二十七.不信に迷う

 泰輝たちが宮里を出発して二日後、再び喜央斎が現れる。彼の愛機は接近戦を諦めたのか太刀ではなく火砲を二丁携えていた。


「この途上五十八号なら負けんぞ!」

「……立ち直りの速さだけは驚嘆に値するが、貴様に構っている暇などない」

「その改修、どうやってしているんですか? 喜央斎さん」

「ふん、わしの天才的頭脳を持ってすればこんなもの朝飯前じゃ!」


 誇るように胸を張る喜央斎だが弟子の方はげっそりとしていて、かなりの突貫工事であったことを感じさせる。


「それにしても部品の調達というか、どこで修理しているんですかね?」

「お師匠様はそのあたり人間業とは思えない動きしますから」

「それは答えになってないぞ」

「……なるほど、そういうことですか」


 呆れる泰輝たちとは正反対にレディは納得したとばかりに頷いた。


「どうしたレディ? 今ので何がわかる?」

「喜央斎さんが天才だってことですよ。天海の力なんて不要なくらいに、ね」

「何じゃ、今更わしの偉大さに気がついたのか」


 喜央斎は満足げに笑みを作るが、他の三人は状況がさっぱり分からない。


「二人で話し合わずに分かるように説明してくれないか」

「話し合いは必要ないです。それよりも……今は切り札を切るべきでしょう。ナナイロを展開します」

「おい!」


 泰輝の言葉を待たずに勝手に手元の鍵盤を叩いて機体をナナイロに包むと、老人は目を輝かせた。


「おお、おお! これこそまさしく天海の力! 壊しがいがあるわい!」

「生け捕るんじゃないんですか?」

「目的変更じゃ! あれに勝てれば天海の力に甘えておる白華の馬鹿共へわしの力を見せつけられる!」

「なんだと? 貴様、白華の出身なのか?」

「そんなことはどうでも良いわい。仕掛けるぞ今一!」


 泰輝の戸惑いを無視して指示を受けた今一は操作盤を動かして火砲を放つもののナナイロの機体を傷つけるには至らない。


「流石に単純にはいかぬか」

「お師匠様、火砲じゃ無理っぽい気がしますけど」

「何のこれしき! ならば特別にわしの本気を見せてやろう」


 そう言うと喜央斎は左側面の釦を押す。すると、機体の手足が火砲ごと胴体に格納され新たに大きな両手両足を出現させた。手には先程より大きな火砲が握られている。


「何だと!?」

「ふん、術に頼るなど愚の極みよ。小娘よ、お前もそう思わぬか?」

「……いえいえ、ご高説は承りましたが、あなたの方向性は正しい向きではないとも思います。それくらいのことは黒荘だってできますし」

「あんな連中と比べるでない! まあ、奴らの術も多少参考にはしたがのう」


 途上五十八号が火砲を構えるのを見て、泰輝も仕方なく光弩を構えさせた。無駄な戦いは避けたいが、もはや話し合いでどうにかなる状況ではない。

 双方が同時に放った攻撃は共に防がれる。五十八号の火砲は強化されてもなおナナイロの装甲に弾かれたが、ナナイロの光弩も五十八号の用意した盾を貫けずに光の飛沫となって消えた。


「……ふーん、やりますねぇ。けどそれなら最初からそれで戦えば良くありませんか?」

「たわけめ! 貴様こそ力を出し惜しみしておろう」

「そうですね。ただのいたずらに本気を出すのはもったいないと思いましたから」


 レディは真顔で話すと、泰輝に視線を送る。


「……泰輝さま、乗り気でないのなら私が動かしますけど?」

「その前に確認させろ。お前は喜央斎の奴をどうしたいのだ?」

「……殺すつもりはないです。私が確認したいことは確認できましたし、しばらくは私たちを追いかけ続けてもらいたいな、と」

「気に入らんな」


 泰輝は少し怒気をはらんだ口調で言った。有耶無耶にしていい話ではない。彼女は間違いなく何かを隠している。陽向も同様に険しい表情を示していた。


「俺は喜央斎と同じ程度に今のお前を危険だと思っている。黙ったままで終わりにはさせぬ」

「……分かりました義父上ちちうえ。ならば言いますけれど、どうにか彼に白華まで同道してもらいたんです」

「理由は?」

「白華は天海に対し重大な背信行為をしているからです。喜央斎さんはそれを暴くうえで重要な証人です」


 だから、注目を向けさせたまま動きを誘導する為にあえて力を小出しにさせて頂きました、と話す義理の娘に対して泰輝はその頭をごく軽く叩き、その上でさらに一言を添える。


「その背信行為とやらをいま説明はできぬのだな」

「以前、私は伝えましたよね。不二には真胴が多すぎると……喜央斎さんみたいな人がいるにも関わらずに、白華は天海を利用して真胴の普及を煽っています」


 生きるためにと言っていた時期は既に終わっているのにとレディは語り、そこに今度は喜央斎が口を挟んできた。


「ふん、貴様が真胴を無くしたいというのはそういうことか」

「あなたがいくら研究を続けても、白華は認めなかったでしょう? 認めるわけがないんですよ。自分たちをひ弱だと思い込ませておきたいんですから」

「なるほどのう……つまり貴様は」

「白華の化けの皮を剥がしたい、分不相応な真胴のやり取りを終わらせたい……ということです」


 レディは語り疲れたように大きく深呼吸をし、喜央斎はつまらなそうな表情を浮かべる。


「無謀極まりない上に、愚かすぎる」

「お師匠様がそれを言いますか」

「今一、余計な口を挟むでない……しかし、それならばますます貴様らを放ってはおけぬな」

「やめろ喜央斎。レディのことは詫びねばならぬが、貴様らとこれ以上やりあうつもりはない」


 泰輝はそう言って制止するが、老人はそれに鼻を鳴らして拒絶の意思を示した。話にならぬとばかりに通じない火砲を放つ。


「まぬけめ。貴様らを倒し、白華に目にものを見せてやるわしの目的に些かの狂いもありはせん! ……否、ますます強まったわ!」

「何故だ?」

「天海のことなどわしの知ったことではないが、貴様らはわしの研究の貴重な材料じゃからな。まさに天啓、我が生涯を掛けた大事業は貴様らを超えることで達成される!」

「全く聞く耳を持たない御老人ね」


 最悪レディを里子に出そうとも思いましたけど、と陽向は嘆息した。話をしようにも向こうがその気でなければ成り立たない。目の前の老人が白華を出たのは研究だけの問題ではないのだろう。

 泰輝もまた苛立ちを顔に出していた。レディの話もそうだが、利用されていると理解しつつも己の目的しか見えていない喜央斎の愚かさに無意識に自分を重ねている。


「レディ、術を解け!」

「えっ? でも……」

「何も言うな。逆らうな……喜央斎ごときナナイロをまとわずとも追い返せる!」

「……はい……」


 一瞬だけ逡巡を見せたが、義娘は義父の言う通りにナナイロの展開を止めて、亜夏をもとの大きさに戻した。

 当然、相手は怒りをあらわにする。


「これ、勝手に術を解くでない!」

「最初に言ったはずだ……貴様に構っている暇はないとな!」


 泰輝はそう言い捨てると亜夏に太刀を持たせて突撃した。ナナイロがないことで火砲の攻撃にあちこちが損傷するのも構わず、無理矢理間合いを詰めると五十八号の左手を切って捨てる。


「ぐっ、若造が!」

「今度は逃さん! ここで終わらせる!」

「……脱出しますよ、お師匠様」


 二人に構わず、今一は了解も取らないまま緊急発動機を勝手に作動させて機体を打ち上げた。泰輝は太刀を光弩に持ちかえて五十八号を狙うが、一歩遅く南東の空の彼方へと消えていく。


「逃がしたか」

「泰輝さま……」

「何も言うなレディ。確かにナナイロがあれば討ち取れていたからな」


 意気消沈しているレディに泰輝は視線を合わせない。陽向に促されて機体を再び擬胴相当に戻したあとは何もせずに沈黙したまま一日を過ごした。

 その夜、泰輝は唯一人機体から外へ出て、夜空の星を眺めて呟く。


「さて、俺はどうすべきなのかな……親父殿」


 亡き父に問いかけるその声には明確な迷いがあった。何が正しく、何がおかしいのか、その判断ができずにいる。言われるがままに旅を始めたことを今更悔やむ気はないが、放ってもおけない。白華にたどり着くまでに答えを見出さねばならないと思いながら泰輝は目を閉じた。

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