二十五.はた迷惑な老人
案の定、喜央斎は逆上して目をむき出しにした。
「結局応じぬ気などないではないか! ええい、かくなる上はわしの力を見せつけてくれるわ!」
「その擬胴でか? 止めておけご老体」
「ふん! 貴様らこそわしの力を知らぬのだ! 今一、
「了解であります」
喜央斎の指示に従い、今一が左手前にある制御盤の釦を押す。すると、彼らの乗る擬胴が一回り大きくなり何処かに格納されていたのか足が一対追加で生えてさらなる異形の姿を取った。
「何なの、あれは?」
「どうだ驚いたか! これが途上五十三号の真の姿よ!」
「……どうして名前が途上なんだ?」
「ふん、わしのような天才は完成という言葉を安売りせんのよ」
「面白い人ですね」
陽向や泰輝が呆れとも驚きともつかない声を上げたのに対して、レディは興味津々といった様子で喜央斎のことを見つめている。
「確かに、こういう人までいるとなると真胴を不二から無くすのは簡単ではないですかねぇ」
「真胴を無くす、じゃと? なんと阿呆なことを申すか小娘。笑い話にもならぬ」
「本気なんですけど」
「愚かな! 所詮は小童の浅知恵よ。このわしの力にひれ伏すが良いわ!」
喜央斎はそう宣言すると同時に途上五十三号を突進させた。八本の脚を器用に動かして俊敏に近づいてくる。
「やれやれ……」
泰輝はため息をつきながら操縦桿を動かして突進をかわし、亜夏に背負っていた太刀を構えさせる。確かに速いが、歴戦の真胴者である泰輝からするとその動きは隙だらけであった。
単調な突進の繰り返しを回避しつつ呼吸を合わせていき、それが整った機会を逃さず左前脚二本を切り捨てる。体勢を崩された途上五十三号だったが諦めずに残った六本の脚部を駆使して果敢に反撃を仕掛けるも続けて右脚一本を失い、遂に前のめりのまま動けなくなってしまった。
「勝負あったな」
「ぬぬぬ、こうもあっさり……」
「お師匠様、そろそろ止めません? じゃないと命が危うくなりそうな……」
「命まで取ろうとは思いませんけど、野放しにしておくのもどうかと思いますねぇ」
なんか常習犯っぽい気もしますし、というレディの言葉に泰輝も頷く。いつもこんな調子なのだとしたら危険人物もいいところであり、紫建の役人に突き出すのが最善だろう。
しかし、喜央斎は予想外の動きを見せた。
「わしを捕まえようなど千年早いわ! 緊急発動機点火じゃ!」
「あ、それは危……!」
今一が止める間もなく喜央斎の操作によって途上五十三号は大空高くに飛び上がり、あちこちから火を吹き出しながら南の方角へと消えていく。残された泰輝たちは言葉が出てこないほど呆れるしかなかった。
「……なるほど、あれなら簡単には捕まりませんわね」
「と言うか、あれで死なぬのか?」
「根拠は一切ありませんけど、明日には平然とまた私たちの前に現れそうな気がしません?」
「やめなさいレディ、そのような憶測は大抵良くない方に出るものよ」
女二人のやり取りを聞きながら泰輝は喜央斎たちの飛んでいった方角を眺めながら思う。自分たちはまたしても厄介な奇縁を持ってしまったのではないか、と。
三日後、
「待ちくたびれたわい。遅いぞ紅城のものどもよ」
「貴様が早すぎるだけだ。町役人を倒しておいて偉そうに」
「ふん、紫建の連中は理解が足りんのだ。わしの才能を見ようともせん」
「単に門前払いされているだけでしょお師匠様が」
今一の突っ込みを無視して喜央斎は戦闘態勢に入る。この三日の間にどうやったのか彼の愛機は完全に修復されているどころか、脚の一対が腕に換装されていて刀を構えていた。
「この途上五十六号ならば貴様らに遅れは取らぬぞ!」
「間が三つ飛んでいるのはなぜなのかしら?」
「あー、深く考えないでください。お師匠様の気分次第なんですよそれ」
「……その調子だと何度か数字が後退したこともありそうですねぇ」
三者がぼやいている間に喜央斎と泰輝は戦いに入っている。相変わらず途上五十六号の動きは稚拙であるものの、刀を持った両腕を滅茶苦茶に振り回しているせいで危ないことこの上ない。おまけに町を背にしているせいで変な仕掛けをしては被害を増やすことになりかねなかった。
「ほれほれ、前のときのようにはいかぬか若造?」
「安い挑発に乗らぬのが流儀でな。そちらこそ動かなければ俺には勝てぬぞ」
「戯言を! 動かずとも貴様を倒す手段くらい用意しておるわい。今一、あれを使え!」
「はいはい、飛翔拳、行きますよ」
指示に従って今一が側面の鍵盤を操作すると、刀を持っていた手の片方が腕から勢いよく撃ち出される。予測していなかった攻撃を放たれた泰輝は流石に対応し切れず亜夏の肩を浅く切られてしまう。
「……っ! 油断していたか」
「見たか! いかに凄腕の戦士であろうと容易には見切れまい!」
「……で、飛んでいった手は回収できない、と。やってて虚しくありません、喜央斎さん?」
レディの言葉を待つまでもなく手はそのまま何処かへ飛んでいき戻ってこない。白けた雰囲気が場を支配するのに時間はいらなかった。
「……」
「……」
「……」
「……これ以上町の衆に不便を強いるのも本意ではないでのう。今日はこれで勘弁してやるわい」
ばつの悪そうな表情で一方的に宣言すると、先日と同じように緊急発動機を点火して火を噴きながら南の方向へと吹き飛んでいく。
「疲れますわね、ああいう手合は」
「……何故奴らは南にばかり飛んていくのか」
「盗聴云々と最初に言ってましたし、白華か黒荘かのやり取りでも耳にしているんじゃないですか」
仮に方針変換して今から白華に行っても追いかけてきそうですけど、と妙に楽しげな声で話すレディに泰輝は深々とため息をついた。
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