第8話 前世作家さん。知識をフル活用してクソガキを分からせる。
あぁ……重い。体が全く動かん。というか、眩しい光が俺の目に差し掛かってる気がする。
お腹の上で何かが跳ねているのか衝撃が何度もお腹に加わる。「うぐっ」「ふぐっ」という息が漏れるようなうねりを何度も上げて苦しいことを訴えて見るのだが上に乗るなにかは一向に退こうとしない。というか意志を持って跳ねているから人間だということは分かる。が、母さんが俺の上で跳ねるなんて想像は付かないしな。
眩しさを抑えるために目元に腕を乗せて薄く瞼を開くとそこには、
「おはよう!ルカ君!」
「んだよクソガキ」
「なーんーてー?」
本を片手に持ったクソガキ――タロクが俺の腹の上で跳ねていた。そんなクソガキに開かない唇をごにょごにょと動かして言うが、全く届いていなさそうだ。
てかおはようってなんだ。少し寝るつもりで俺はベッドに入ったんだぞ。長いこと寝たとしても3時間ぐらい――いや、眩しい光が俺の目に差し掛かる?そんな言葉は朝日が窓の隙間から俺の目に当たるときの表現にしか使わないぞ?夕方ならもう少し光が暗いように表現するし……ってことは今は朝なのか?やめてくれよ。たかが8mしか走っていないこの体が、朝日が登るほど疲れて寝てしまったと知ったらもっと俺の心は傷つくぞ?嘘だと言ってくれよクソガキ。いや、タロクさん。
「今は朝なの?」
「朝だよ~」
なるほどたった今言ったタロクさんという言葉を撤回する。おいクソガキ。なぜ夜に俺のことを起こさなかった!どうせ母さんが「起こさなくていいわよ。少ししか走っていないのに疲れちゃったんだから」とか言ったんだろ!少しってところを強調しながら!
って今はそんなことを考えてる暇じゃないな。なんでこのクソガキが朝っぱらから我が家にいるんだ?朝からクソガキの世話とか嫌だぞ?
「なんでタロクは家にいるの?」
「お泊りしたの!僕の誕生日だから!」
「へーおめ」
「おめ?」
「おめでとうタロク。何歳になったの?」
「5歳!」
おめでとうの略も分からないのか。てかこいつと俺同い年だったのかよ。いつもガキガキ言ってるからてっきり年下なのかと勘違いしてたわ。いやまぁ精神年齢で見たらガキはガキなんだけどさ。
「5歳なんだ。だからそんなに嬉しそうなの?」
「うん!僕魔法を使えるようになったの!」
「魔法?」
昨日までそんな話聞かなかったぞ?まさか昨日の今日で使えるようになった……とは考えにくいよな。俺が寝ているうちに何かを教わったとしてもそんな一瞬で使えるとも思えないし。前世のラノベの知識だとな。いやでもそう考えたらこの世界では違うのか?ガキでも簡単に魔法が使える世界なのかもしれないな。ちょっくら見せてもらおうか。「見せてー」なんてガキっぽい言葉をお腹の上に乗ったままのガキに付け加えて言う。
すると「うん!」と目一杯頷いたクソガキは俺の上から降り、ポケットから一つの黒い棒を取り出した。やっと降りたかと感心したのもつかの間、黒い棒を目にした途端俺は慌てて口を開いた。
「その棒どこから持ってきた!?」
「ルカ君のお母さんの部屋から持ってきたの。見ててね!炎魔法使ってみるね!」
「うんうんうんうんちょっと待とうかタロク」
「え?なんで?見たいって言ったじゃん」
「でも一回待ってほしいな」
なんとクソガキがポケットから取り出したのはただの黒い棒ではなく、擬似鉛筆第2号だった。第1号が出来た嬉しさのあまり、少し大きめに作ってしまった第2号。丹精込めて作った第1号のように悲しい結末にならないように隠していたはずだ!そのはずなのになぜこいつが……!!
「もしかして、見つけたの?」
「うん」
続けて質問をする俺に対し、クソガキは何の罪悪感もないのか純粋な目を向けて頷いてくる。なるほどいい度胸だクソガキ。その擬似鉛筆を作るのがどれだけ難しいか教えてやろうじゃねーか!!
「まずな?その黒い棒は黒鉛70%と粘土30%を混ぜ合わせて作ったものなんだ。まず70%の黒鉛を作るぞ?その黒鉛というのは炭素という原子から作られているんだ。その黒い棒は大体17gだ。その17gに黒鉛は大体11.9gあるんだ。まぁここは難しいから12gとするが、その12gの中に炭素原子――記号で言うと¹²₆Cはいくつ含まれていると思う?正解は6.0×10の23乗だ。もっと簡単に言うなら1mol、もっともっと簡単に言うなら6000垓もの炭素原子が含まれているんだ。ここまでの計算が知りたいならまたあとで教えてやる。次に30%の粘土だ。炭素と違ってこれが少し難しい。まず2:1型粘土鉱物、ケイ酸とアルミニウムの比率2対1の粘土を作るんだ。そのケイ酸とアルミニウムを組み合わせるのにも特徴を掴まないと無理な話だが今は省く。この型の粘土鉱石が生じるのはアルカリ性条件下で、そのアルカリ性条件下ではアルミニウムはなんと水酸化アルミニウム状態になり、即ちアルミニウムシートを形成する。そして一方のケイ酸は加水分解を受けて単体構造もしくは短い一次元鎖構造をとっている。ここまで説明したが、2:1型粘土鉱物を生成するためにはもう一つの条件の「乾燥」がある。ケイ酸を溶かす水が蒸発して少なくなってくると次第に計算が連結し始める。その際にアルミニウムシートとの間にも脱水重合が生じて最終的に2枚のケイ酸シートが1枚のアルミニウムシートを挟み込んだ構造が完成するんだ。それが粘土というわけ。簡単な化学式で表すと『Al2si205(oH)4,Mg3si205(oH)4と』になるんだ。分かったか?これを聞いたらどれだけ俺が大変な思いをして作ったかわかったろ。もしかしてちゃんと黒鉛はグラファイトの結晶構造でできているのだとか、アルミニウムは土壌中で三価の陽イオンAl³⁺として存在するのだとか説明した方がいいか?っておい!人の話聞かずになにやってるんだ!!」
口調のことなど忘れ、意気揚々に科学の説明をする俺をよそにこのクソガキは擬似鉛筆を杖に見立てて机の上に立つ石ころに向けていた。いつどこで持ってきたんだと言いたい気持ちもあったが、ここまでしっかりと説明したのに聞かれていないというショックでそんな気力も湧かなかった。今なら教師の気持ちも分かる。生徒が騒がしかったり寝てたら嫌な気持ちがすっごく分かる!
「えーだって、いきなり変なこと言いだすんだもん」
「科学について教えてあげてたの!」
「さっきまでそんな喋り方じゃなかったじゃんー」
「それはちょっとだけ気が高鳴っただけと言いうか……」
「そんなことより見て!行くよ!」
そんなことってなんだ!なんてことを言う前に、クソガキは相変わらず擬似鉛筆を机の上の意思に向けたまま立ち上がり、本を開いてベッドの上に置いた。一応言っておくがここは俺の部屋だぞ?そして炎魔法使うって言ってたな?一応言っておくがここは木造建築だぞ?燃えるぞ?てか家でやんなよそんなこと。
「えーっと、闇夜のヴェールに包まれた時、虚空から魔力の渦が湧き出でんばかりに蠢く。我が手に宿る炎よ、狼煙を上げよ。ファイアーボール!」
っと、どうせ出せねーだろという気持ちが10割あった俺をよそに次々に詠唱を唱えるクソガキは勢いよくファイアーボールと叫ぶ。ファイアーボールなんてありきたりな名前だななんて嘲笑うように鼻を鳴らした瞬間、俺が作った擬似鉛筆第2号が凄い爆発音を上げて弾け飛んだ。
「おぉぉおおぉぉいいい!!!!!何してんだこらクソガキゴラ!!」
「ほらできた!」
「できたじゃねーよ!!!今さっきの説明聞いただろ!?!?どれだけ大変だったか重いしっただろ!?!?!」
「やった!これで僕も戦えるんだ!」
「てかどう見ても失敗してるだろ!!人の物壊して失敗するってどれだけたちが悪いんだ!」
「もっと練習したい!ルカ君!今の杖もう一回出して!」
人の話聞けゴラクソガキゴラ!!なにがもう一回出してだ!俺の約800文字近い説明を聞いてなかったのか!炭素だけでも6000垓!一、十、百、千、万、億、兆、京、垓の垓!!どれだけ集中して、どれだけの知識があって、どれだけの想像力で出来ているのか知ってるのか!?貴様〇〇〇すぞ!
「〇u〇k you!Do you understand how much effort it took to make it? I hate kids because of people like you!」
「ほえ?ふぁーきゅー?なにそれ」
「Будьте внимательнее к чувствам других людей!」
「ル、ルカ君?」
「لقد قمت بذلك في بضع ساعات، لكن عليك أن تفهم مدى صعوبة الأمر! أحمق!」
「おかあさーん!!ルカ君が変なこと言いだすー!」
こちとら前世で勉強してるんじゃ。なにが変な言葉だ、普通の言葉だバカ!失礼とは思わんのか!てかなに泣きながら部屋飛び出してんだよ!泣きたいのはこっちだ!こっちだって「ママ―!俺の大事な物壊された―!」って言いながら部屋を飛び出したっていいんだぞ!だが俺は大人だ!異国の言葉でここまで罵声を浴びせたから割とすっきりしたから許してやろう。ちょっと言い過ぎた節もあるし、こんなことで異国の言葉を使ってしまって申し訳ないという罪悪感もあるからな。
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