小説の書きすぎで死んだ男。作家人生で培った知識と想像力と共に異世界に行く。

せにな

第1話  頭のおかしい作家

 とにかく小説を書く日々。

 起きては小説を書き、食事中も移動中も風呂の時も歯磨きの時も片手には常にスマホ。部屋に戻ればパソコンの前でカタカタと文字を打つ。


 1時間で約10,000文字。それを20時間。単純計算で行くと1日200,000文字を書いてることになる。俺はとにかく小説を書くのが好きだ。

 書いて、書いて書いて、書いて書いて書いて、書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて、書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて、書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて。とにかく書いた。


 web小説に1日18作品を同時公開して、現代ファンタジー、異世界ファンタジーSF、恋愛ラブコメ現実ドラマ、ホラーミステリーエッセイ・フィクション歴史・時代・伝奇創作論・評論、詩・童話・その他、全ての作品において俺は日間ランキング週間月間年間累計、その全ての上位に君臨していた。


 気になることは調べ、調べて調べて、調べて調べて調べて、調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて調べて、小説の資料になるものは全て調べて記憶し、そして書いて、書いて、書いて書いて書いて、とにかく小説を書いて、俺はこの地位を手に入れた。


 集中力が切れようものなら鞭のように手首を切り、ランキングが上がれば飴のように読者がフォロー、応援、コメント、レビューをしてくれる。

 それが俺の生きがい、それが俺の金の稼ぎ方、それが俺の幸福だった。


 だけどついに俺は倒れた。理由は多分多量出血だろう。

 昔ファンタジー小説を書くために多量出血について調べたことがある。もちろん応急処置のやり方も調べた。


 腕を切った後、普通の人なら調べたとおりに応急処置をするだろう。だが、そんな時間があれば小説を書く。

 絆創膏やタオルで抑えるなんて時間がもったいない。そんな数秒があれば100文字なんて簡単に書ける。


 だから俺は何も応急処置などせず、手首を切ったカッターを机に置き、血を垂れ流したままキーボードを打ち続けた。その結果、同じ場所を何度も切りすぎて、血管まで刃が届いてしまったのだろう。

 俺の視界には文字と光が消え、ただ机の脚と床に垂れた血の塊と散らかったティッシュやゴミだけが見える。


 書かないといけない。書かなければ俺の読者たちが悲しむ。早く立て。早く座れ。早くキーボードに手を添えろ。早く指を動かせ。俺の脳は体に命令を出し続ける。

 早く書け。書け、書け、書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け書け、と。

 ただ命令を出し、視野が狭くなっても出し続け、調べたはずの応急処置の仕方なども全て忘れるほどに、俺の脳は小説を書けと体に命令し続けた。


 けど、俺の体は脳からの命令を無視する。第二の脳と呼ばれている腸が俺の思考とは別に、なにか体に命令を出しているのかもしれない。

 興味深い。どんな命令を出しているんだろう。人は死ぬとき脳からの命令を無視して、腸の命令を信じるのだろうか。それとも脳が俺の意識とは別に、なにか別のことを命令しているのだろうか。


 非常に興味深い。

 これは小説に使えそうな資料だ。これこそ異世界ファンタジーで書けるのではないか?いや絶対に書ける。

 この俺が手掛けるんだぞ?この俺が実体験を得たんだぞ?書けないわけがない。


 さぁ立ち上がれ。いい資料が手に入ったぞ?

 もっと書け。もっと読者を増やせ。もっとだ。もっとだ。もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっとだ!


 ――その瞬間、俺の視界は暗黒へと落ちていった。


 ここはどこだろうか。

 再び目を開いたとき、俺は確実に自分の部屋ではない場所に、逆さまの状態で浮いていた。

 頭に血が上るわけでもなく、ただボーっと星空のような、惑星のような、それとも夜の東京のような、夜のニューヨークのような。よくわからないモノを見つめていた。


 けど、これだけはわかる。俺の書きたい欲が全くない。

 ニートになってまで書きたいと思っていた欲が一気に冷めてしまった。

 ただひたすらに書きたいと思っていた小説欲が一気に冷めてしまった。


 体は自由に動く。だけどその場から移動はできない。

 声の発し方なんて当の昔に忘れてしまったからもってのほか。


 右手と左手を顔の前に持って来て、何度も傷つけた手首を見る。そのついでに約5年間続いた腱鞘炎を見る。

 けど、どこにも切った後はないし、腫れた指も見当たらない。視界に見えるのは綺麗な手首と綺麗な指先。

 こんな綺麗な手を見るのは果たして何年ぶりだろうか。


 自分の体を見下ろし、相変わらず痩せたお腹を見る。食事は1日1食、下手したら1日食べない日もざら。肉もあまり食べなかったからか、本当に痩せている。

 今の体重は知らないが、最後に図った時は35キロぐらいだった気がする。さっき俺が倒れたのは栄養失調もあったのかもしれないな。


 ただ光をボーっと見つめながら、頭の中だけは猛スピードで働く。これが小説で授かった思考能力なのだろうか。まぁどっちでもいいか。

 栄養失調と多量出血で倒れたのならもう俺の命はないも同然。気にするだけ無駄だ。


『そなたは、まだ生きたいか?』


 これも小説を書きすぎて授かってしまった能力なのだろうか。声が勝手に頭の中で流れる。

 多数のヒロインと主人公たちを頭の中で動かしてきたんだからこうなるのも当然か。


『わしはヒロインでも主人公でもない。神じゃ』


 確か俺も、異世界ファンタジー物を書いたとき、こういうことを言う神を考えたな。懐かしい。あれが一番伸びたっけ?

 1,000,000レビューぐらい行っていた記憶があるな。


『……信じとらんようじゃな。ならば説明はせん。そなたは生きたいか』


 随分と喋るなこの神は。あまりギャグ小説は書いてなかったからこんな神を想像したことはないはずなんだけど。

 けどまぁ、この神の質問に俺なら『生きる』という回答を返すだろうな。そうじゃないと話が進まん。


 いやでも生きないと言って地獄、もしくは天国の世界を想像して書くというのも面白そうだな。まぁ書きにくいといったらありゃしないだろうけど。


『そなたはまだ生きたいのだな。ならば、その魂を異世界へと送ってやろう』


 ……割とシンプルな設定だな。もっと捻りとかはないのか?神による試練で能力がもらえるだとか前世の能力をそのまま来世でも引き継ぐとかさ。


 流石に魔力は現実世界には存在しないから、どれだけ大きなモノを想像できるか的なのをやって、その面積分の魔力を与えるなりなんなりすればいいと思う。


 生きたいのね、なら異世界に行ってらっしゃーいとかはテンプレ過ぎて読者に面白みがないだろ。まぁその結果、変な能力を与えられたーだとかハーレム作るぞーだとか、面白味があるのなら別なんだけどね。


『……ならば、そなたが言った2つ目と3つ目のやつを取り入れてやるわい』


 おぉ案外素直な神だな。心底不服そうだけど、こう言う神も割とありかもな。自分の頭の悪さを認めて、ただの平凡な小説大好き人間の脳を借りるって展開も割とありだな。うん面白そうだ。


『うるさいの。早くモノを想像したまえ』


 次はせっかちな神だな。

 この場合は、絶対モテないだろっていうツッコミを主人公がいれて、それに対して神が怒るって展開も面白そうだ。


『魔力なしでいいのか』


 魔力なしで異世界に行くというのは、流石に男のロマンに欠ける。やっぱり男の心を掴みたいなら膨大な魔力だよな。そして今の現代人……いや、日本人が考えそうな大きいものと言えば、日本諸国だろ。


 そう考えた俺は小説で授かった想像力をフル活用し、世界地図を頭の中に忠実に思い浮かべてゆっくりと薄黒い真紅色で、日本の縁を蜘蛛の糸のような細い線でなぞり始める。

 一寸のミスもなく、綺麗に、忠実に、内側まですべて真紅で塗りつぶしていると、まるで血のような日本ができてしまった。


 うーん、倒れたときに見えた血の印象が強すぎたか?まぁでも、この色でもかっこいいはかっこいいか。


『なるほど、日本諸国ほどの魔力を望むのだな?』


 確か日本の大きさって約37万8,000平方kmだったよな。自分で提案してみたはいいものの、その大きさをどうやって魔力にするんだ?

 この数字をこのまま魔力にするってのはありきたり……ではないか。そもそもこんな異世界の行き方なんて見たことないしな。


『準備は整った。そなたは今もなお、わしの存在を信じとらん。これはわしからの罰じゃ。そなたの一番の欲求を消す。さぞ苦しむがよい』


 俺の脳内で喋っていた神の声は小さくなり、やがて俺の意識も遠のいていくのを感じる。

 この感覚はいつも家で味わった。死という感覚よりも、眠気の方が近い感覚。いつも俺が気絶しながら寝ている感覚だ。

 ということは、また現実世界に戻れるということか?これは夢だったのか!だから小説を書けという命令を脳が下さなかったのか!


 ――その瞬間、俺の視界は暗黒へと落ちていった。


 ここはどこだろうか。再び目を開いた時、俺は確実に自分の部屋ではない場所に、今度は逆さまではなく、ふかふかなベイビーベッドの上で目が覚めた。

 治ったはずの手首と指先を見るために、俺はもう一度手を顔の前に持って来て――って、


「おぎゃぁあああー!!」

 ※なんじゃこりゃ。


 俺の手は誰が見てもわかる、赤ん坊の手だ。腕の部分がぶよぶよしてて、前の俺とは似て似つかないものが目の前にある。そしてこの声。俺は声なんてもう出せなかったはずだぞ。

 正確には誰とも話してなかったせいで声の出し方を忘れただけだけど、出せなかったはずだぞ。あとなんだよおぎゃーって。俺に赤ちゃんプレイという性癖はないぞ。小説で書くための参考資料程度でやってみたことはあるけども。


 って、あれ?小説で思い出したけど、俺は目が覚めたってことでいいんだよな?

 念のため、上げた手を頬に落としてみる。けど、ちゃんと痛みは感じる。

 と、いうことはだ。俺は目が覚めてるし、このぶよぶよした腕も本物ということだ。まぁその辺は別にどっちでもいい。後で考えればいいし。


 俺が一番気になるのは、俺の小説を書きたい欲はどこに行った?ということだ。さっきは夢だったから欲がないのはわかる。が、今は夢でも何でもないぞ?


 ふと、さっき見た夢の最後に、神が脳内に残した言葉を思い出す。

 そなたの一番の欲求を消す。そなたの一番の欲求……一番の欲求を……消す?

 いやいや、まさかな。俺が無意識に考えていた神だぞ?そんな神が俺の一番の欲求を消せるわけがないだろ。消せるのなら俺はすごい能力を持ってるぞ?これだけで金が稼げる。


「どうしたのルカ~?今寝たばかりじゃない~」


 いきなり金髪の女性が現れたかと思えば、俺を軽々と持ち上げ、高い高ーい状態で変な名前を呼んでくる。

 本当に俺は赤ちゃんプレイの癖はないからやめて欲しい。けど、この女性の見た目と周りの景色、そして赤ちゃんの声と手、夢の中の神、極めつけには体に宿る変な感覚で確信が付いた。作家の俺、異世界転生したわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る