十四.若侍の秘事

 蒼司に密書を届ける途中でならず者たちに目をつけられたという事情を聞いたレディは、のほほんとした表情でたずねる。


「その、愛依様の命令ということですか? ここにいるのは」

「はい。紅城を通り蒼司へ到り、蒼司鳴徳様に……」

「鳴徳様は……」

「無理だな。蒼司が紅城と戦をしていることくらいは知っておろう?」


 口を開こうとした陽向を手で制した泰輝が冷静に諭すと、健資は「それはよく分かっています」とした上で言葉をつなげた。


「ですが、紫建と水盟すいめいを経由してでは時間がかかりすぎます。事は一刻を争うのです」

「ならばますます迂回をすべきだろう。一刻を争った末に命を失っては愛依様にも鳴徳様にも申し訳が立つまい」

「いえ、私の命など軽いものです。愛依様にも鳴徳様にもご理解していただけると・・・・・・」


 焦りをありありと表しながら話す健資にレディは大きくため息をつきながら「死んで立つ瀬なんてあるわけないじゃないですか」と一言で論を切り捨てる。馬鹿にされたと受け取った健資は大きく顔を歪めたが、泰輝や陽向は驚きを表しながらも手を出さずに場を任せた。こういう時の彼女が強いのを二人は既に知っている。


「死んだら誰もがそこで終わりなんです。人が死んで喜ぶのを下衆と呼ぶのだとしたら、いたずらに命を捨てたがる人間だって同等に下衆だと思いませんか? 魂の重みすら己で計れないのですから」

「レディ……そなたは」

「ですから、はっきり言います。鳴徳様の生死を確かめたいのでしたら無駄です。鳴徳様が命を落とされた現場に私たちは居合わせたのですから間違いありません」


 反論も苦情も受け付けないと言わんばかりに力のこもった声で筋道をつけた説明をする彼女に健資は圧倒されて二の句が継げなかった。このような年端もいかぬ少女に何の反論も出来ないままとは思いもよらない。固まってしまった若侍の肩に陽向が手を載せる。


「お疲れ様です桐生様。これがこの子の常ですから、困惑なさるのも当然でしょう」

「……手慣れておられるのですね、こんな子供に好きをさせて」

「それはお互い様であろう。そなたこそ愛依様にどんな躾をしていたのだ? 主のご息女であろうとも既に世に知れ渡っていることすらまともに告げられぬとは」

「き……きちんと簡潔に告げたつもりです! ですが、その……納得できぬ……と」


 歯切れ悪く、急激に冴えない表情になった健資の頭に泰輝の手が伸び軽くなでた。


「! 子供扱いなどお止めください!」

「済まぬな。加減も分からず不躾をしてしまった。この通り詫びておこう」


 そう言ってあっさりと頭を下げた泰輝は席に座り直して操縦桿を握る。


「これ以上はこのような場所でする話でもあるまい。陽向、そなたが懇意にしているという宿まで案内を頼む」

「分かりました。桐生様は私めの席にてごゆるりとお休みなさいませ」


 陽向は民家の軒並みの端に駐機していた亜夏の機体から身軽に飛び降りると先導を務め、泰輝たちはその後をついていくが、途中ちらりと左後ろの席を見た泰輝はすっかり疲れ切り憔悴した様子の健資の姿を認めてレディと念で言葉を交わした。


(大分堪えているようだが、行き過ぎたか)

(でもあそこで言っとかないと面倒じゃないですか。あれくらいなら薬のうちです)

(それはそうだな……とにかく後は任せるぞ)

(へーい)


 さっきとは全く違う力のない返事を返したレディは、機体の後方から誰かが追跡してくるのを完全に無視して「人が多いと蒸しますねぇ」と七色の髪を手で梳く。



 陽向の案内でたどりついたのは鶸茶ひわちゃという名の宿で、周辺の旅籠に比べてみすぼらしい外観をしているが隣には大きな駐機場があり様々な色の擬胴が並んでいる。


「旅人の宿という風情だけはありますね」

「あまり人聞きの悪いことは言うなレディ。確かに宿には違いない」

「大丈夫なのですか泰輝殿」

「陽向を信じられぬなど愚か者の考え方よ。レディ、桐生殿を案内してくれ。俺はここで番をしている」

「はーい」


 レディは不慣れな様子の健資を手助けしつつ下に降りていく。


「綺麗な腕をしてますね。でも、お侍さんならもうちょっとだけでも鍛えといたほうがよろしいですよー」

「そなたは私のことを何だと思ってるんだ」

「言われたくないのならもっとしゃきっとしてください。あんな無茶はもうさせませんよ」


 健資は何も言わない。まだ会ってから間もない少女に何も言い返せず情けないと思いつつ、言えば言うほどに自らの姿が丸裸にされていくような恐れを感じていた。

 建物に入ると既に陽向が話をつけていて、主人と思しき老人は何も言わずに三人を離れた部屋へと案内する。部屋の中は健資が想像していたよりは綺麗に整えられていたが微妙な違和感も感じていた。


「ここは……普通の部屋と感じが違いませぬか」

「華売りの控室、ってところですね陽向様」

「あら、いつの間にそんな知識を身に着けたのレディ?」

「なっ……!」


 絶句する健資にレディがにこにこと微笑みながら説明する。


「いいですか. 健資様。さっきのならず者たちは理由は不明ですけれど間違いなくあなたを狙ってました。普通の旅籠に泊まったところでいたずらに騒動を増やすだけで良いことは何もありませんよ」

「それに宿場のならず者たちは不逞な旅人に対する用心棒を兼ねている事柄が多々見受けられるものです。彼らの目当てをかばってまで受け入れる旅籠は多くもありません」

「だからといって……!」

「ここなら商売柄どんな客でも受け入れてくれますし、控室にまで押しかけてくるような躾の悪い客はつまはじきにされて終わりです」


 二人に理由を説明されても健資はなお困惑する。仮に何事もなかったとしても、こんな場所で自分と一晩を過ごして二人は平気なのだろうかと問うと揃って不思議な顔をした。


「今更何をおっしゃいますのやら」

「そうですよ。何故泰輝様が外に残ったのかを考えてください」


 ここには男連れでは入れないんですから、という答えを聞いた健資はがっくりと肩を落とす。



「いつから気付いていた?」

「わりと最初っからですね。泰輝様は目ざといですし」

「いかに城仕えのものとはいえ、侍を名乗るには脆すぎですもの。ここまで来られたことが奇跡のようなものですわね……愛依様」


 陽向は眼の前に立つ腕白なお姫様の着物を脱がせにかかった。次に宿番が来る前に男装を解いて娘姿にしておくのが約束である。

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