第2話  魔力は前世で言う元素

 俺が異世界転生したと発覚してから5年の月日が経った。

 俺が大好きだった小説の書きたい欲がなくなったせいで暴れ、神に報復でもするのかと予想していたが、全くそんなことはなかった。まぁ考えたらそりゃそうか。


 欲がないんだから怒る理由もないし、全くイラつかない。それに、書きたい欲がなくなったせいか、好奇心が欲の6割を占めている。

 そしてその好奇心のおかげで、この異世界のことについて色々学ぶことができた。


 まずは魔力だ。見てごらん?俺の綺麗になった指先を。


 右手の親指から中指、小指の順番に炎、水、土、と物体を生み出す。

 すごいだろ?前世では想像するだけだった魔法が使えるんだぜ。


 1歳の時にこの3種類の魔法を見つけ、その魔法を使いこなせるようになると、次はどのようにしてこの魔法が使えるのかについて色々調べてみた。

 寝る暇も惜しんで食事も1分ぐらいで食べ、とにかく試して試して試して試して、思考を重ねた。


 結果――右の手のひらに蜘蛛の糸のような細い薄黒い真紅色のモノを、何回も何回も何回転させて手のひらサイズの球体を作り出す――指先に出した魔法の中心となるもの。神が言っていた魔力というものを具現化させたものがこれだ。


 これには少し手間がかかった。

 小説によって魔力の形というのは違うからな。


 だから俺は、日本諸国をなぞった時のように蜘蛛の糸のような細い線をイメージして、何度も何度も重ね合わせて、とりあえず球体として作り出してみたってわけ。

 そしてどうやら薄黒い真紅色が俺の魔力の色らしい。色のことは何も考えずに作ってみたらこれだった。


 そして面白いのはここからだ。何とこの魔力とやらは自分のモノであるのならどんな形にでもできる。

 この球体を正六面体にしたいというならたら、少し想像するだけで――右手の人差し指を内側に向けて弾くと――ポンっと手のひらの球体が正六面体になり、ちょっと角を生やしたいなって思ったら、少し想像して――薬指を外側に向けて弾く――だけでにょきって正六面体から生えてくる。

 ちなみに言っておくと、この弾いた指と形の変化には何の関係性もない。ただかっこいいと思ったからやってみただけだ。


 さっき言ったけど、俺の魔力の色は薄黒い真紅色だ。けど、別の色に変えることもできる。例えばそうだな。半分白で半分黒とかね。


 そう考えた瞬間、立方体の中からいきなり白と黒のインクのようなものが現れ、時計回りに回り始めたかと思えば綺麗に半分白、半分黒に分かれる。


 今のもあれだな。立方体の中から絵の具のインクが噴き出してくるイメージをしたら簡単にできる。

 まぁあれだ。想像したらこの魔力がある限りは何でもできるというわけさ。


 もちろん物を作り出すこともできる。ただ、物を作り出すのにはその物の詳しい情報がいる。例えば金を作りたいなら、Auという元素を思い浮かべないといけない。

 元素記号を思い浮かべて、電子配列を思い浮かべて、それを何個もつなぎ合わせて――


 俺の左手には小さな金が現れ、徐々に大きくなり、延べ棒状になる。

 こんな風にできるにはできる。けどまぁめんどくさいよな。

 一回一回元素を組み合わせて、二酸化炭素を作りたいならCO₂だからO=C=Oみたいな構造式を作り、組み合わせるという作業をしないといけない。

 とにかくめんどくさい。だから必要な時にしかしないし、なんならもうやりたくない。


 こんなめんどくさい作業を聞いて疑問に思った人もいるだろう。

 なぜ水とか炎は簡単に出せたんだ?って疑問を思い浮かべたはずだ。絶対に。


 それについて簡単に説明すると、目に見えるモノ、特徴を把握してるモノだったら元素記号とかを思い浮かべなくてもいいらしい。

 だからまぁさっき手間かけて生み出した金も、俺は特徴も見た目も知ってるから――ポコポコポコと、左手からさっき作り出したような金が何個も出てくる――こんな風に簡単に作り出すことができる。だから剣とかも作れるし、盾も簡単に作れる。


 だけどな、さっき言った二酸化炭素は目には見えないから、1からちゃんと元素記号を想像するしかないんだ。


 まぁあれだな。

 この世界の魔力というやつは、前世で言うあらゆる元素が混ざった塊みたいなやつだ。

 それをこの世界では想像だけで水とか炎を出しているんだとさ。あと、この世界の人は錬金術を使える人がいて、その人はさっきの俺みたいに物を作り出すことができる。

 どういう原理で作り出しているのかは知らんけど。


「ルカ―?」


 おっと、母さんがお呼びだ。

 木の影に大量に落ちている金に、慌てて右手から生み出した土を覆いかぶせて母――サーシャ・ドルフェリンの元へと向かう。


 日本に住んでいたからか、外国風の名前には全く慣れない。

 母さんで言うところの、サーシャが名前でドルフェリンが苗字を指す。思わず後ろの方を名前として呼びそうになって、言い淀むことがこの5年の間に何度あったことか。


 ちなみに俺の名前はルカ・ドルフェリンだ。かっこいいだろ?

 髪色は母さん譲りの金髪。父さんは盗賊から母さんを逃がすために命を落としたとかなんとか。顔も見てないし愛情も注がれてないからか、聞かされた時は多少の驚きはしたが、涙の一滴も零さなかった。


 まぁ何が言いたいかというと、俺の家は母子家庭というやつだ。前世の俺なら今すぐにでもこの経験を小説に書いてただろう。うーん、欲がなくなった今だから言えるけど、前世の俺って気持ち悪いな。


 慌てて声がする方へと行き、さっきとは別の木の影から俺は姿を現せる。すると、腰に手を当てた母さんが、


「もう!どこ行ってたの!」


 と、心配と呆れが入り混じった目を向けながら言ってくる。そりゃまぁ5歳のガキがこんな森の中にいたら心配になるよな。ごめんな母さん。


「外で遊んでたの」

「ずっと言ってるでしょ!外には魔物がいるから大人の人と行きなさいって!」

「でもいなかったよ?」

「でもダメなの!ルカまでいなくなっちゃったら泣くだけじゃすまないからね!」

「ごめんなさーい」


 軽い口調で言う俺は、もう大人の人がいるしまだ森に居ていいかという思考で踵を返したのだが「もう帰るわよ!」と言われて首根っこを引っ張られる。


 魔物について知りたいのに、というか会ってみたいのに。

 好奇心はあるが、別に魔物がどういう作りでできているのかとか魔力はどれぐらいなのかとか、別にそういう研究がしたいわけではない。見た目とか強さが知りたいだけだ。研究は人体ぐらいにしか興味がない。ペットにするなら別だけど。


「ねぇ母さん。なんで俺は魔物と会えないの?」

「冒険者がやっつけてくれてるの。村を守るためにね」


 なんて会話はこの1年毎日欠かさずやっている。いつかこの会話をしていたら冒険者が連れて行ってくれるんじゃないか?という希望を抱いているのだが、一向にそんな話題は俺のところに飛んでこない。


 一応1年前に冒険者ギルドというやつに行ってみたんだぞ?だけど『あなたは小さすぎます』だとか『魔物はちゅよいでちゅよ?もしかして、まもってほしいのでちゅか?」とか、俺をバカにするようなことしか言ってこない受付嬢にイラ立ちながら帰ったという嫌な思い出しかない。てか2個目に関しては舐めすぎだろ。中身は成人済みの男だぞ?


 まぁそんなこんなでギルド登録ってやつができなかった。ギルドって誰でも自由にお金が稼げる場所じゃないのか?少なくとも俺が見てきた中のラノベではほとんどがその設定だったぞ。

 いやまぁここは二次元じゃなくて三次元だから設定とかはないんだけどさ。でも人を見た目で判断するのは良くないぞ。


 相も変わらず首根っこを掴まれて母さんに引き摺られる俺はそんなことを考える。


「ねぇ母さん」

「次はなに?」

「可愛い息子の首根っこを掴んで引き摺るって、心痛くないの?」

「ここ1年毎日同じことをしてたら心の痛みなんてなくなってきたわ。でもルカのことは大好きよ?今すぐにでもチューしたいぐらいにね」

「ふーん」


 興味のない反応を返した俺は、引き摺られたことによって立つ砂ぼこりに目を向ける。

 布と砂が擦れて立つ砂ぼこりよりも明らかに浅い砂ぼこり。この理由としては俺のお尻が痛くならないように木の板のように薄くした魔力を具現化させて敷いてるからだな。あと一応バレないように地面と同じ色にしている。


 前世で培ったマルチタスクをここで活かせるんだからほんと便利な能力だ。母さんと会話をしながら物体を想像して具現化させる。うんいいね。なんかかっこいい。


 なんてことを考えていると森を抜け、俺たちが住む名も知らない村へと着いた。どうやら名前はあるらしいんだけど、村について興味がなさ過ぎたからか全く覚えてない。別に覚えても使わないだろうしな。こんなちっぽけな村の名前なんて誰も知ろうと思わないだろう。


 毎日のように母さんに引き摺られていると周りも慣れてきたのか、全く視線を感じない。最初の1ヶ月ぐらいは『またやってる~』って若い女子が言ったり『懲りないわねー』ってママ友が言ってきたりもしていた。

 もちろん俺のことをバカにするガキどもも居たが、心の広い俺はガキのことも許してやった。

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