりしつつもいったん態勢を整え直す。先程吹き飛ばした黒い高雅たちに与えた損傷は軽微であり、まだ数を減らせていなかった。ただ、必要以上に黄路の真胴を破壊していくのも今後を考えると名案とは言えない。
「……速攻で名嘉を倒すのみか」
「偏光防壁と光槍の同時展開は動力を食いますからそっちの方向でも望ましいです」
白く輝く槍を構えるナナイロに対し、夜見児はどこからともなく大型の光弩を召喚する。泰輝の記憶にはない、細長い形状をしていた。
「あれで戦うつもりか?」
「油断禁物ですよ。あれは光槍の原型になった武器で、瞬間火力でならこちらに匹敵してます」
説明を受ける間もなく光が放たれ、偏光防壁で減衰されつつも余波によってナナイロの脇腹付近に突き刺さる。
「ね、言ったでしょう?」
「……侮れんな。光弩もそうだが、こちらに一撃を入れてくる奴の技量も」
泰輝は唇を噛んだ。侮っていたつもりはないが相手はただの技術者、あるいは妖術師であるというだけではないということを再確認する。真胴者として、みすみす相手の一撃をもらってしまったのは不覚というしかない。
息つく暇もなく二射目が飛んでくるが、今度は狙いを見極め機体を軽く捻らせて回避し、光槍を伸ばして反撃を仕掛ける。
「ふん、そんなものか天海の術は?」
夜見児の操縦席では名嘉が鼻を鳴らしていた。これで終わるとは彼自身が思っていない。彼らの知る天海の力はこんなものではないはずだった。
「さあ、我が目にその力を……天海の深淵を見せてみろ! 夜見児、出力臨界!」
吠えて、動く。素早い動きで光弩を連射しつつ突撃した。同時に反対側の傀儡と化した高雅の群れもナナイロに向けて一斉射撃を行う。
この挟撃に対し、泰輝は極めて簡素な決断を下した。
「全て受ける」
「泰輝さまは単純ですよね」
「俺達だけなら別な方法をとっていたさ」
「分かってますって……光槍を収めて下さい。その分を防壁に当てます」
泰輝は光槍の展開を収めると代わりに大太刀を持たせ夜見児に相対し、高雅には完全に背を向ける。その間にレディは手元の鍵盤を素早く叩き、出力の切り替えと調整を行い詠唱を開始した。
「暗がりに証せり、その権能の許に望む……『
詠唱終了と同時にナナイロを中心として薄い光の膜が広がり、前後から降り注ぐ光弩の嵐を一瞬にして無に還す。
それを其角院の本陣から見ていた成高は驚きを隠せない。
「馬鹿な……あのような力がこの世に存在するのか!」
「ご覧のとおりでございます成高公。真胴を操る黒い力、それを抑える七色の力……全て現実にあるのです」
「とても信じられぬ……これでは我らのしていることなど道化芝居にも等しいではないか!」
そこに愛依を伴った三郎が現れ、父娘は再会を果たした。
「父上、ご心配をおかけしました」
「愛依……無事であったか! 全く心配をかけさせおって……」
「申し開きのしようもありませぬ……ですが、今はこの戦いを見届けることこそ大事かと」
成高に深々と頭を下げた愛依はそう言い、本陣を守るように立つナナイロに視線を送る。その様子を水面画越しにちらりと確認した泰輝はすぐに前を向いた。
夜見児は細長い光弩の先端から光を撃ち出さずに固定し、槍に見立てて突きかかってくる。
「名嘉沢倶!」
「足元がそれでは動けまい!」
「どうかな?」
名嘉の挑発に不敵な笑みを浮かべた泰輝は間合いを推し量ると一歩だけ前に踏み出し、太刀を振るって光の穂先を狙った。
「光を太刀で切れるものか!」
「泰輝さま!」
「レディ、防壁を切らすな!」
下から振り上げられた太刀は名嘉の指摘通り光を払えず空振ってしまい、大きな隙をさらす。名嘉は機を逃さず一撃で操縦席を仕留めんと前掛かりになったが、それこそが泰輝の狙いだった。
ナナイロは振り上げた太刀から手を離す。
「何だと?」
「真胴は人型……その五体全てが武器であろう!」
両手の空いたナナイロはそのまま遮二無二突っ込んできた夜見児の光弩を掴み、そのまま背後に投げ飛ばした。折悪く、傀儡の高雅隊からの光弩の射撃も始まっていて投げられた衝撃で動けない機体を襲い、それによって小さくない打撃を被る。
ナナイロはその間に手放した太刀を拾い、青眼に構えた。
「ぐうっ! おのれ、宇野泰輝!」
「泰輝さま、決めますよっ!」
「任せろ!」
レディは素早く光粒砕の展開を解除して力を太刀に集中し、泰輝は七色に光る力を帯びた斬撃を夜見児に見舞う。
「
美しい虹のような軌跡を描いた斬撃は夜見児の操縦席をかすめつつ左肩を斬り落とした。
「……くっ!」
「術を解け名嘉沢倶。そうすればこの場で命まで奪うつもりはない」
「まだだ! まだ私は戦える……!」
「流石に意地っ張りなだけですよねそれ……って、泰輝さま、後方からまた違う真胴が現れて接近してきます!」
「何だと!」
レディの焦りの声に
「新手か?」
「違いますね。これは多分、白華の真胴かと」
「白華……?」
怪訝に思う間もなく、白を基調として胸部を青と赤に彩られ一本角を頭部に戴く真胴が姿を見せる。
「丁度良いときに来れたようだな」
「どなた様ですか? こんなときに」
「お前が天海の使者か? 我は白華不二の特命観察使、
戦場となっていた其角院の一帯に威圧するような声が轟いた。
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