十九.黒の誘引
三日後、黄路の本拠である其角院。あんずの木が庭園に並ぶ
「ええい、愛依の行方はまだ掴めんのか!」
「……垣の方へ向かったことは確実ゆえ、今しばらく辛抱のほどを……」
「垣から紅城に向かったらどうする? 死ににいくようなものではないか!」
いら立つ主君を家臣の一人が落ち着かせようとするがもはや抑えが効かない。
「愛依は一途な子じゃ。鳴徳の死を知ればこうなるのは明らかであったというのに……」
「いっそ全てを紅城のせいにしておけば良かったのかもしれませぬな」
「それをすれば白華から取引を止めると通告されている……何故かは分からぬが」
成高は唇を噛んだ。鳴徳が生死不明という一報が伝わった際、黄路家内においても中立を破棄して紅城に宣戦布告するべしという声が高まっていたものの、黄路にとっては最も大切な交易相手である白華から先手を打つかのような書状が届いている。「紅城を滅ぼすような妄動は厳に慎むように。万が一にも紅城に攻め入る事があれば、紫建と協調して黄路に対する一切の交易を停止する」という強硬な文面に、苦々しく思いながらもその意向を受け入れざるを得なかった。
「何故白華は紅城をかばうのでしょうか。紅城には何の関係もないはず」
「紅城に現れたという七色の真胴は、もしや白華の手による……?」
「あり得ぬ。我等にも蒼司にも悟られずに取引ができる方法などあるわけがない」
居並ぶ家臣たちも根拠もない憶測を言うばかりで解決策を示せない。我慢ができなくなった成高が怒鳴り声を上げようとしたその時、不意に聞き覚えのない声が一同の耳に飛び込んでくる。
「お困りのようですな、黄路の皆様」
「何奴だ?」
「ああ、私はそこにいませんからね。無駄なことですよ」
どこからともなく響いてくる声は刀を構えようとする家臣たちを嘲笑する。
「妖怪変化の類か? この黄路成高に対して名乗りもせぬとは礼儀も知らぬか?」
「おっと、少々先走りましたかな。それがしは名嘉沢倶と申すものにございます」
「ふん、名前だけは人並みにあるようだな」
成高は威圧するような声で言った。
「それで何用だ名嘉とやら。我々は見ての通り忙しいのだが」
「人探しならお役に立てることもあるかと思いまして」
「聞き耳の得意な奴め。ならば尚更用はない」
「何故ですか?」
「貴様はどうして、いつからここにいた?」
微塵も動揺を見せずに問い詰めてくる相手に名嘉は苦笑いをしているように間を取る。
「それでは直ちにお暇してもよろしいのですが」
「……それには及ばぬ。何か望みがあるのなら先に申してみよ」
「まだ何もしておりませぬが、よろしいのですか?」
「取引であろう? そちらの望む報酬を先に示せというのがそれほど理不尽なのか」
「承知いたしました。なれば単刀直入に申し上げまする」
名嘉の気配は途端に殺気を伴ったものに変わった。
「白華と手を切り、紅城との国境を閉ざして頂きたく存じます」
「それは出来ぬ。我々にとり白華は重要な取引相手であることくらいは知っておろう」
「白華の傲慢さはすでに理解なされているはず。彼らは真胴の先端技術を独占し、その力で他国を圧している」
最初に真胴を作り上げた白華がその後の不二の主導権を握っているのは紛れもない事実である。黄路や紅城を始めとする他の国も白華の技術を追い抜くべく策を巡らせてはいるもののそれは功を奏さず、技術的格差は縮まっていない。
「白華の技術は未だに我等を凌駕している。いま彼らと手を切れば他の諸国に付け入る隙をさらすことになる」
「……白華を超える技術を入手出来ればその問題は解決いたしますな」
「ほう」
そこで成高は興味を動かした。相手の狙いを掴んだと言わんばかりに表情を少し緩める。
「我らに仕えたいと申すのか?」
「それは畏れ多いことにございます。ですが、私に技術を披露する機会をお恵み頂ければ幸いに存じます」
「大胆に現れた割には慎重なのだな」
「それこそ取引の妙でございましょう」
際どい物言いではあったが、双方ともに手応えを感じ取ったやり取りでもあった。成高は頷いてみせる。
「愛依の行方と引き換えか、名嘉とやら?」
「手間は取らせませぬ」
「良かろう。詳細を詰めたいが要望はあるか」
「明日、正午に黒き擬胴にて城門にまいりますゆえ、お目通りを」
「承知した。顔を見るのを楽しみにしておるぞ」
名嘉は返事をすることなく気配を断ち、成高は城内の警備強化と真胴の集結を家臣たちに指示して自室に退いていった。上手くすれば思いもよらない良い結果を導けるだろうと感じながら。
一方、北上する泰輝たちは順調に旅を続けて明日には其角院へとたどり着く距離まで来ていた。
「順調に来ていますね」
「てっきり戦い続けかと思ったのに……拍子抜けってところですかね」
日課の瞑想を終えた陽向の言葉に三郎も応じる。彼としてはたたき合いの大立ち回りの連続を思い浮かべていただけに、やや期待外れなのは事実であった。
「そんなこと言っちゃって、実はびびりまくっていたんじゃないですか三郎さん?」
「そ、そんなわけあるかよ!」
「ほらを吹けるくらいの度胸もあるくらいがお前にはあっていそうだな、桐生よ」
レディの言葉にむっとする三郎に泰輝は苦笑いをする。
「泰輝様も真面目ですねえ。ちゃんと三郎さんを桐生健資扱いして」
「しなくてどうするつもりだレディ? 拾った以上独り立ち出来るくらいにはなってもらわねば俺も困る」
「……正直な話、泰輝どのが居なかったらとうに逃げ出してますぜ」
しみじみと話す。始終からかうのを止めないレディや真面目が過ぎて礼儀にうるさい陽向に比べれば、多少堅苦しくとも融通の利く泰輝の存在は身にしみた。
「少しふざけすぎよレディ」
「陽向様だって厳しくし過ぎなんじゃ……」
「そこまでにしておけ……もう其角院は目と鼻の先だ」
泰輝は二人の表情を引き締めさせる。昨日から其角院に真胴が集結しつつあるのは確認出来ていた。動きを読まれたわけでもないだろうが、少なくとも歓迎されざる状態なのは間違いない。
「どうしやす泰輝どの? 搦め手でも使いますか?」
「いや、正面から行くぞ。名嘉のほうが先んじている可能性が高い以上、下手な小細工は不信を招くだけだ」
「仮に愛依様が素直に戻っていたら撤退でしょうか?」
「まずそれは無いと思いますけどね陽向様。あいつにとっては貴重な取引材料ですから」
「仮定の話ばかりでも先には進めん……夜明けと同時に門へ向かうぞ」
泰輝は再びうるさくならないうちに迷いを挟ませず話を締めて、三人もそれに頷く。ことの佳境が近づいていた。
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