第6話 これは嘘じゃない。真実だ。
「よし、とりあえずどのくらい走れるのか見たいから、ちょっとグルグル回って来てごらん」
「はーい……」
気が乗らない重い足を何とか右左と持ち上げ、気迫のない返事を返して走り出す。まぁなんやかんや運動ができないとはいえ、生まれ変わったこの体だぞ?100メートルぐらいは行けるだろ。この世界の人間は運動能力が化け物だし。
はぁ、はぁ……と何度も肩で息をしながら直線に走る。ガキ共の目線が集まろうとも、冒険者の人がベンチに座ってこっちを見ようとも、俺はとにかく走り続けた。
そして1000メートルもを走り切ったように膝に手をついた俺は、清々しいほどの笑顔で振り返り――
「――ルカ?嘘だと言ってくれる?」
「え?」
母さんの声に張りなど全くなく、日常的に出している声が8メートルぐらい離れた場所から聞こえる。思わず呆けた声を上げてしまうが、体は完全に疲れ切って動けない。
息も荒れて肩で呼吸をするほど体が疲れてるんだ。俺の方が嘘だと言いたい。まさかとは思うが、ガキ共からの目線や冒険者からの目線って憐みの目を向けられてたのか?
気になった俺はキョロキョロと周りを見てみるが、俺の予想は的中しており広場外から見ていたガキ共や元々広場内にいたガキ共、そしてそのガキ共の母親や父親までもが笑い、憐みの目を向けて来ていた。
「もう一度聞くね?それが本気なの?」
「……うん」
「はぁ……その感じを見れば予想はついていたけど、本当だったなんて……」
深くため息をついた母さんはデコに手を当ててどうしたもんかと悩みだす。俺だってどうしたもんかと悩みたいさ。でもこれが俺の本気なんだ!才能がなかったで終わってはどうだ!?もうこれ以上俺の心を傷つけないで……!!
賢明な思いを胸に抱き、俺は疲れ果てた足を引きずりながら母さんの方へと向かう。そして一言。自分の心を守るためでもあり、これ以上やっても無駄だよという意味も込めて呟く。
「母さん。帰ろう?また今度考えようよ」
「え、えぇそうね。周りからの視線も痛いからね……」
「そうそう。今日は諦めよ?俺も疲れたしさ」
「私でいうところの10歩しか走ってないのに……?」
「うん!」
「……そっか」
自分の息子に何を期待していたのか、明らかに元気がなくなった母さんはいつも通りに俺の首根っこを掴んで引っ張り始める。これがいつも通りな時点でおかしいけど、子供に期待しすぎるのもダメだぞ?子供にストレスが生まれて逆に何もできなくなるからな。特に
、でかでかと子供の前でため息を吐くなんて論外だ。
前世で調べたことを淡々と心の中だけで言う俺は、相変わらず魔力をお尻の下に敷いて楽な姿勢で母さんに引っ張られる。体力がない俺からすればこの引き摺られるのも割と良かった習慣なのかもしれないな。
時間にして約15分で、疲れて帰ってきた俺たちを見たリージアさんは慌ててこちらに駆け寄り、母さんに声をかける。勿論最初は俺に声をかけてきたが、理由を聞いた途端母さんの方へと乗り移ってしまった。これが女というやつか。自分に不都合なことがあれば駆け寄って慰め合うタイプか!
「けっ」と痰を吐く真似をした俺は首根っこから母さんの手が離れていることを確認して自分の部屋へと戻る。一番落ち着くであろう場所にため息を吐きながら扉を開けると、
「クソガ――タロク?どうしてここにいるの?」
「面白いものがないか探してるの」
危うく素の俺が出そうになるのを何とか止め、机やらベッドの下やら隅々まで探し回るクソガキに極力子供っぽい純粋無垢な目を向ける。が、残念だったなクソガキ!貴様の対策として大切なものは全て母さんの部屋の、一番見つかりにくいところに隠してもらった。ざまーねーぜクソガキが!
「そうなの?きっともうこの部屋には面白いものはないから、リージアさんと遊んで来たら?」
「ルカ君は?」
「ちょっと疲れたから寝ようかなと思って」
「そうなんだ」
「うんだから探すのをやめて部屋から出てくれる?」
遠回しにさっさと出て行けと言っているのだが、気がついていないのか部屋から出ようとしないクソガキ。
母さんの胸に飛び込み?俺の一番落ち着く部屋から出ようとしない?貴様はどれだけ俺に迷惑をかけたいんだ?挙句の果てには潰すぞ?潰してしまってもいいんだな?
「面白いものってどこにあるのー?」
「この家のどこかにある。けど俺の部屋にはない」
「ほんとに!?」
「ほんと」
力いっぱいにクソガキの背中を押して話すが、俺が苦しそうなのに比べてクソガキは余裕そうだ。ていうか、俺が押さなくてもこいつ勝手に出る気だったな?俺をからかうためにさっきは出なかったのだな?どこまでもクソガキだな!俺の力が弱いからって甘く見やがって!魔法を使ったらおめーなんていちころなんだからな!!
「力弱いね。ルカ君」
「そうだね……!」
クソガキの捨て台詞に怒りを堪え、大人の対応をする俺は扉を閉める。最後の方に含みを込めてしまって我慢できなかった部分も多少はあったかもしれないけど、こんなの小さなものだ。どうせ気が付かないし、なかったも同じ。だから大人な俺を褒めて欲しい。
なんてことを思いながらベッドにダイブすると、疲れ切った体が睡眠の準備に入り、力が抜けていくのと同時に瞼が重くなるのを感じる。
8メートルしか走っていないというのには非常に悔いが残るが、まぁ仕方がない。全部前世の俺のせいだ。今世の俺が気にする必要なんてないのさ。
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