二十,朝駆け
翌朝、泰輝たちは其角院へと進むが途中には黄路の擬胴によって警戒線が敷かれている。
「仕官をしたい、と申すか?」
「はっ、この擬胴は献上の品にございます」
鶴と杏を象った旗印を掲げる勘亀の操縦手の質問に泰輝は何食わぬ顔で答える。
「紅城の真胴に形が似ているが」
「以前は国境におりまして、参考といたしました」
「盗品ではあるまいな?」
「まさか」
笑って否定するが、兵士はなおも疑わしげな表情を崩さない。
「一緒に乗っているのは?」
「妻とその妹にございます」
「後ろのがらくたに乗っているのは?」
「途中で知り合った桐生健資殿にございます。ここまで道案内を頼まれまして……」
「なにっ!」
案の定と言うべきか、問題の名前を出した途端に兵士は顔色を変え目をむき出しにした。
「桐生殿が、何か……?」
「すみやかにそいつを我々に引き渡せ。お前たちに用はない」
「これは妙なことを申される。桐生殿は見ての通り、立派な男にございます。お探しの桐生様とは似ても似つかぬでございましょう?」
その泰輝の言葉が合図となった。兵士は「敵だ。生け捕れ!」と叫び、周りの擬胴たちが一斉にこちらへ向かってくる。
「最後の一言は余計だったんじゃないですか泰輝様」
「そう言うなレディ。やはり末端にはまだ話が伝わってないようだからな」
呆れたようなレディの言葉に苦笑いで応じつつ、亜夏を動かす泰輝。群がってくる擬胴を太刀で払いながら前進を開始した。
「しっかり付いてこいよ桐生!」
「が、合点承知でさぁ!」
後ろで長巻を振り回している三郎を激励する。大きな口を叩いていた手前、無数の擬胴を前にして怯んではいられないと必死の形相で操縦していた。
「よし、このまま進むぞ! 其角院まではそう遠くない」
「どういたします泰輝様? 愛依様を連れずでは……」
「案ずるな陽向。こちらから騒ぎを起こしたのだ。名嘉も必ず動く」
泰輝は前を見据える。見るべき敵は其角院へと向かっていることだけは確信できていた。
同じ頃、其角院にも桐生健資が現れたという一報が届いてる。
「……して、愛依の姿は?」
「女子供を連れているという報告はありましたが、そこまでは……」
「たわけが! それを確認せずして何とするか!」
成高は報告した家臣を怒鳴りつけた。一番大事なことの確認を怠るとは何をしているのか、と。
「殿、愛依様は例の男が……」
「怪しげな男の言う事を鵜呑みにして何とする。もっと頭を働かせぬか!」
「は、はっ!」
すぐに確認をするように命じると、自身も出陣するべく着替えを急がせる。あの男を待つことなく娘の無事を確認できるのならばそれに越した事などない。
その様子をあらかじめ仕込んでいた小型盗聴映器で見ていた名嘉は成高の慌てぶりをあざ笑った。
「ククク……中々のざまだな黄路成高。宇野泰輝も動きが早いものよ。機を心得ているというべきか」
「父を愚弄するつもりですか?」
「おや、お父上の無能は貴女様こそよくご存知なのでは」
縄で縛られながらも静かに怒りを見せる愛依に皮肉で返す。
「さっさと蒼司と同盟して紅城を滅ぼしておれば良かったのですよ。そう思いませんか?」
「それはあなたの、あなた方の都合でありましょう? まつりごとはそう簡単な話ではありませぬ」
「許嫁の仇を討つために単身紅城に向かおうとしていた貴女に言われたくもない」
鋭く返されて返答に窮する愛依を相手にせず、名嘉は乗っている黒い機体を操縦し始めた。彼からしても宇野泰輝は良い機会に現われてくれたと感じられる。
「まあ、良くご覧になられるとよろしい。我ら黒荘の力を」
「見せつけたうえで脅迫でもするのかしら?」
「力を持つものが持たぬものを制す、それだけのこと」
「それを思い知らされるのを楽しみにいたしましょうか」
囚われの姫君の言葉を黒荘の男は努めて冷静に受け止めた。天海の力に触れてさえいなければ術中に陥れるなど造作もないのであるが。
(忌々しいものよ……あの独善に気づいたがゆえに棄てられたのに、何故我らが拒絶されねばならぬのだ……!)
思いは口に出さない。主張は行動で示せばよいのである。目には目を、歯には歯を、力には力を見せつけるだけだった。
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