十三.垣宿の喧嘩

 黄路の領内に入ると擬胴の姿をあちこちで見かけるようになる。濃淡はあれども全て黄色系の加飾かしょくであり、黄路家の支配下であることを泰輝たちに感じさせていた。


「見事な黄色ばっかりですね。黄路成高様も出来るお人じゃないですか」

「ああ、ある程度統治が行き届いている証拠だな」

「こうまで黄色ばかりでは、亜夏は少々目立ちますわね」


 泰輝とレディの言葉に陽向が冗談を言う。文字通りの紅一点であるのだから当然と言えば当然である。


「何なら常時ナナイロで居ても良いんじゃないかと」

「それは調子に乗りすぎよレディ」

「ああ、定紀様への御恩もある」


 二人の言葉にレディも心得てますよ、と苦笑いで応じた。境で山賊に襲われて以来特に脅威となるようなことも無く順調に旅路を歩んでいる。想定としては黄路家の本拠たる其角院きかくいんを避けて進み、西にある紫建しこんを通ってひとまずの目的地である白華へと到る行程を考えていた。


「泰輝様、本当に其角院に立ち寄らずともよろしいのですか?」

「……黒荘のことか」

「美柑の話が本当なら黒荘の手はこの国にも及んでおります。あるいは紅城に害をなさないとも限りません」


 蒼司のときのように黄路の家中に潜り込み妖しい動きをしているのを見逃せば巡りめくって紅城の害になるかもしれないという陽向の疑念を泰輝も理解はしている。ただ、自身はまた違う事態を想定していた。


「黒荘の輩はあくまで人の身には違いない」

「うーん、そこのところはまだ何とも言い難いですけれど、私のような存在ではないのは確かですねえ。外法とはいえ天海では旧聞に属する話でもありますから」

「それを踏まえつつ、泰輝様はいかがお考えでしょうか」

「連中はそもそも仕官をするようなたちではあるまい。鵜珠来からしてそういう性格には見えなかった」


 慣れない宮仕えなどして心労が溜まっていたからこそああも苛立っていたのだろうよ、という推論を聞いた二人はそれぞれに口を開いて意見を述べる。


「確かにそうですわね。仮に美柑の下を訪れたのが黒荘の男だとしたらもっと大がかりな策であっても良いですが……」

「……とてもそんな感じには見えませんねぇ。そもそも忍びに間違われるくらい存在感のない連中ですし、目立つのは苦手なのかも知れませんよ」


 泰輝様も毒のある言葉を吐けるようになったじゃないですか、とレディは面白そうに言葉を続けた。毒のある言葉というのならば彼女も相当なものなのだがその自覚はない。泰輝は軽く咳払いをしてから改めて話し出す。


「とにかく、黒荘がいるにせよ黄路の家中に手を伸ばしているような印象を俺は感じない。我々を狙うにせよ個人でこなせる範囲でしか仕掛けては来ぬはずだ」

「わざわざ事を大きくするような振る舞いは控えるべき、と?」

「その通りだ陽向。それでなくとも隣国と争っている最中の紅城の擬胴が本陣に近づくことを良しとしない家中の将も多かろう」

「いざとなればやるしかありませんけど、仕掛けてこないのならば願ってもない僥倖ということですね……なら私も何も言いません」


 肩をすくめるレディに「遊び足りなそうな顔をしているな」と声をかける泰輝を今度は陽向が「年頃の女子にかける言葉ではありませんよ」とやや厳しめにたしなめた。

 二日後、垣宿かきしゅくという大きな宿場へとたどり着く。紅城と黄路を結ぶ街道の終点に当たり、同時に紫建と黄路を結ぶ街道の中継点でもあり多種多様な人や擬胴であふれていた。


「ここが垣か。賑わっているな」

「そうですねー。道の交わるところはどこでも人が集まりますよ」

「私が垣で贔屓にしている宿があります。そこで一休みしましょう」


 そう話す陽向の案内で道を進んでいくと途中で人だかりに出くわす。人の輪の中では一人の男が三人の男に暴行を加えられていた。泰輝はレディに機体を預けるとその中に割って入る。


「何だてめえは? 俺たちの邪魔をするんじゃねえ」

「そう言うな。相手はあのざまだ。これ以上はお互いの為にならぬ」

「余所者が口を出さねえでくれよ。こいつはこうやって同情を引いて助かるために手を出さねえだけだ」


 如何にも風体の良くない男たちの言葉に泰輝は改めて怪我でうずくまっている男の姿を見る。なかなか上等な生地を用いた着物を身にまとっているが、体はやや華奢であまり鍛えられていない印象を受ける。


「分かった。ただこれだけは聞かせてもらおうか。お前たちはいくらで雇われた?」

「あん? 金なんてもらってねえよ。こいつの面が気に入らねえだけだ」

「なるほど……ならば俺が貴様らを叩きのめしても文句は言うまいな?」


 言うなり嘲るような表情を浮かべる男の顔を豪快に殴り飛ばす。


「てめえ! やりやがったな!」

「俺は貴様らが気にくわんし、貴様らも俺が気にくわん……丁度よかろう?」

「すかしやがって! おい、おめえらこいつを逃がすんじゃねえぞ!」


 負けじと三人がかりで泰輝に殴りかかる男たちの姿に群衆からどよめきが上がる。注目が逸れた隙を狙ってうずくまっていた男が輪の外へ逃げ出そうとするも、出た先にいた陽向に肩を叩かれる。


「あらあら、そんなにお急ぎにならなくとも」

「何をするんだ……!」

「あなたを助けたのは私の主人でございますゆえ」

「……何が目的だ?」

「それは貴方様のお話次第でございますよ……ひとまずはそこの擬胴へ」


 レディが男を回収している間に泰輝はならず者たちをひと息で叩きのめしていた。真胴者とはいえ生身での戦いに臆するわけでも無い。むしろ体術は得意なほうである。


「ち、ちくしょう……」

「どうした、もう限界か」

「憶えてやがれ! 次は血反吐を見させてやるからな……!」

「やるなら一対一でな……三人がかりでは手加減も出来ぬ」


 這う這うの体でその場から逃げ出していく三人を悠然と見送った後、泰輝は愛機の方へと戻り中にかくまわれていた男と相対する。


「無事であったか」

「貴方様は一体……この不思議な娘たちも……」

「俺は宇野泰輝。訳あって娘たちと旅をしている。お主は?」

「……桐生きりゅう健資たけし。黄路成高様のご息女、愛依めい様にお仕えしています」


 男は厳しい顔でそう語った。

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