四.意表を突く

 再度の謁見にも定紀は笑顔を絶やさない。


「少々戯れが過ぎたかな、泰輝よ?」

「いえ、そのようなことは……」

「その娘に対して疑念があったのは確かだ。私でだめなら陽向にと考えていたが甘かったようだな」


 そう言うとどこかの陰に潜んでいるらしい陽向へ向けて「姿を見せずとも陽の下へ参っておれ」と呼びかけた。すると言葉の後に廊下からかすかな物音が聞こえ、どこからともなく黒い影が現れる。


「さて、話の続きだ。七色威なないろおどしの力に一度は退いた蒼司の者共だがいずれは態勢を立て直しこれまでを上回る陣容にて攻め入って来るのは必定であろう」

「はっ、退きの速さから考えてもまだまだ余裕があると見てよいかと思われます」

「彼奴らも愚かではない。七色威に対抗できる精鋭を揃えてこよう。故にここはこちらから速攻を仕掛けるのが最善だと考えた」


 紅城は四方を険しい山々に囲まれていて、巨大とはいえ基本的には歩兵と変わらない真胴はどうしても行軍に時間がかかる。だからこそ紅城軍は要所に戦力を配置する防衛戦術を取っていたのであるが、数で勝る相手に消耗戦を挑んでいてもいずれは押しきられてしまうのは自明の理と言えた。切り札を手に入れた今なら戦力のあるうちに敵の懐に斬り込むと考えるのも不思議なことではない。


「先陣を切れ、と仰せられますか?」

「聡いな娘よ。七色威の力ならば造作もあらぬと見たが」

「出来なくはないです。ですがナナイロも無敵無双ではありません」


 レディの直言に定紀は苦笑いをして「流石に単騎でとは言わぬよ」と補足する。


「現在稼働できる亜夏は七色変化を含めて十機のみ。本陣の要となる四機は動かせぬ」

「六機でどこまで行けますか……」

「まー、単に紅城から一時退かせるだけならそれでも何とかなるんじゃないですか」


 思案顔の泰輝の横で安請け合いをするが、定紀は言葉の微妙な綾を読み取った。


「一時しのぎでは納得せぬか」

「はい、納得出来ません。相手が更に戦力を増強して紅城を潰しに来ないとは言えませんので」

「相手にも時間を稼がれては意味はない、か……辛辣だな」


 私にそこまで言える人材こそ過去に欲しかったな、と苦笑いの度合いを濃くする。そのやり取りを聞いている泰輝も陽向も内心では冷や汗をかいていた。


「そこまで言うからには心当たりがあるのだろうな」

「蒼司が真胴をそこまでたくさん用意できるのは不自然ではありませんか? 蒼司は海運国で富裕とはいえ、真胴の運用技術は紅城に劣るはずですが……」

「それ故に数を揃えてきたのだろう」

「そうじゃなくて、どこからその数を調達してきたのか、誰がそれを主導したのかが問題なんです」


 泰輝の言葉にレディは口をとがらせ、それに定紀も頷いて見せる。


「その通りだな。我らも真胴を用いているが彼奴らほど潤沢には用意できぬ。あるいはその数、真胴の先進地域たる白華はくかをも上回るやも知れぬ」

「そうか、それを活かせる誰かを召し抱えた……!」

「それです。蒼司の世情について戦い以前に変化したなど把握なされていらっしゃりますか定紀様?」


 問われた領主は小さく首を振る。


「済まぬな。それを掴む前に先制されたのだ」

「……定紀様のせいではありませんけど、それでは余計に一時しのぎでは終われませんね」

「では、どうする? なにか策があるのか」


 疑わしげに視線を向けてくる泰輝と定紀にレディは誰にも分かりやすい作戦案を提示した。


「一騎討ちを申し込みましょう」

「は?」

「向こうの一番強い真胴と一騎討ちをしてこちらを倒せば紅城を無血開城すると言えば良いのですよ」


 予想外の言葉に目を丸くする泰輝。その一方で定紀はその意図を柔軟に受け止めた。


「なるほど、七色威の力を最大限に活かせと申すのだな?」

「蒼司の真胴がどのようなものか、詳細は存じ上げませんが一対一の戦いならおいそれと遅れをとるナナイロではありません」

「向こうを誘い、手の内をさらすように仕向けさせるわけか」


 一同は意図を共有する。闇雲に戦闘を繰り返すのではなく、持ち札を有効に活かせるうちにより優位な状況を作れるように仕向けるようにするべきだと。


「しかし、単にこちらを明け渡すだけでは向こうもこちらの思惑を怪しむかも知れぬぞ」

「そこから先は定紀様のご領分ですから多くは言いませんけれど、即時休戦の覚書でも要求すれば良いんじゃないですか? どうせ向こうも本気にしませんよ」

「ははは、私はそなたが気に入ったぞレディ。ことが全て収まった折には我が幕下に加わらぬか?」

「それは光栄ですけど、私は天海のものですから」


 きっちりと線引を欠かさないレディに「考えるだけでも考えておいてくれ」と名残を惜しみつつ、定紀は重臣を集めて討議に入った。

 休息の後に出撃準備を申し付けられた泰輝たちは館を後にして、泰輝の屋敷へと足を向ける。


「熱弁だったな。定紀様を見事に説き伏せた」

「ちょっと煮詰まってた様子だったのでならして差し上げただけですよ」

「気が利くことね。それで敬語がもっと上手なら稀代の名臣候補と言えるかしら」


 陽向が軽い調子でちくりと一刺し入れるがレディは気にもとめない。


「その役割は将来的に泰輝様が引き受けるべきじゃないですかね?」

「また一本取られたわ。あなたとは相性が良くないのかしら?」

「俺への期待ばかりが膨らんでいくな」


 和やかにやり取りする女たちの間で張りのない声で泰輝は言う。確かに話は良い方向へ進んでいるとは思うのだが、これまで以上に責任が求められることについてはまだ心構えが整っていない。

 そんな様子を見た陽向が泰輝を励ます。


「弱気は禁物です。レディの言う通りこれからの紅城を背負って立つのは泰輝様のお役目なのですから」

「はは、心配するなふたりとも。戦い、栄誉を手にするのは男の本懐に違いない……気後れなどせぬよ」


 そう言って笑って見せた。実際、期待への心圧しんあつは強烈なものがあるが同時に奮い立つものも感じている。己の力量がどれほどのものなのかを試す良い機会だと。


「その意気でございます泰輝様……では私は先行して夕餉の支度を」


 許嫁の言葉に満足した陽向は素軽い動きで駆け出してあっという間に見えなくなった。


「身軽な方ですね。少しせっかちなところもありますけど」

「まあ、な。そこが陽向の良さだ」


 相変わらず遠慮のない言葉に苦笑いしつつ泰輝は話題を変える。


「一騎討ちになるとして誰がでてくるのやら」

「そんなこと言って、大体の見当はついているんじゃないですか?」

「現れて欲しい相手ならいるがな。そいつより腕の立つ相手がおるかもしれんたろう?」

「ならその方ですよきっと」


 全く何の根拠もなく言っているようでありながら、その実すべてを見透かしているような不思議な感じを覚える言葉に泰輝はただ笑って頷く。ここまで彼女は一度として泰輝の思いを裏切ってはいない。ならば自分も彼女の思いを裏切らぬように励まなければと思うのだ。

 真胴をなくしたい、という途方もない目標を見据えて。

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