十七.変わり身の術(すべ)
泰輝とレディが降参した男を連れて宿の入口に駆けつけたとき、そこには倒れている陽向の姿があった。
「陽向!」
慌てて駆け寄り抱き寄せて気付けを行う泰輝。レディも心配そうな表情でそれを見守っていた。
すぐに陽向は目を覚ます。
「泰輝……様……?」
「陽向! ……無事で何よりだ!」
「陽向様、愛依様はひょっとしなくても……?」
「余計なことに体力を使いすぎたわね……」
そう言うと陽向はすぐに立ち上がろうとするが泰輝はその体をしっかり抱きしめて離さない。
「泰輝様……」
「もうしばらく休んでおれ、今夜くらいはしっかり休み英気を養うとよい」
そう言うと泰輝はそのまま亜夏の操縦席まで陽向を運んでいく。それを見ていたレディはほっとした笑顔を浮かべるが、それを傍らで見ていた男には何が何やらさっぱりわからなかった。
「なんだかんだあっても決めるときは決めてくれますねぇ泰輝様は」
「あ〜、済まねえが事情がさっぱりなんだけどよ嬢ちゃん」
「んー? まぁあれです。不幸な敵の奇襲がありましたけど、不幸中の幸いで良いことが降って湧いた、と」
説明になっているようでなっていない。男は気味悪そうに幼い少女の横顔を眺める。
「それのどこが説明なんだよ」
「あなたに解説したわけじゃないです。喋りながら頭を整理してただけで」
「良くわからねぇ嬢ちゃんたぜ」
「聞き飽きてますし、実際変ですからね」
レディは無防備に伸びをすると改めて男の顔を見る。
「さて、あなたはこういうふうに囮にされたわけですけど、雇った男のことを覚えていますか? 名無しさん」
「俺は三郎だ、名無しじゃねえ」
「ああそうでしたね。ま、どっちでも良いですけど」
「喧嘩売ってるのか!」
「冗談ですって」
すごむ三郎にレディは露骨に怯えたふりをするが、お互いそれ以上のことはしない。先刻、彼女に食ってかかった挙げ句に呆気なく吹き飛ばされてしまったのを忘れてはいなかった。
「話を戻しますけど、その男は黒い僧服を着ていたそうですね」
「ああ、面までは覚えてねえがそれは間違いない」
「となると、相手はすべてお見通しの上で私達を泳がせていた訳ですか」
小さなため息が口元から漏れる。美柑を雇った男と今回の男が同一人物だとすると、恐ろしく手際の良い相手というしかない。黒ずくめの格好と合わせて思い浮かぶのは黒荘のことであった。
「銀貨一枚で釣られたけどよ、正直割に合わねえぜ。女一人かっさらうだけの簡単な仕事だ、とか抜かしやがって」
「それはお気の毒様ですね。まあ自業自得と思ってください。それに悪いことばかりではないかもしれませんよ?」
「ん?」
三郎は意味ありげに微笑むレディの顔をまじまじと見つめる。
「人さらいみたいなことが割に合わないとわかったのなら、ここは一つ人助けに転身はいかがですかぁ?」
「人助けだぁ……? 俺にあの娘を助けろってのかよ」
「もちろんタダで、とは言いません。とびっきりの報酬をご用意してます」
レディはしかめっ面の鼻先に指を突きつけた。
「良いですか、落ち着いて聞いてください……夜が明けたらあなたには桐生健資になってもらいます」
「は?」
「もちろん桐生様の持っていた刀も一緒にです。すごーい、ただのごろつきが一夜明けたら名字帯刀を許されちゃうなんて、夢でもこんなうまい話ありませんよ!」
「待て待て待て待て、話が飛びすぎだ! もう少し親切に説明しやがれ」
焦る三郎。いけしゃあしゃあと偽名を受け継げと言われて裏が無いと思うほうがどうかしている。
「鈍い人ですねえ……さらわれた桐生健資が黄路のお姫様なのは先程話したとおりです。おそらく姫様は内密に其角院を抜け出しているはずで、今頃城の中は大騒ぎ。何が何でも桐生を見つけろ、って話になってます」
「なら、なおさら危ねえじゃねえか。桐生健資が姫様をかどわかした事にならねえのかよ」
「さもありなんですね。ですけれど、そうそう簡単に事は動きません」
「は?」
意味がわからない、という表情を浮かべる相手にレディは更に説明を続けた。
「実のところ、最初は私たちもその可能性を探っていました。もし事がそれで済むなら、と。でも愛依様が得体のしれない相手にさらわれたことで台本は良い方向に書き直すことができそうです」
「おいおい、まさか……?」
「そのまさかですよ。都合の悪いことは全部その誰かの責任にしちゃえばいいんです」
そう話を結論づけた少女はにっこりと笑う。三郎はあまりにも調子の良い考え方に呆れて何も言えなかった。
翌朝、泰輝たちは宿の番頭に口止め料と損害賠償を兼ねた金品を渡して垣の街を出る。
「陽向様、もう大丈夫なんですか?」
「心配いらないわレディ、しばらくは亜夏の中で楽をさせてもらうことになりそうだけどね」
「それはいい考えですね」
少女は安心したように言った。
「それでレディ、桐生は大丈夫なのか?」
「納得はしてくれましたよ。ただ、それならそれでけじめをつけたいというので」
「……そうか」
街の外で落ち合うからと約し、乗っていた勘亀を応急修理して出ていった桐生「三郎」健資のことを泰輝はおもんばかる。昨夜あの男のことを見込んだのは、著しい不利を背負いながらも逃げずに筋を通そうとした義理堅さを信じてのことだった。
待つこと一刻、果たして三郎は姿を表す。乗っている勘亀は前にもましてぼろぼろになっていたが、本人は苦笑いを浮かべて語った。
「済まねえな泰輝どの。ちょっくら時間を取らせちまってよ」
「その様子だと相当絞られたようだな」
「大丈夫ですか、顔色良くないですよ?」
「お前に言われたかねえなレディさんよ。誰のせいだと思ってんだ」
とりあえず声をかけたといった感じの声色に一応不満を述べる三郎であったが、顔はむしろすっきりとしている。
「まあいきなり侍を志すから仲間を抜ける、と言って納得するごろつきはいませんからね……お疲れ様です」
「あなた、親兄弟はいないの?」
「天涯孤独でさぁ」
「そうか。これからひと働きもふた働きもしてもらうぞ」
一同は街から離れた場所で野営をしつつ勘亀の修復を始める。泰輝の予測通りなら、最後は真胴で決戦に挑まなければならない。ナナイロの力があるとはいえ、戦力が多いに越したことはなかった
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