第29話  過保護が過ぎる母親

 家に帰ると、母さんとガキが仲直りしたお祝いでもするのか、リージアさんと母さんはキッチンに立っており、手伝い役のガキは鍋に入っているスープをかき混ぜていた。

 こんなちっぽけなことでお祝いするなんて平和な奴らだな、なんて感想を持ちながら俺は母さんの元に言って問いかける。


「なんかのパーティー?」

「パー、ティー……?」

「あーそっか。なんかのお祝いごと?」

「そうそう。タロクくんの初恋を祝ってね」

「……そうっすか」


 パーティーは英語だから伝わらないのも無理はない。が、詠唱内にある英語が伝わるのは謎のまま。けどまぁ今はそんな事を考えても解決しないので気にしないでおこう。

 というかガキの初恋を祝って、ってなんだよ。どれだけ祝いたいんだ?こいつらは。


「ルカも手伝う?どうせ魔導書が買えなかったんだからお手伝いしなさい」


 疑問形かと思ったら命令形。俺に拒否権を与えないつもりなのだろうか。結局子供の意見を尊重しないんだなこの母親は。まぁそうすぐに変えられるってものではないのだろうけど、ほんの少しぐらいは子供の意見を聞いてほしいなぁ〜?

 いつしか浮かべた俺の最大限の可愛さを出しながら上目遣いで母さんを見つめて、


「その件だけど、魔導書は買えたよ」


 と、口にする。

「冗談キツイわね〜」なんて言葉を笑いながらこっちを向いてくる母さんだが、俺の顔を見たからかそんな笑顔は何処かへ行ってしまった。


「言葉と表情があってないわよ」

「知ってる。ほらみて、魔導書」


 母さんの言葉を軽く流した俺は表情を元に戻し、ずっと手に持っている魔導書を母さんの目の前で見せつける。すると、なにを思ったのか母さんは慌てて俺から魔導書を取り上げて目を見開いて言ってくる。


「盗んできたの!?これ!」

「盗んでないよ」

「じゃあなんでこれがあるの!?」

「買ったからだよ」

「子供が買える金額じゃないわよ!」

「買えたから個々にあるんだよ」

「嘘おっしゃい!」

「ほんとだっての」


 この母親はどこまでも子供の意見を聞かないな。リージアさんからもなんとか言ってくれ、という意味を込めて視線を送る。と、流石はリージアさんと言うべきだろう。すぐに俺の言いたいことを読み取ってくれて口を開いてくれた。


「サーシャ?本当にルカ君が1人で買ったのかも知れないのよ?」

「だって金貨5枚よ?子供が買える金額じゃないよ」

「んーそれは確かにそうだけど。ルカ君?その袋の中に、今いくら入っているの?」


 流石はリージアさんと言うべきだろう!俺の意見を尊重するために袋の中身のことを聞いてくれた!どこぞの母親とは違ってほんっっっっっっとうに母親に向いてるな!


「金貨9枚」


 心の声とは似ても似つかないテンションで答える俺は、袋から9枚の金色に光るコインを取り出して母親に向いていない母親に見せつけて言う。実際に本人に対して母親向いてないよ、というのはダメだぞ?多分泣き崩れて下手したら自殺するかもしれんからな。


「それ……どこで盗んできたの……?」


 明らかに母さんの顔色は青ざめ、震える手をゆっくりと俺の方に伸ばして9枚の金貨を大事そうに取る。

 どれだけこの母親は俺のことを信じていないんだ?俺ってそんな信用に値しない存在なのか?そろそろヘラるぞ?メンヘラみたいになるぞ?


「盗んでないよ。ちゃんと自分で稼いだ」

「稼いだ……?こんな大金を……?Eランクのルカが……?」


 あーそういうことか。確か受付嬢がいつの日か説明していたな。『1番下のランクはEランクで、D、C、B、A、Sランクとなります』って言ってたな。なんで英語がこの世界にあるんだ?ってめちゃくちゃ疑問だが、俺よりもずっと前に居た、それこそ詠唱を作った奴の仕業だろう。AからSに飛ぶのは前世からの疑問だがな。


 って違うな。話がズレたけど、受付嬢がさっきの言葉に続けて『Eランクはお金の稼ぎが悪いです』って言っていた。まぁそうだろうなとは思う。だって薬草取りとかお掃除とかしか出来ないんだぜ?そんなので稼げるかっての。

 それで母さんがなにを言いたいのかというと、母さんは俺のことを未だにEランクだと思ってるから今言ったみたいに稼げないと思っている。だが残念。出来る限り言いたくなかったが、俺はなんと――


「俺、Sランクなんだよね。ギルドからの推薦でSランクになった」

「……はい?S、ランク?ルカが?」

「そう。ルカがSランクになっちゃったんだよね」

「推薦で……?」

「そう。ルカは推薦でSランクになったんだよね」


 ちょっとばかし自慢するように胸を張って言う俺に対し、母さんは一息ついた後、


「ちょっと文句言ってくる」


 と、俺の魔導書と金貨9枚を持ったまま玄関の方へと向かおうとする。当然そんな事をさせたくない俺は母さんの服を掴んで抵抗しようとするが……うん、分かってたよ。無理なことぐらいさ。


「待ってよ母さん!非常に喜ばしいことでしょ!」

「喜ばしくないわよ!Sランクになったら魔物と戦うじゃない!ルカが怪我するじゃない!!」


 力技では勝てないということで、一応服は掴むものの声で母さんを止めようとする。だが母さんの足は止まらない。頑張って内開きの扉を開かないように両足で母さんを挟みながら扉に足の裏を押し付ける。

 てか俺が予想した通りになってるじゃねーか。これなら言わないほうがよかった。俺の貴重な筋肉が削れるぐらいなら言わないほうが良かった!


「俺は怪我しないから!さっきだって50体ぐらいの魔物を倒して、その魔物たちの上に登ったよ!」

「――!?そんな危ないことをしたの!?!?ダメじゃない!!」

「怪我はないから大丈夫だって!」

「今はなくても次はできるかも知れないじゃん!!」

「できても自分で治す!!」

「治す以前に怪我したらダメ!!」


 何だこの母親は!前世の俺の母親は過保護じゃなかったぞ!逆に過保護じゃなさすぎてあれだったけど、そんな過保護な母親はダメだぞ!子供を自由にさせろ!

 いつの間にかギルドに文句を言いに行くという目的を忘れたのか、母さんは俺を立たせて体の隅々を見るために服を脱がしてくる。さっき言うなと忠告はしたが、すまんな。俺は言うぞ!


「俺じゃなくて、別の子供だったら嫌われてるぞ!下手したら母親失格って言われるかも知れないぞ!」

「……え?」

「過保護すぎだ!確かに俺は5歳だ!だが中身は20歳だ!もう家を出て行ってもいい年だ!」

「家を……出て、行く……?」

「そだ!俺じゃなかったら母さんに呆れて出て行ってるぞ!」


 言わずともわかるほどに動揺する母さんに対し、リージアさんとガキが入れないほどに言葉詰めにする。

 まじで俺じゃなかったら出て行っているだろう。作家の手によってな。

 こんな過保護な母親を書き続けた作家はいつしか『主人公、いつ旅に出そうかな』という答えに行き着く。『強引に出ていくってのもあれだし、母親をついてこさすのもあれだしな……』という悩みに陥ってしまう。だから作家は過保護な母親をあまり書かない。タブンネ。


「で、でも……俺じゃなかったら、っていうことは――」

「そだ。俺は母さんが過保護でも嫌いにならないし、母親失格とも言わない。口ではね」

「本当に……?」


 後半の小声で言った言葉はどうやら母さんの耳には届かなかったようで、若干涙目のまま微笑みをこちらに向けてくる母さんに対して「本当に」と言葉を返す。

 前世で過保護な母親を書いたからな。どうすべきか、っていうのは大体わかっている。

 こういう時は、前に俺が言ったみたいに条件を突き出すんだ。15歳までに旅に出るなにかを見つける〜みたいにね。そしたら作家目線でも話を進めやすいだろ?


「なら……私のこと、好き?」

「大好きだよ」

「ルカ……!」


 そして過保護母親対策その2。めんどくさいことをさせないようにとりあえず話を逸らす。今みたいに言葉の途中途中に「俺は」という言葉をあえて強調させて母さんの気を引くんだ。そしたら自ずとそちらに意識がいき、ギルドに文句を言いに行くことがなくなるのだ。

 だが、ここで話を逸したままにするのはダメで、ここでいい感じに話をまとめなくてはならない。ということで適当な言葉を並べよう。


「俺はSランクになったけど、ちゃんとご飯の時までには帰ってくるし、傷ができても絶対に生きては帰ってくるから心配しないで良いからね。お父さんを倒した息子のことを信じてくれる?」

「うん……!信じるわ……!」


 よしこれでOKだ。俺がSランクになったことをちゃんと認めてくれて、冒険に言ってもいいよという言質も取った。過保護というのは過保護が故に周りが見えなくなるんだ。それを利用して話を進めていけば割と簡単に行けるぞ?今の俺みたいに、実際簡単に行ってるし。

 まぁこの抱きついて中々離れようとしない母さんをどうしようか悩みどころだが、放置していたらそのうち離れるだろう。


「これは、また別のお祝いも追加した方が良いかしら?」


 俺と母さんのことをキッチンから微笑ましそうに見つめてくるリージアさんはなんてことを言ってくる。


「俺のSランク記念ですか?」

「それもあるけど、ルカくんとサーシャの親子の絆が深まった記念?」


 何故か疑問形で言うリージアさんに「それはどっちでも良いですよ。元からあるので」と言って母さんからの信用度&好感度を稼ぐ。

 ジワジワと俺の服が湿ってくるのを感じながら母さんを見下ろすと、


「ルカ……!!!!」


 と、本当に嬉しそうに俺に抱きついてくる。母さんのことを大好きだというのは嘘偽りない言葉だ。だけど、これはこれで気持ち悪いからやめてほしいな。


「はいはい母さん。そろそろ起き上がってくれるかなぁ〜」

「もう少しこのまま……!」


 うーん、これは数十分起き上がってくれなさそうだ。

 母さんの頭を――絶対にしないだろうと思っていた――ヨシヨシをしながら慰め?をする。一応「魔導書と金貨は返してね」というと、コクっと頷いてくれたのでそっと取り上げて濡れないように背中の後ろに置く。

 魔法について色々聞きたいことがあったんだけど……リージアさんに聞いてみるか。一気に空気を潰すことになるが好奇心には抗えんからな。


「リージアさんリージアさん」

「ん?どうしたの?」

「魔法について質問です」

「い、いきなりだね」


 まぁそんな反応になるのも無理はない。俺も、もし逆の立場だったら絶対に同じような事を言ってただろうし。

 心優しいリージアさんは作業する手を止めて俺の近くで屈み、改めて「私に答えられることなら答えてあげる」と口を開いてくれた。


「この魔導書を買いに行った時に、杖があったんですけ――」

「魔法!?」


 ほんっとうにワンテンポ遅れて反応してきたクソガキは、俺と同じように雰囲気を壊しやがった。

 このクソガキは本当に空気の読めないやつだな!俺も読めてないかも知れないが、ガキに関しては俺が質問する前にできたことだろ!もしかして狙ったのか?だとしたらクソ質悪いな!母さんに振られて少し可哀想だと思った俺はもういないぞ!貴様は嫌いだ!ガキは全員嫌いだ!!


「タロク?今ルカ君が質問しているからしずかにしようね?」

「魔法でしょ!」

「うん。魔法だね。タロクの大好きな魔法よ?」

「僕も知りたい!」

「わかったわ。ならルカ君と一緒に聞きましょうね?」

「うん!」


 なんなんだこの状況は、とツッコみたくなるような状況の中心にいる俺は本当に何なのだろうか。俺は別にこういう状況にしたかったわけでもないし、中心になりたいわけでもない。

 いやまぁ、きっかけを作ったのは俺なのかも知れない。だが、こんなカオスみたいな状況にはならんだろ。過保護な母親に、超優しい母さんの親友に、クソうるさいガキ?……うん、このカオスの状況を作ったのは過保護な母さんだな。ちょっと整理したらわかったわ。


「ルカ君?質問は?」

「魔法!」

「えーっとっすね。本当に申し訳ないんですけど、また後ででも良いですかね?」

「え?今じゃなくていいの?」

「魔法?」

「今はちょっと、色々カオスですし……」

「カオ、ス?」

「魔法……?」

「あーそっか。とにかく、今は大丈夫です。ありがとうございます」


 困惑気味のリージアさんと、魔法のことが気になるガキと、俺の胸の中で泣いているのか寝ているのかさっぱりわからない母さん。……さて、これはどう片付けようかな。

 前世の作家人生で培ったモノで乗り越えられるか?

 なんてことを考える俺は力強い母さんを退かすことなく、蜘蛛の糸よりも細い、目に見えないほどの魔力を伸ばしてコンロらしき魔導具のスイッチを入れる。


「あ、火ついたまんまですよ」

「火?消したはずだけど……って、ほんとだ!」

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