三十四.色落ち
太刀の刀身がへし折られて宙を舞い、ナナイロの右肩に灼戦斧の刃がめり込む。あと少しで操縦席に届いていたかもしれないほどの損傷だった。
「脆い!」
「……きゃうっ!」
「レディ!?」
「まだだ……耐えろレディ!」
少女の悲鳴に陽向が慌てて操縦席からレディを引き剥がして抱き寄せ、泰輝は危険を承知で充填のないまま左手をかざして光の槍を起動させる。零距離から放たれた光は勢いを欠いていたが、空間歪曲を発動させる暇すら与えない不意打ちは黒魁の頭部を吹き飛ばしていた。
「くっ!」
「怯むな直騎、そのまま押し通せ!」
「いや、これは危うい!」
鵜珠来は強攻を主張するが、直騎は嫌なものを感じたのかそれを受け入れずに手を離して距離を取る。刹那、ナナイロの機体に刺さったままの灼戦斧が光に包まれて消滅した。
ナナイロの機体から色が失われていく。光が滑り落ちて、本来の亜夏の姿に戻っていく。
「あ、あ、あ……いやぁ!」
「レディ、しっかりして! 泰輝さまを信じるのよ!」
「せめて、あと一撃……一撃さえ撃てれば!」
亜夏は無事な左手で光弩を構え、後退する黒魁に連射を浴びせるがそれを読んでいた鵜珠来に空間歪曲場を張られて防がれ、反対に速射砲で攻撃されて左脚が動かなくなった。
「勝負あったな」
「……ここで止めを刺すつもりはなかったが、気が変わった。あとは好きにしろ」
「そうだな。斬れぬのはちと興が削がれるが、これも戦場の定めだ」
直騎は微妙に表情を歪めながらも未練を振り切るように速射砲の先を亜夏の操縦席に向ける。
半身不随となった亜夏の操縦席で、泰輝は陽向に抱かれて震えるレディへ言葉をかける。
「案ずるな。すぐに終わる」
「た、たいきさま……?」
「私たちには構わず、敵を……お願いいたします」
「ああ……」
泰輝は陽向の言葉にひとつ頷くと、全力で踏圧板を踏み込み加速器を全開にして黒魁へと突撃する。
「潔く散れぬか、宇野泰輝よ!」
「ちっ、自滅は覚悟のうえか!」
機先を制された黒魁は慌てることなく速射砲を放ち、同時に鵜珠来が空間歪曲を展開し始めるが真横から黒い衝撃波が飛んできてそれを打ち消した。
「何だと!?」
「馬鹿な、あれは……!」
黒魁の操縦席で二人は目を疑う。そこには先程消え去ったはずの異形の真胴が砲を構えていた。
「佐倉、喜央斎……」
「くっくっくっ、このわしが戻ってこれぬとでも思ったか!」
「いやぁ、普通は無理だと思いますよ。本気で死ぬかと思いました……」
操縦席で不適に笑う喜央斎に今一がぼやきを入れる。
「確かにな。だが、災い転じて福となすじゃ。時の先を見たことで我が技術の途上は大きな前進を得たのよ……」
「五年くらいかかりましたかね?」
「わしは百まで現役じゃ!」
「……ちっ、どうやら貴様を侮りすぎていたようだ」
鵜珠来ははっきりと焦りをにじませ、不利を見て取った直騎は即座に撃つのを止めて空間跳躍を試みるが、その刹那を見逃さず亜夏が飛び込んで機体の全重量を乗せた拳を胴体に叩き込み、操縦席の隔壁をひしゃげさせた。
「ぐうっ、こうなるとは……」
「引くぞ……! 寿命が伸びたな宇野泰輝、そして女どもよ」
「……ありがたく受け取っておこうか、その言葉を」
黒魁は音も立てずにその場から消えても泰輝は気を切らずに動かない亜夏を制御して、喜央斎たちに相対する。
「喜央斎……」
「ふん、貴様らを助けたわけではない……ただ、あやつらに七色をくれてやるわけにはいかんからのう」
「時を見た、とおっしゃいましたわね?」
「正直なところ、あなた達には恨みがありますけど……戦えない状態に追い打ちするのはちょっと気が進みませんし……」
五年分老けたような顔つきの今一は陽向の言葉に冷淡に応じるが、泰輝はあえてそれを突き放すように言葉を吐き出す。
「……好きにしろ」
「口の減らぬやつめ。良かろう、瀕死の貴様らに用はない。折角もどってきたのじゃ、色々試したいこともあるからの」
「次はありませんよ……覚えておいてください」
喜央斎と今一の言葉を残して彼らの真胴は黒魁と同じように空間を跳躍して姿を消し、それを確認した泰輝はようやく陽向たちに疲れた笑顔を向ける。
「済まぬな、俺の考えが足らなかった」
「泰輝様……全ては生きていてこそでありましょう。そのように己を省みるばかりでなく、かわいい義娘のことを励ましてくださいませ」
陽向はそう言うと抱きしめていた腕を離した。泰輝が見た七色の髪をした少女は恐怖に蹂躙されて青ざめ、何の感情も見えていない。
「たいきさま……」
「無事で何よりだ」
「でも、ナナイロが……」
「俺と陽向、そしてお前も生きておるだろう? ナナイロは何にも負けてはいない」
そう言って未だ震えの残る体をしっかりと
「さて、今夜は此処で野営だな」
「私が先行して水盟へ入り、
「今はレディが最優先だ。目覚めたときにお前がいないのでは余計不安になるだろう」
いつの間にか西に傾きつつある太陽を仰ぎ見ながら、泰輝は疲れ果てた意識を切らずにただ義娘の体を抱きしめ続けていた。
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