二十九.信用と信頼の狭間で

 あと三日で水盟東岸との境に到達するという頃になり、喜央斎がようやく姿を見せる。前回の争いから十日以上が過ぎていた。


「待たせたのう紅城の者共。今度こそ貴様らを葬ってくれようぞ!」

「待っていたわけじゃないですよ。単に来ないなら放っていただけであって」

「……そこはこう、もっと適切な返しをせぬのか小娘」

「喧嘩売っているのはこちらなので、それを期待しているのはむしが良すぎですよ、お師匠様」


 つれない反応のレディに妙に淋しげな声を上げる喜央斎を今一が諌める。達観しているのか興味を持てないのか分からないものの、破天荒な師匠より冷静に物事を見ているのを感じさせた。


「……まあ良い。今回は待たせた分かなり手を入れたからのう」

「貴様がいくら力を込めて改造したところで俺たちの敵ではない!」

「ならばたっぷりと見るが良いわ! この途上六十六号の真の力を!」

「……意外に控えめなのかしら?」


 陽向のかすかな驚きをよそに自信満々の老技師は年齢の割にきびきびとした動きで操縦盤を動かすと、六十六号は別に格納していた腕や脚を展開させ六本の脚に四本の腕を備えて巨大化し、異形の真胴へと姿を変えた。


「……レディ、あれは何らかの術の類か?」

「術だと思いますけど、何の術なのかは皆目見当がつきませんね。多分、かなりひねくれた使い方してますよ」


 そもそも最初から腕や脚を格納しておくのに意味があると思えませんから、と至極真っ当な指摘をするレディに泰輝も頷く。泰輝自身としては見た目はともかく真胴を異なる姿に変形させる仕掛けに難しい理屈は抜きにして憧れる物があったりもするのであるが。

 そうこうしている間に六十六号は機体下部に吊り下げている二門の大砲を立て続けに撃ってきた。亜夏は擬胴の大きさのままそれをかわしつつ脚部を狙い接近を試みるが、流石に四度同じことを繰り返すほど愚かでもないのか、大砲を放ちながらも前腕に装備した火炎放射器で迎撃してくる。火勢は激しく、泰輝は一旦強攻を諦めて間合いを整え直した。


「中々厄介なことをしてくれる!」

「今回は過去の敗因をしっかり分析しているようですわね」

「もっと早くからそうすれば良かったのに……なんてことを言っている余裕は無さそうですよ」


 陽向とレディは状況の不利を冷静に分析してみせるが「ナナイロを使うべきでは」とは進言しない。前回、泰輝がそれで意固地になっていたのを踏まえてのことである。

 泰輝もそれを理解していたが、何も言わなかった。代わりに操縦桿へ力を込め、状況を打開するために太刀を諦め光弩を構えさせる。

 それを見た喜央斎は遠慮のない嘲笑を浴びせた。


「ふん、あくまで力を振るわぬつもりか……紅城の真胴者は度量が足りぬと見えるぞ」

「どうとでも言え。貴様こそ己の才に溺れているのではないか?」

「あー、その手の話でお師匠様を動揺させたいんなら無駄ですよ。その手の挑発は飽きるほど聞いてますから」

「今一、だからお前は黙っておらんかい」


 弟子を一喝しつつも喜央斎は攻撃を緩めようとはしない。大砲と火炎放射、加えて六本の脚を存分に活用した不規則かつ俊敏な立ち回りで的を絞る余裕すら与えず猛攻を続けていた。その合間を狙って亜夏は光弩を放つが、動きを見切られているのか思うように命中させられず逆に間合いを詰められていく。

 泰輝はやむなく光弩を諦め、太刀を構え直す。敵の火力に対し下手な小細工は通じないと悟ってのことだが、それを見たレディは勝手に手元の鍵盤を叩いて、亜夏をもとの大きさに戻す。


「レディ、手を出すな!」

「聞こえませ〜ん! 私には何も聞こえませ〜ん!」

「何だと!?」

「泰輝さまのわがままに巻き込まれて怪我でもしたら大変ですもん! ね、陽向さま?」

「……多少言い方に問題はありますが、私もレディに賛成です」


 少し頭を冷やされては、と言って陽向はレディに後を任せ自分は操縦席から飛び出していった。そのまま六十六号の足下へ潜り込むような動きを見せて撹乱を仕掛ける。


「陽向!」

「陽向さまは死に急ぐようなことはしませんよ……それくらい知っているでしょう泰輝さま」

「くっ……!」

「ナナイロが気に食わないなら永遠に封印してても構わないです! でも、それで役目を果たせなくなったら本末転倒なことくらい理解してください!」


 レディはそこで初めて泰輝を厳しく睨みつけると、動きを止めてしまっている泰輝から操縦権限を自分側に一部移管させ、陽向が斬り込んだ側の脚を狙って光弩を放つ。陽向は呼吸と機会を合わせて素早く退避し、光が地を削ってわずかだが六十六号の動きを抑制することに成功した。


「ふん、ようやく本気を出しおったか!」

「本気じゃないですよ。本気ならあなたなんて瞬殺ですから」

「よく言いおる!」

「泰輝さま、喜央斎さんはああ言ってます……本当の本気を見せてあげてください」


 泰輝はレディの言葉に黙ったまま操縦桿から手を離し、少女の心に意識を向ける。


(勝手に動くな、と言ったはずだ)

(確かにお聞きしましたが、承ってはいませんよ)

(レディ……!)

(どうしてもやりたくないのならば、後で私を斬るなりなんなりしてください! これ以上泰輝さまの無駄な矜持に付き合いたくありません!)


 意思が伝わった瞬間に泰輝は思わず手を振り上げるが、視線の先にいるレディの手が動き続けているのを見て思い留まった。外では陽向がなおも六十六号の足元を動き回っている。

 振り上げた手を静かに下ろした泰輝は操縦桿を握り直し、極力感情を込めずに「ナナイロを用意してくれ」と告げた。


「……了解です」

「陽向を呼び戻せるか?」

「ナナイロを展開して一撃決めたほうが早いです」

「気軽に言う……!」


 間髪入れずに亜夏はナナイロに包まれていき、それを見た陽向は陽動を止めて安全を確保できる場所まで後退する。

 一方、喜央斎はようやく姿を変えた相手に獰猛な視線を向けていた。


「よく見よ今一! あれぞまさしく天海の力!」

「見た目はいいですけれど中身はどうなんですかね?」

「中身も書き換えられているじゃろうが、元が亜夏ならば全力は出せぬな」


 喜央斎は視線とは裏腹に冷静な見方を示す。以前、偶然から黒荘と接触した際に同系統の術を見ているがあちらは全てを制限なく同質に置き換える性質があることを瞬時に理解していた。その彼にとり、眼前に見える相手には真胴の能力が術についていけてない様子が確かに見えていた。

 とは言え、途上六十六号の完成度では恐らく勝てないであろうことも察しがついてもいる。


「どうするんですかお師匠様?」

「残った全ての砲弾を撃ったら離脱する……良いな?」


 その言葉通り、残った火力の全てを撃ち込んだが傷ひとつつけられず、高熱火炎にも耐えてみせたナナイロの姿を確認した喜央斎は腹をくくった泰輝の攻撃を受けつつも緊急離脱装置すら使わず自分から後退していった。見るものは見たから価値は十分と言わんばかりに。

 それを見送った泰輝はレディに術を解くように指示して目を閉じる。帰ってきた陽向には働きを労いつつも「ああ言う真似はこれきりにしてくれ」と一言を付け足して注意するとそのまま操縦席で眠ってしまった。

 レディと陽向は顔を見合わせたあと、互いにため息をつく。


「悪いときの泰輝さまですね、今は」

「そうね。でも、どこかで泰輝様の心をほぐして差し上げないといけないわ」

「……国境の宿場町についたら、私が留守番になりますね」


 レディは小さな声で告げると手元の鍵盤を叩いて自動歩行機能を設定し、自分も目を閉じる。陽向は、旅において必要な信頼が乏しくなりつつあることを考えながら、眠っている二人を静かに見守っていた。

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