第5話  怒ってはないよ?ただ、ガンを飛ばしただけ

「さてっと」


 ベッドに腰を下ろして言う母さんに対し、背を向けて見上げる俺を、母さんは細い目で見下ろしてくる。説教ならお風呂掃除で終わりだと思ったんだけどな。

 なんてことを考えていると、母さんは言葉を続けてくる。


「ねぇルカ」

「どうしたの?」

「ちょっとそこで地面に手を付けてごらん?」

「こう?」

「そう。そして足を伸ばしてお腹を浮かしてみてくれない?」

「……こう?」

「そうそう。最後に腕を曲げてお腹を地面すれすれにしてみてくれない?」

「…………いでっ」


 おでこを地面に打ち、情けない声を上げた俺は地面に倒れ込んだままびくとも動こうとしない。

 俺はたった今、俗に言う腕立て伏せというものをしろと命令された。理由は分かる。絶対俺の体力のことと、筋力のことが気になったんだろう。いやでも5歳児が腕立て伏せができると思うか?俺にはできないと思うね。少なくとも俺は出来ん。


「ねぇルカ」

「はい」

「タロク君はそれ、50回は出来るよ?」

「……本当に?」

「本当に。タロク君じゃなくても、5歳だったら30回はいけるはずだよ?」

「…………本当に?」

「本当に」


 マジかよ。前世の子供ってこんなに腕立て伏せで来たのか?いやいや出来るわけないだろ。この世界がおかしいだけだ絶対に。

 あくまで俺の仮説だけど、この世界の人は魔物と戦うために、元々筋肉を備え付けられてるんだ。絶対そうだ。そうじゃないとおかしい。

 未だ伏せたままの俺の上にまたがった母さんは、言葉を紡ぎながら俺を軽々持ち上げる。


「薄々気が付いていたけど、ルカはやっぱり体力と筋力がないのね」

「……かもね?」

「かもねじゃなくて絶対。ただの歩きなのに、村から剣10本分の所までしか歩けなくて?そして1回もさっきのができてない?証拠が集まりに集まってるよ」

「で、でも筋力も体力もいらなくない……?」

「いるわよ。この町から一番近い町までどれくらい離れてると思ってるのよ」

「……どれくらい?」

「この村20個分ぐらいは離れてるよ?」

「無理だ……」


 口調も言葉も素に近いものになった俺は、母さんを見上げると同時に天を仰ぐ。

 前世の俺よ。聞いてるのなら今すぐにでも筋トレをしてくれ。俺は今、すっごく後悔をしている。筋トレはやっぱり大事だったんだ。

 まぁ今世でもする気はないから、魔力でいい感じの方法がないか探るけど……。


「無理じゃない。お母さんと一緒にがんばろ?」

「えー」

「えーじゃないの。もしかしたら襲われるかもしれないのよ?そのために力付けとかないと」

「具体的には何するの?」

「さっきのをやってみたり、走って見たり、お母さんを持ち上げて見たり?」

「出来ないよ!」

「出来るわよー」


 どこのバケモンの話をしてるんだ。5歳児が母親を持ち上げるなんて無理だろ。普通に考えてみろ。無理だ。無理無理無理無理無理無理。

 ぶんぶんぶんぶん、と首を横に振り、嫌だという意思表示をしてみたものの、


「嫌がらないの。タロク君は出来てるのよ?」

「他所は他所!うちはうち!」

「なにその言葉」

「……前世限定の言葉だったか……」


 他所は他所、うちはうちっていう言葉ぐらいは今世でも流通してると思ったんだがな。

 小さな声でぶつぶつと呟いた俺なんて他所に、母さんは俺を肩に担いでどこへ行くのか、部屋を後にする。

 どうせ走り込みでもさせようとしてるのだろうと察し、逃げれないと確信している俺は特に抵抗することなく、母さんにアドバイスをしてみる。


「ねね、母さん」

「どうしたの?」

「人の子供と自分の子供を比べるのはあまりよくないんだよ?」

「5歳児に何が分かるのよ」

「…………それもそっか」


 畜生この体はめんどくさいぜ。難しいことを言おうとしたら5歳児だからって全てかわされてしまう。てかこれが親のやることか。子供の意見を最後まで聞いてやるのが親というものだろ!知らんけど!


 いやてか、別に俺が転生したってことを隠さなくてもよくないか?テンプレとしてなぜか自分が転生しているということを隠しているけど、命を狙われているわけでもないし、神に契約を交わされているわけでもないから別にいいよな。

 まぁ今は言わないけど、またの機会があれば言ってみるか。


 母さんに担がれて家から出る時に、リージアさんとまだ言い合いしているのにも関わらず、クソガキは俺を見るなりクスクスと笑ってくる。

 おめーまさか恥ずかしい姿なんて思ってなかろうな?俺は抵抗できないだけだし、おめーみたいに言い合いしたくないから素直について行っているだけだ。これが大人の対応ってやつだ!分かったなクソガキ!!だから笑うんじゃねぇ!!!


「こら。少し笑われたくらいでイライラしないの。タロク君も悪気はないはずよ?」

「イライラはしてないよ。ただガンを飛ばしてただけ」

「変わらないでしょ……」


 玄関の扉を閉めた後にそんな会話をする。担がれている俺が珍しいからか、不思議と周りからの目線が集まっている気がする。

 これは見せもんじゃねーぞー。可愛いと言ってくれる大人たちはありがたいけど、クソガキ同様に笑うガキ共は許さねーからな。まぁちょくちょく大人でも笑ってる人はいるが、広い懐で許してやる。ガキはずっと引っ張ってくるから許さんがな!


「こーら。また怒ってる」

「怒ってないよ。ただ子供たちにガンを飛ばしてるだけ」

「……ずっと思ってたけど、子供嫌いなの?」

「嫌い」

「即答なのね……」


 なんてことを話していると小さな広場に連れられ、芝生の上に降ろされた。小さな村だからそこまでの広さではないが、子供が鬼ごっこするなりボール遊びするなり、ある程度は遊べる広さはある。公園の外周は大体300メートルぐらいかな。


「ではルカくん」

「はいなんでしょう」

「今から私と一緒に走りましょう!」

「嫌ですと言ったら?」

「お友達10人作るまでご飯抜き」

「……やります」


 この選択肢は走るしか選べないじゃん。前世で1人もお友達ができなかった俺だぞ?書籍化したのに、作家さんとのつながりもなかった人だぞ?20作品くらい同時出版してた時に、折角話しかけてくれたのに、どうやって返せばいいのかわからなくて未読スルーした男だぞ?無理じゃん。走るしかないじゃん。

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