三十二.禁忌

 黒い真胴から鵜珠来の声が響いてくる。


「さて、しばらくぶりだな宇野泰輝……白華へ行くにしては随分遠回りのようだが?」

「貴様こそ今までどこに消えていたのだ? 蒼司本国は大騒ぎのようだが」

「私は鳴徳個人に仕えていたのであって、蒼司に仕えていた訳ではない。仕えていた人間がいなくなったからには義理立てする必要もない」

「よくもそんなことを言えたものね」


 鵜珠来の言葉を聞いた陽向が冷ややかに言い放つも彼は動じない。


「貴様らこそ悠長に船旅をしている余裕があるのか? 紅城にはろくな真胴が残されてはいないはずだが」

「急がば回れ、でしたっけ? 最短距離で進むだけしか出来ない訳でもありませんので」

「その結果がそこの老いぼれたちという訳か」


 皮肉じみたレディの言葉に黒い真胴は途上六十七号の方に首を動かした。


「ふん、黒荘ども。わしらの邪魔をするのならば容赦せんぞ!」

「喜央斎、我々の技術では満足できぬか……天海の技術まで欲するとはな」

「何をほざくか! 貴様ら黒荘こそ天海を欲しておろうが」

「我らにとって天海は敵だ。我々を黒荘と貶め、裏では白華に討伐を指示していた……もっとも、白華は天海の指示通りに動いてはおらぬ様子ではあるがな」


 そこの娘がいるのもお前たちが白華を追い出されたのもそれゆえだろう、と退屈そうに話す声を聴いた喜央斎はそれまでナナイロに向けていた砲門を黒い真胴に向けさせる。


「ほう、それでこの黒魁こっかいを撃つつもりか?」

「貴様ごときに使う予定はなかったが、気が変わったわい。わしの才能を認めぬ連中は全て敵じゃ!」

「先にナナイロを倒してから話すべきではありませんかね、お師匠様?」

「後回しじゃ後回し! 放っておいても奴らは逃げたりせん」


 弟子の忠告を無視して吠える喜央斎に対して、逃げないと断じられた側はどうしたものかと首をひねっていた。


「そう言われると逃げたくなりますわね、泰輝様?」

「それが出来るならそうしたいが……な?」

「逃げ出そうとして両方から撃たれるのは勘弁してほしいですよね。それに……」


 積極的に逃げようと主張する者はいない。逃げたところで追いかけられるというのもあるが、喜央斎と鵜珠来双方の切り札を見定めたいという思惑が三人の中で共有されているのを察知した鵜珠来は打算を隠そうとしない泰輝たちをあざ笑った。


「良いだろう……我らの力、その目に焼き付けるがいい。後は任せるぞ」

「分かっている。まずはあの目障りな蜘蛛もどきからだな」


 鵜珠来に承知の意を示す同乗者の声を聞いた泰輝は大きく目を見開く。


「馬鹿な……! 地井直騎ちいまさきだと!?」

「久しいな、宇野泰輝……だが、貴様の相手は後回しだ。俺がそこの虫けらを倒すさまをとくと見ていろ!」


 直騎は重苦しく感情のこもらない声で告げると、黒魁と呼ばれた真胴を地を滑るように走らせて六十七号の懐に飛び込んでいき、喜央斎たちもそれを読み切った上で回避行動を取りつつも光弾で応戦する。


「虫けらのような形のわりに良く動く」

「……念を押しておくが、あれが喜央斎の隠し札ではないぞ」

「貴公も心配症だな。俺がそんな下手を打つように見えるか?」


 直騎は鵜珠来の言葉を耳通ししながらも機体を押し込み、飛翔拳をものともせずに携えていた灼戦斧しゃくせんぷを振り上げるが六十七号の方も太刀を振るいそれを受け止め、操縦を今一に任せつつ慎重に相手を観察していた。


「……なるほど、なるほど」

「お師匠様?」

「何でもない……今一、準備は出来たか?」

「あと少しで終わりそうです。ただし、一割三分の確率で予測できない不具合が起きるかも知れません」

「構わん」


 老人は言い切る。失敗することを恐れず可能性を求め続ける姿勢が今の彼を作り上げていた。予期できない不具合が起きるのならそれをしっかり見ておこうとすら考える前進気勢こそ技術者の性であり、佐倉喜央斎という人物の全てである。

 一方、六十七号と黒魁の戦いぶりを見ていたレディは両者の動きに不穏なものを感じ始めていた。


「……ちょっと怪しい感じですねぇ」

「どちらがだ?」

「両方共です。喜央斎さんは黒荘の術を知っているようですし、何より調整不十分でも試作型武器を使ってしまうお方なので」

「共倒れが起きればよいけれど、そう上手く行きそうにないということね」


 陽向の言葉に頷いた少女は鍵盤を叩いて万が一の事故に備えようとし、泰輝も操縦桿を握ったまま放そうとしない。レディから流れ込む不安な心持ちに共感するまでもなく、両者が互いに切り札を出し合うかも知れない事態そのものを危惧している。


「だが、下手には動けん。何が起こるか分からない戦いほど厄介なものはない」

「備えあれば憂いなし、です。いつでも最大出力を出せるようにしましたから、あとは泰輝さまがご判断下さい」

「承知した」


 泰輝は緊張しがちな体から力を適度に抜きつつも前を見据えた。ナナイロには太刀ではなく光弩を構えさせているが、あるいは無意味となりそうな予感もしている。先程、不完全だったとはいえ光の槍を打ち消した光景を忘れていない。

 目の前の戦いは喜央斎たちが先に仕掛けたことで大きく動いた。黒魁を押し返すと同時に間合いを調節する。


「お師匠様、充填完了しました」

「よろしい、破刻はこく波動砲発射じゃ!」


 それまで白い光弾を放っていた砲門に黒い何かの渦が収束していくのを見た鵜珠来は、即座に直騎へ警告を発した。


「直騎、下がるなよ!」

「敵に背中を向けるほど愚かではない。受け返すだけだ!」


 直騎は黒魁の左手に備えられていた収納型の盾を展開させ、それを鵜珠来が呪言で強化する。


「暗がりに証せり……ごうを介し制す……時往じおう界盛かいせい!」


 その言葉と同時に盾の周囲が奇妙な様子で歪み始め、それを見たレディは体を震わせた。強烈な寒気を感じているのが泰輝にも伝わってくる。


「何考えてるんですか、あの人たちは!?」

「レディ、どうしたの?」

「冗談にもならないですよ! 時間破壊と空間操作のかちあいなんて……下手したらこの一帯が丸ごと吹き飛びます!」

「なんだと!」


 レディの悲鳴に近い声を聞いた泰輝はとっさに光弩を途上六十七号へ向けて撃っていた。砲門を狙って放たれたそれは狙い通りに直撃する。集束を終える寸前で破壊され行き場を失った黒い波動は六十七号を包み込んでいく。


「お師匠様ぁ……」

「くうう、よもや……」


 二人の悲鳴は黒い渦に飲み込まれて消えていった。


「レディ、あれは……?」

「対象ごと時流を砕くはずだったものが暴走した結果です……それだけで死にはしないでしょうけど、どこか違う世の中に飛ばされた可能性はあります、ね……」


 私も実際に目にしたのは初めてなので実際はどうなったかは分かりませんけど、と恐怖するレディのことを陽向に任せた泰輝は光弩を黒魁に向ける。


「さて、邪魔者は消えたな……宇野泰輝よ」

「鵜珠来喜都、そして地井直騎……!」


 全てを飲み込む漆黒と明るく周囲を照らすナナイロ、対照的な二機の真胴は正面から向かい合った

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