十六.過ぎた力
泰輝の話を聞き終えた愛依は嘆息した。
「そうですか……鳴徳様はやはり……」
「はい、蒼司はひた隠しにしているようですが、頃合いを見て我ら紅城に全ての責を負わせ攻め滅ぼす腹づもりかと」
蒼司が今攻め入ってこないのは鳴徳の後継を含む指揮系統を立て直すためであるが、それすらも紅城の策として自らの正当性を訴えるのが戦略であろうことは愛依にも理解できる。ただ、それ故に今の状況が歯がゆくもあった。
「世が平穏であればすぐに蒼司へと参れたものを……」
「我らの知らぬうちに鳴徳様と愛依様がご婚約結ばれていましたとは」
「紅城には……いえ、世には出せない内輪の話でありました。父は蒼司が北進を終えるまでの辛抱と申しておりましたが」
二人の婚姻については五年ほど前に定まっており、愛依が紫建経由で蒼司に赴いたこともあったのだという。ただし、それが知れれば中立を標榜する黄路にとっては都合が悪く、また紅城にとっては脅威以外の何物でもない。
「紅城の臣としてはひと言ほど申して欲しかったですな。我らとて無用な争いを好んではおりませぬ」
「その通りでありましょう。ですが、蒼司内部ではこの機会に紅城を滅ぼそうとする機運が高まってしまい、鳴徳様もそれに流されてしまいました……」
愛依は悲しげな表情を浮かべるが、それを聞いた泰輝には思い当たることがあった。
「愛依様、つかぬ事をお聞きいたします。鵜珠来喜都という名前に憶えがございますか」
「うずき……? そう言えば三年ほど前、蒼司へと赴いた折に新たに召し抱えた面白い家臣がいるとは伺っておりましたが……」
「その男こそ、先程申し上げました鳴徳様の死の原因を作ったものにございます」
「黒荘、と申しましたかしら」
はい、と泰輝が頷いたところで建物全体が大きく揺れよろけそうになる愛依の身体を素早く支える。
「な、何事です?」
「ちっ、奴らめ。しびれを切らしたか!」
続けて陽向が部屋に駆け込んでくる。着ていた白い襦袢が少し濡れて乱れているが、顔に焦りはない。
「泰輝様、愛依様は……?」
「この通りだ。レディは?」
「亜夏を使うと先に外へ」
「陽向、ここを頼む!」
そう言うと泰輝は真剣な表情のままで外へと飛び出していき、それを確認してから陽向は素早く黒装束に着替えて準備を整えた。それを見ていた愛依は心配そうな表情に変わる。
「陽向、寂しくはないのですか? あのように素っ気のない態度で」
「それは私事ゆえに愛依様に申し上げることではございませぬ」
ひと言で愛依を黙らせた陽向であったが、一拍置いてからもう一言添えた。
「可愛いものでございましょう? あのように真面目な顔でいなければわたくしに折檻されると怯えているのです」
奥手に過ぎるからわたくしがあのように誘わねば中々事にも届きませぬ、と澄ました顔で話す彼女に愛依はため息をつく。
「あなた達はみな己を大切にしなさすぎですね」
「愛依様がそうおっしゃるのでしたなら、今後はもう少し自重いたします」
「そうなさい。まず己を守れねば主君を守ることなど出来ません」
上に立つものとして下々に戒めをした愛依ではあったが、一方では憧れのようなものを抱きつつもあった。このように心中が豊かで力強い存在が自らにも居てくれたなら、と。
入口へと辿り着いた泰輝は目の前で六体の擬胴相手に苦戦している亜夏に声をかける。
「待たせたなレディ、交代だ!」
「遅刻ですよ泰輝様! でも嬉しいでーす」
操縦席内で歓声を上げたレディは即座に授呪を告げて泰輝を中に上げる。
「最初から呼び出せただろうに」
「この方が格好いいじゃないですか」
「よく言う……敵はこの六体だけか?」
「仲間を呼びに行った形跡はありませんし、そうだと思いますよ」
操縦権限を引き継ぎつつレディは言った。
「ただこの人たち、私が仕掛けた『
「黒幕が近くで見ている、か」
殴りかかってくる擬胴の腕を太刀で切り落としながら泰輝はつぶやく。無論尻尾を掴むために追跡を泳がせていたのであるが、そう簡単にはいかない。
「泰輝様、ここはナナイロを使いませんか? どうせ相手は見掛け倒しです」
「……そうだな、任せる」
「りょーかい! ナナイロ、展開しまーす!」
返事をするや否や亜夏は真胴の大きさを取り戻してナナイロに染まっていく。突然の出来事にごろつきの操る擬胴は次々にその場を逃げ出していき、ただ一体残った灰汁色の機体が捨て鉢に打ちかかってくるが大太刀を突きつけられて動きを止める。
「ち、ちくしょう……化け物め」
「逃げなかったのはお前だけか……やるのであれば一突きで済ませてやろう」
「う……!」
動きを止めたまま立ち尽くす様子を見た泰輝は、太刀をわずかに持ち上げて擬胴の頭部を軽く押し潰すが、それ以上は手を出さない。
「な、何だってんだ……?」
「お前にいい話がある。聞く気があるのならそのままで居ろ」
泰輝はもう終わりかと少し残念そうなレディにナナイロを収納するように命じた。大きくなった擬胴が再び元の大きさに戻るのを見た愛依は目を丸くする。
「今のは……」
「あれがナナイロの力、天海より遣わされた者が司る彩りにございます」
「あれだけの力があるのならば、何故鳴徳様を……」
「力は驕りを呼び、人を溺れさせます。ナナイロの力を過信してはなりませぬ」
陽向は鋭い言葉で続きを遮った。そう言いたくなる心情も理解は出来るのだがいくら追及したところで覆水盆に返らず、取り返しがつくはずもない。だが愛依はなおも諦められずに言い募る。
「あのような力を誇示しておきながら責任逃れですか!」
「ですから泰輝様もわたくしも紅城を出たのです!」
「卑怯な! それで事が済むとお思い!」
脱出を急ごうとする陽向が手を引くが納得がいかない愛依は先に進もうとしない。やむなく彼女が聞き分けのない姫君を抱きかかえようとしたところで部屋の入口から声がかかった。
「お困りのようですね、愛依姫さま」
「えっ?」
「何者ですか!?」
「
二人からの誰何の声に黒づくめの青年男性は恭しく一礼した。
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