二.天海の少女
紅城の本陣は騒然となった。既に亜夏が七色の機体へと変異したこと、見たことのない武装で蒼司軍を退けたことは伝わっており、紅城勢は敵か味方か判別も出来ずにわずかな火砲で迎撃態勢を維持しつつ推移を見守っていた。
紅城の当主である紅城定紀は側近の制止を聞かずに自ら真胴の前へと進み出ると、じっくりとそれを観察する。
「なるほど、確かによく出来ている」
「と、申しますと?」
「これが七色になるとは誰も想像できぬであろうよ」
付き添いの従者にそう言うと、次に真胴に喝を入れる。
「いかなる手によって変化したのかは知らぬが、亜夏に乗っているのであれば我が旗下に属する者であろう! 紅城当主であるこの定紀を前に姿を見せぬとは無礼とは言えぬか!」
すると、亜夏の腹部にある操縦席の遮壁が開き中から二人の人間が降りてくる。一人はきらびやかな髪をたたえた少女、そしてもう一人は彼が信頼を置いている将の一人。
「ほお、泰輝ではないか……みすみす妖術に囚われるとは見損なったぞ」
「はっ……もとより処罰は覚悟の上でございます」
「償いに首を差し出すか。よかろう」
定紀は泰輝の言葉に頷くと、今度は少女の方に視線を向ける。
「何とも奇抜ないでたちよ。領内にこれほどの女狐がいようとは」
「あー私は狐じゃないです。見た目通りの人間でもありませんけど」
「貴様、我が殿をもたぶらかすつもりか!」
「控えておれ……ではそなたは何だ? 我が領土で何を目論む?」
余計な口出しをする従者を黙らせ丁寧に真意を問い質す。すると少女の方もやや軽めだった態度を改め、はっきりと定紀の目を見つめて言葉を発した。
「この世から真胴を無くしたいのです」
「……これはまた大言壮語を持ち出すものだな。正気か?」
「真面目です。その為に天野泰輝様の半身を借り受け、こうして顕現いたしましてございます」
「ふむ……泰輝、そなたはどう思うのだ」
話を振られた泰輝はぴくりと体を震わせつつも臆せずに口を開く。
「絵空事であります……しかし、行いもせずにそう決めつけるのも愚かとは思いまする」
「そうか」
定紀は微かに微笑み泰輝の頭を扇で軽く叩くと「あの娘の髪を愛でるのに血は似合わぬ。我が館まで連れてまいれ」と申し付けると去っていった。警護兵に囲まれながら歩く泰輝は声を出さずにレディに語りかける。
(全く、冷や汗が止まらなかったぞ)
(でもでも、私の言ったとおりでしょ? ちゃんと話せばわかってくれるって)
(分かった分かった)
声に出さなくても変わらないレディの調子に彼の気疲れは増す一方である。体を分けた存在であるから余計な言葉がなくとも通じ合えるというのが彼女の弁で、先程の戦闘中もずっとそうだったらしい。
(泰輝様って真面目よねえ……最初に追い詰められてた時も定紀様のことが第一で許嫁の顔は二番目、その次が……)
(……それ以上語るのならこの場で俺は腹を切るぞ!)
(誰にも聞こえないのだからいいじゃないですか)
見かけの上では悄然と歩いている彼女であるが内心では変わらず悪乗りしている。正直今の状況は耐えがたいと彼も思うのではあるが、ただ一つ彼女の中に揺らがないものも見出していた。
(真胴を扱う家の当主によくもああ言えたものだ)
(くどいようですけれど、この世から真胴の影響を可能な限り無くすのが私の役割です。怯んでいては本気を疑われちゃいます)
ここに来るまでにも繰り返された話である。聞けば聞くほどに荒唐無稽な話というしかないが彼女は大真面目に主張して譲らない。
(真胴を無くしたところで争いは無くならないだろう)
(でしょうね。だから私も争いを否定するつもりはありません)
(ならどうするつもりだ。大見得を切っておいて何も考えていませんでは通らんぞ?)
(大丈夫ですよ。泰輝様にも定紀様にも失望はさせません……これが終わったらご飯でも食べましょうねー)
真面目を長く続けられないのかすぐに元に戻るレディに泰輝はどこか安心を覚えていた。
(機体から離れて大丈夫なのか?)
(大丈夫ですよ。どうせ見たって何も出てきません)
(そうじゃない)
(ふふ……お気遣いですか。ありがとうございます)
心の中の彼女はほんのりと微笑んでいるように感じられ、彼は緩みそうになる表情を引き締める。
歩くうちに辿り着いたのは紅城の本陣「
「泰輝、よくぞ無事でいてくれた。お前まで失われたのかと気が気でなかったぞ」
「勿体ないお言葉でございます」
「だが、当然そこには裏もあろう」
ニヤリと笑うとレディに顔を向ける。
「七色の娘よ、私に氏素性を語ってはくれぬか?
「レディです定紀様。不二とは異なる
「天海……? 天海と申したか?」
急に険しい顔へと変わった主に怪訝な表情を浮かべる泰輝。二人は柔らかに微笑んだままの彼女に意識を向ける。
「天海という地の意味を知りながら申しておるのか?」
「ええ、不二を拓いた天地の神祖が住まう地」
「ならばそなたは神祖に連なりしものか、それともそれを騙るものか?」
「神祖の住まう場所におきまして、他に下々のものがおらぬとは思わないのではありませんか?」
返答を聞いた紅城の主はしばらく黙ったままレディを睨みつけていたが、やがてふうと息を吐いて「道理だな」と苦笑いした。
「中々に弁が立つ。それで泰輝を説き伏せたか」
「口説かれはしましたが伏してはおりませぬ」
「そうしかめ面をするな。陽向に気を遣うのは分かるが」
完全に警戒を解いた定紀は生真面目な真胴者をなだめると、改めてレディに問う。
「レディとやら、そなたは真胴を無くしたいと申したな?」
「はい」
「ならば何故真胴を利用するのだ? 真胴を無くしたいのならば真胴を用いずに違うものを用いればよいのではないか?」
真胴に七色をまとわせるほどの術を操るそなたならば可能だろうと至極当然の疑問を発する定紀に、レディは静かに首を横に振る。
「私は真胴を無くしたいとは思いますが、そのために天海の力を徒に振るうのを良しとしたくはありません。たとえ既にそう考えるものが現れていたとしてもです」
「ほう」
「真胴の戦乱はいつの日にか不二を滅ぼすでしょう。ふたつとないこの世がそうしたことで破滅へと誘われることを私は良しとしません」
言い切る。浮足立つような軽薄な態度は感じさせない。
「泰輝に問おう。この娘の言うことは本当であろうな」
「間違いはございません」
「迷いもしないとは。体を分け合っているせいか」
「否定はしません。しかし、自分を信じているのは私もレディも同じと思っております」
泰輝も迷わなかった。正直物言いには閉口させられるのではあるが、態度自体には不審さは感じられない。無垢な子供のような一途さを思わせる何かを覚える。
「なるほどな。しかし、真胴を無くしたくとも我が紅城は蒼司の真胴により滅亡の危機に追いやられている」
「皆まで仰られる必要はありません。今は蒼司に兵を引かせるのが先決です」
「よろしい。少なくとも今は同じものを見ているわけだ……期待させてもらおう」
ゆくゆくの話はそれからでも遅くはあるまい、と定紀は話を締めくくり二人は謁見の間をあとにした。
「ふぅ、流石に気合が入りましたね」
「そんなことではこの先持たんぞ」
「ご心配なく泰輝様。やる気十分です」
そっけなく気遣う泰輝の言葉に気安く応じるレディはそこで首を傾げる。
「そう言えば泰輝様こそ大丈夫ですか。これから陽向様と面会されるのでしょう?」
「まだそうと決まったわけでは……」
「いえ……会っていただきますよ」
二人のやり取りにそれまで一言も話さなかった案内役の小姓がやや高い声で口を挟み、それを聞いた泰輝は顔をひきつらせた。
「あれ、泰輝様?」
「その声は……!」
「うふふふ、いけない御人ですね泰輝様。この陽向の知らないところでこのような女子を囲うなど」
すっと振り向いた小姓の姿はあっという間に萌黄色の着物を着た妙齢の女性に変わっていた。
「ひ、なた……!?」
「定紀様とのお話は聞かせていただきました。ですが、もう少しだけお付き合いいただきますよ。特にその子とどうやって知り合ったのかを、ね?」
「陰に陽向に、という二つ名に偽り無しですか」
感心したようにつぶやくレディの言葉は二人には届かなかった。
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