第17話  シリアスパートは嫌いだ

 一瞬の出来事だった。母さんが叫んだ途端、かなり離れた所に居たはずの赤髪の男――さっきの盗賊のボスが母さんの脇腹を捌くように、綺麗に斬りやがった。一瞬で約10メートルも移動して、本人が気が付かないほどの剣筋で。


「どうだ?目の前で母親が血まみれで倒れるというのは」


 なにが言いたいんだ?こいつは。もしかしてあれか?この瓦礫に包まれた村にした犯人か?そして今現在この村で一番強い母さんに勝てるほどの実力者か?てか子供の目の前で親を斬って感想を求めるというのは決まって狂人だぞ。


「逃げ……て、ルカ。そいつは、あなたのお父さん……よ」


 どうやら自分が斬られたことを理解した母さんはずっと涙を流しながらポツリと呟く。なるほどシリアスシーンか。俺、あんまりシリアスな場面は好きじゃないんだよ。前世でもそうだったけど、シリアスな場面を小説で書く時は決まって1日10万文字しかかけなかった。10万字もの数字が1日で減るほどに俺はシリアスというシーンが好きじゃない。というか、感情が――喜怒哀楽で言うところの哀の感情が全くと言っていいほど無い。だから母さんが目の前で斬られても別に悲しいとは思わない。それよりもずっと悲しいことを前世で経験したからこんなモノ序の口でもない。


「そうか。言葉が出ないほど悲しいか。でも安心しろ。じわじわ殺してやるために急所だけは避けてやったからよ」


 勝手に話を進める男……じゃなくて父さんをよそに、俺はまだ心のなかで言葉を続ける。まぁ序の口と言っても、母さんからしたら最愛の父さんに殺されたというわけで、それも泣くほどに辛い決断をして俺が来るまで戦ったわけだ。


「なぁ父さん」

「お?まだ俺のことを父さんといってくれるのか。母親と同じようにバカなところを引き継いだんだな」


 そんな父さんの言葉なんて耳に入れず、ただ自分の言いたいことだけを紡ぐ。


「俺は別に父さんが生きていようと死んでいようと別にどっちでもいい。今となっては母さんに死んだと言われた時、無理に涙を零さなくてよかったなんて思うほどにだ」

「お前……本当に5歳か?」


 俺の言葉遣いが気になったのだろう。前世は大人だったのだから少し難しい言葉ぐらい使うさ。


「今も別に母さんが目の前で血塗れに倒れていようが涙なんて零さないよ。もしかしたらこれは父さんが求めている反応じゃないのかも知れないね。それはごめんね?父さんの計画を邪魔したことは謝るよ。でもな、この歳になるまで毎日毎日ご飯を作っては苦手な母親ヅラしたり、昔からあまり怒っていないのがひしひしと伝わるほどに優しい説教をする健気な大切な母さんが目の前でぶっ倒れてんだ。喜怒哀楽の哀がなくとも、怒は俺にはある。だからお前にはここで死んでもらう」


 淡々と言葉を紡ぎ、子供の短い歩幅で父さんに近づき、敵が口を開く前にたった一言。込み上げてくる怒りを暴走させないように「死ね」とドスの聞いた声を言い放つ。


 その瞬間地面に手を付き俺を中心とした半径200メートル、地下に50メートルにある土や砂、砂利など一粒一粒に魔力をねじ込めていく。そして俺の言葉遣いにまだ疑問が拭い切れていない敵の足元に横と縦共に5メートル、高さにしておよそ70メートルもの土台を生成させて敵を重力と一緒に上空へと送った。重力のせいで土台にへばりついていた敵は止まったことを確認して、立ちはせずに伏せたまま地面を見下ろしてくる。そして「は?」と呆けた声を聞いたと同時に土台を一瞬にして元の土たちに戻した。


 当然母さんの切り傷に土が入ってはダメなので魔力で母さんを覆う。すると次は手足をブンブンと振り回しながら間抜けに叫びながら落ちてくる敵を見ながら着地位置を予測し、その部分の土を掃けて岩石を丸出しにする。


 正直地下50メートルというのはこれぐらいあったらいいなぁ〜的なラインだ。だがしかしどうやらここの地下は10メートルしか土がない。それより下は地殻で覆われていて土はもとより、砂や砂利はわかっているところの地下10メートル以下にはない。正直なところもっと豪快に行きたかったから土がもっと欲しかったのだけど、まぁそんなことはいいか。敵が落ちてくる前に説明しておこう。なぜ一粒一粒に魔力を込めたかということをね。

 まず森の中の盗賊を打ち下ろしたみたいに土の壁を立てるのなら範囲を決めて適当にやれば簡単にできる。だが、動いている敵にそんなことをしている暇はあるだろうか?いやないね。1回1回ここから敵までの距離は33メートルで……あ、移動したから25メートル……あ、また移動した!ってなってたら切りがないだろ?一応魔力をその場まで持っていくのにも時差があるわけだし。まぁここまで言ったのなら分かる人はわかるか。その時差だとか距離だとかを全て省くために、現状で言う半径200メートルに魔力を込め、その位置全てから魔法が打てるようにしたってわけだ。言わばこの範囲は俺の手だってわけだな。想像しやすい感じで言うと、魔法陣をこの場所に埋め込んだって言ったら早いな。


「風の結界よ、我が身を包み込め。その風は疾風の如く、悪意の矢を軽やかに跳ね返す力を有せん。風の力により、身体の傷痛を薄め、効果的に軽減せん。ストームシールド!」


 そんな説明をしている間にも敵は詠唱を唱え、地面と自分の間に風魔法を打って落下ダメージを消す。先程まで叫んでいたやつとは思えないほど冷静に対処していた敵に俺はかなり驚いた。

 やるね、この敵さん。


「けど、直ぐに立たないと駄目だよ?」

「え?」


 敵さんの声なんて無視した俺はそっと手を伸ばし、敵さんとは違って無詠唱でファイアーボールを放つ。どうやらダメージを完全に消せては居なかったようで、体が痺れて動けないらしい。そんな敵に無慈悲にも俺はファイアーボールを打ち続ける。悲鳴が聞こえようとも、謝罪をしようとも。


 今では申してないらしいが日本では昔、火罪というものがあった。縄で吊るされて、人々の前で焙られるという非常に残虐な処され方なんだが、あれには1つ欠点がある。ガスバーナーなど、一酸化炭素が出ないもので炙れば相当苦しむが当時は薪などで燃やしていたらしい。そのせいで一酸化炭素が大量に発生し、火罪で処されるというよりも一酸化炭素中毒で処すという方が正しかった。


「――それは、まだ楽な死に方だろ?」


 だから俺は、何も抵抗ができない敵に右手で何度もファイアーボールを打ち、左手で推力を使って何度も風を送る。よって、一酸化炭素は何処かへ吹き飛び完全な火罪となる。母さんをこんな仕打ちにし、家を燃やしたのだ。これは完全なる自業自得だ。

 泣き叫ぶ声が聞こえるが俺は無視を決め、炎を打つ手を止めて落ちている血の付いた剣を拾い上げる。


「あーおっもいなこれ」


 プルプルと震える手を苦笑しながら見つめ、炎を止めたにも関わらず未だに燃える敵さんに近づいて――


「ほらよ」


 ――追い打ちをかけるように足に剣をぶっ刺した。立ち上がろうとしたのは見えている。前世と違ってこの世界の人間は体が強いからな。ファイアーボールを何回も受けただけで死なないのはわかってるよ。また間抜けな悲鳴が聞こえるが、相変わらずに無視を決める俺は更にファイアーボールを打ち始める。


「多分気がついていないと思うから言っとくけど、さっきの覆面を被った子供は俺だぞ」




(なぜ……なぜこの俺がガキ1人に負ける……?)


炎で声帯が焼け、声が出せないティムラズはまだ生きている脳でそんなことをぼやく。体は痛みで泣いているのに脳だけはただ冷静で、ただ不満だけが募る。


(あの覆面がガキってことはあいつらは全員死んだのか。このガキ1人に。1人残さずギタギタに)


あまりにも哀れなティムラズはルカを睨むように瞼が焼けて飛び出す目をルカに向ける。が、無反応のルカは真顔のままファイアーボールを打ち続ける。

この状況を見ればどちらが醜いのか一目同然だが、どうやらティムラズは違うらしい。


(醜い。なぜこの俺があのガキに見下されなければならないのだ。俺は強い。あのガキは何かズルをした。あのガキがあの数に勝てるわけがない。あのガキが俺よりも強い魔法を。あのガキが……!あのガキが!!)


狂ったように焼けた唇を動かすがやはり言葉は出ないし、睨みを効かせても相変わらずルカは無反応。時折風がティムラズの顔に当たり、一瞬炎が風を避けて睨んでいるのはわかっているはずなのに汚物を見るような目を止めない。


(あのガキは俺の子供じゃない。あのガキは化け物だあのガキは悪魔だあのガキは人間じゃない!!)


ルカを睨んでも意味を成さないと悟ったティムラズ。だがまだ諦めきれず、今度はルカの評価を落とすような発言を言い残そうと周りに目を向ける……が、どうやらもうその必要はなかったようだ。


(よかったなガキ!これからのお前の人生は――)


最後の言葉をルカに向ける前に炎が眼球を焼き、皮膚を溶かして脳を直接焼いた。そのせいで一瞬にしてティムラズの思考は止まり、体への命令が停止した。

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