二十八.旅路の途中

 次の日、操縦席で休んでいた女二人に素っ気無く挨拶をした泰輝は「今後のことだが……」と話を切り出す。


「今後、ですか?」

「うむ」

「よもや紅城へ戻ろうと……?」


 浮かない顔で反応するレディと陽向に対し「そのようなことは言わぬ」としたうえで言葉を続けた。


「白華に行かねば話が進まないからな。その予定を変えるつもりはない」

「でしたら……」

「ただ、白華に行って何をすべきなのか、もう一度考えてみる必要がある。レディ、お前はどうやって白華と交渉するつもりであったのだ?」


 問いかけられた少女は「白華には天海と接触できる人がいますから、それを頼るつもりでした」と答える。


「それは、先にお会いした御名方殿ではないのだな?」

「あの人にはそんな権限ありませんよ」

「確かに、白華にいる上様に報告すると仰られていましたわね」


 泰輝はその言葉に小さくうなずく。窓口も何も無くただ向かっているわけではないのであるがレディにそれ以上を聞くのは現時点では難しいことも分かっていた。


「陽向、今の白華の当主は?」

「白華りょう様です」


 即答する。加えて、あまり人前に出ない人間で自分も姿を目にしたことはないとも陽向は述べた。


「白華に話を通すには人前に出ないそのお方に謁見する必要があるが、御名方殿にも軽んじられている現状で即座に伶様に会えると思っていたのか、レディ?」

「……断られるのなら、実力行使あるのみです」

「そのためのナナイロ、か?」

「それは本当に最後の最後、著しい危険があると思った時の話です。一応普通に話せばそれなりの待遇で迎えてもらえますよ」


 向こう的には私が現状を見て心変わりしてくれたらと思っているのかも知れません、というレディの言葉に泰輝は頷かない。代わりに陽向に意見を求める。


「陽向、そなたも白華に赴いたことがある以上現地に顔見知りくらいはいるのではないか?」

「いないとは申しませんが、それはあくまで紅城の諜報としての付き合いです。頼るとなると紅城に不利をもたらしますかと」

「分かった」


 口ではそう言いながらもやはり泰輝は頷かなかった。ゆっくりと考えながら口を開く。


「レディよ、もし仮にお前を見て白華の者たちが天海の使者であることを否定したらどうするつもりだ?」

「……口で通じなくなるまではナナイロを使うつもりはありませんよ」

「確かだな?」

「仮にそのせいで紅城に危機がもたらされるのなら、私は紅城のために力を振るうことをためらいません。天海が不二を見捨てようとも紅城を守るのが責任の果たし方だと思っています」


 レディの言葉に迷いは感じられないが、その内心は震えているのを感じ取れた。彼女が己のよりどころとしているであろう『天海の使者』であることが否定されるのは耐えがたい苦痛であろうが、それでも「そうなったのなら紅城のために戦う」としたのは大きなことだと泰輝は感じている。


「泰輝様、流石に脅かしすぎではありませんか?」

「済まぬな。だが、あまりに無計画でも良くはないと今更ながら思ったのだ」

「それはそうですけれど……」

「陽向さま、大丈夫です。曖昧にするのにも限度はありますから」


 全てが裏目に出た時のことくらい考えておくべきでした、と可愛らしく頭を掻く仕草をとった。信喜が意図的に虚偽の報告をしない限りはレディを受け入れない事態はまずないと考えられるが、いざという時に後の対処がないでは済まされない。快く自分たちを送り出してくれた紅城の主のためにも先の先を見通しておくことも大切であったとレディ自身も反省している。

 それを見た泰輝はようやく満足して頷いた。


「今日のところはこれくらいにしておくか。あまり悠長に話をしてもいられぬしな」

「黒荘や喜央斎への対処はいかがされるおつもりですか?」

「分からぬことに心を配るのは有意とはいえぬ。特に黒荘どもに関してはまだまだ知らぬことが多すぎるしな」

「喜央斎さんは出たとこ勝負になりますかね」

「レディ、あやつを無闇に殺したくないと言ったのはお前であろう」


 そう言って右手でレディの頭を撫でると、泰輝は亜夏を動かし始める。



 その後、旅は順調に進んでいった。それまでは二、三日で復帰し待ち伏せをしていた喜央斎たちが一週間ほど姿を見せずにいるが、あのままで終わるような人物ではないと三人とも思っている。


「来てくださいね、とは言いませんけど今回は遅いですね」

「弟子が逃げてしまったのかも知れませんわね」

「前回は真っ直ぐ南に向かってはおらぬし、その分だけ時間を食っているだけだろう」


 それぞれの考えを言い合っていると背後から擬胴らしき反応が接近してくるが、警告音は鳴らない。


「敵ではない、となると……」

「紅城の方ですね……照合できました、殊士しゅしです」


 殊士は紅城では数の少ない擬胴であり、紅城家中で伝令や使者の乗機として用いられている。蒼司との戦いが停戦中とはいえ貴重な機体でここまで泰輝たちを追ってきたとなると、なにも無いとは考えにくい。

 殊士に乗っていたのは紅城の軍務所司である小栗真照であった。


「宇野様、お久しぶりです」

「小栗殿も変わりないようで何よりだ……して、本日は?」

「はっ。定紀様より書状をお預りしております」


 真照から書状を受け取り、ゆっくりと目を通す。蒼司との停戦期間に終わりが近づきつつあり、互いに緊張が強まっているという。そして、蒼司の後継者についても触れられていた。


「蒼司星成ほしなり?」

「蒼司家の傍流に当たる中村家の出身です。鳴徳様にはお世継ぎがおらず、蒼司家中でも異論が噴出していた模様です」


 納得のいかない一部の強硬派が上層部に対して刺客を送るなど水面下で暗闘が繰り広げられているとの噂もあり、紅城との戦を含めて四分五裂の様相を呈しているという。


「定紀様は静観を第一とし、消耗した戦力の立て直しにあたっております」

「黄路の情勢も落ち着き、紫建も無関係を装っている以上、当面の危険はなくなったと思って良いだろう」

「そうですな。して、そちらは如何なされておりますか?」


 紫建領内を南東に抜けて水盟の東岸から西岸へ渡り、藍掛を経て白華に至るという方針を聞いた真照は眉をひそめる。


「随分と遠回りですな。おかげで探すのには苦労しましたよ」

「済まぬ。黄路にいた白華の観察使にもそのほうが良いと話をしたのでな」


 想定より長い旅になりますな、という返しの言葉にレディは「定紀さまには申し訳ないと伝えていただけますか」と頼み、真照も「お早い帰還を願っておりますよ」と苦笑いを浮かべて了解した。

 その後定紀から援助として託された路銀を受け取り、別れ際に気にしていたことを尋ねる。


「……鵜珠来喜都の動向は?」

「不明です。星成殿の擁立に加わっていた様子も見られず、既に出奔しているのではないかと定紀様は判断しておられるようです」

「油断せぬように、とお伝えしてくれ……黒荘どもの狙いは分からぬが、我々の目的とは相反していることは確かだろう」


 注意を促して真照と別れた泰輝たちは再び南東へ向け進んでいった。

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