第18話  医療は割と好きなほうだったんでね

「ほんと、父さんが死んだと伝えられた時に涙を零さなくて正解だったよ。こんなゴミ野郎が父さんだったなんてな。俺が前世の記憶がない子供だったら泣き叫んで自害していただろうな」


 そんなことを伝えるが父さんからは反応がない。

 まぁ炎に包まれているのだから反応なんてできないか。


 てかそろそろ死んだか?風が当たり、時折父さんの顔が見え、さっきまではこちらを睨んでいたような気がした眼球は今はもうなく、首の筋肉が削げ落ちたのか顔すら上がっていない。


「この言葉はフラグだって言われてるけど、これで生き返ったら怖いぞ?」


 なんてことを言いながら鼻で笑い、もしかしたらの想定をして一応ファイアーボールを打ち続ける。が、後ろで倒れて気絶しているかと思われた母さんが薄っすらと目を開け、細い声を俺にかけた。


「もう……やめて、あげ……て」


 念には念を、という言葉があるからもう少ししてやろうと思ったし、まだ怒りが少しあるからもっと八つ当たりしてやろうと思ったが母さんが言うなら仕方ない。燃える父さんの上にそっと土を被せ、半径200メートルにある土たちから魔力を抜き取る。


「これで意識を失わないって……。この世界の住民すごいな」


 そのようなことを呟いた俺は、また目を瞑る母さんがいる魔力の箱の中に入り、小さく動く唇を見る。


「私は……もう、死んじゃうけど……。ルカは、いっぱいいっぱい、生きてね……」


 涙を垂らしながら言う母さんに抱きつき――なんかしないよ。俺はさっきも言った通りシリアスなシーンが苦手なんだ。こんな場面でも涙は出ないし、お別れの言葉なんて思いつかない。てか、


「まだ死ぬとは決まってないよ」


 そう言った俺は魔力で作った手術室にあるようなマスクを作って母さんの口元に当て、マスクから垂れる管を俺の左腕にぶっ刺し酸素を作って母さんに送る。これで簡単な酸素マスクの完成だ。


「死ぬとは……決まって、ない……?それに……これは……?」


 そりゃそんな反応をするよな。俺も小説を書いてて、何も知らないものを体につけられるヒロインの描写を書くならそんな言葉を言わせるよ。まぁそんなことはさておき、


「また明日の朝に会おうな」


 優しく声をかけた俺は魔力で作った細い針を母さんの血管へと刺した。「え……?」と動揺を見せる母さんだが、数秒もすれば母さんの意識はなくなり、睡眠状態へと入っていった。今母さんに刺したのは手術では一番必須と言っていいほどに大切な麻酔――揮発性液体のハロタン、エンフルラン、イソフルラン、デスフルラン、セボフルランと単一ガスの亜酸化窒素を組み合わせて作った吸入麻酔薬……だけではないけど、この麻酔薬には血圧低下や呼吸抑制といったひっっじょーーーうに注意すべき副作用があるから最新の注意を払い手早く終わらせなければならない。だからまともな施設のない場所でやるなよ。俺みたいにな――を打たせてもらった。もちろん母さんの体が治るまで眠らせておくつもりだから針から伸びる管は俺の左手にぶっ刺してる。そして寝たのを確認して人工呼吸を続けさせるためにビニール製の管を気管に入れ、麻酔を送っている針から俺の血液も一緒に母さんに流し続ける。


 正直、輸血は賭けだ。前世でB型の人に――B型の人の血清中には抗A凝集素があって、A型の凝集原と反応して血球が凝集する。同じように、輸血したA型の血液の血清中には抗B凝集素があるからB型の凝集原と反応して血球が凝集してしまう。超絶簡単に言ったらA型とB型の血液を合わせたら固まってしまうから――A型の血を送ったらダメ!って言われたことがあるだろ?もし、前世風で言うなら母さんの血液型がA型で父さんの血液型がBで、俺が継いだのが父さんだった場合どうなると思う?そう。母さんは死ぬ。俺がA型かAB型なら輸血は可能となって血を送ることが出来るから死なないですむ。ちなみに言うけど、今の俺みたいに血を適切な処理をせず相手に送り、俺の血の中に凝集物が入ってたら大変なことになるとだけは伝えておく。だから変なことに使うなよ。

 とりあえずの準備が終わった俺は母さんの脇腹を除き、筋肉がどうなっているかを見る。


「うわぁ。ほんと父さんが言った通り綺麗に臓器を避けて筋肉だけ切り落とされてるわ」


 そう呟いた俺は、右手をぽっかり空いた脇腹に当てずに添えて母さんに合った――アクチンとミオシンとの分子集合体のフィラメントから作られた――筋繊維に含まれる細胞内構造体筋である原繊維を生成する。そして筋繊維を何束も作り、筋内膜、筋周膜、筋外膜を元ある部分に繋ぎ、血管の動脈や静脈、細小動脈、毛細血管も繋ぐ。そして皮膚と筋肉の間にある筋膜を生成し、脂肪や立毛筋、皮溝などを細かく元ある母さんの肌と同じように形成した。大雑把に説明したが、もっと詳しく言うと長くなるからまぁこんな説明でいいだろう。


「とりあえず傷は塞がったかな」


 輸血をする針から麻酔の成分だけ送るのをやめた俺はそう呟く。実を言うと、麻酔を送るのをやめると人にもよるが、多分この世界の人間なら約5分ぐらいで目を覚ます。前世でも30分ぐらいで目を覚ますほどだからな。

 じゃあなんで始めに「また明日の朝に会おうな」って言ったの〜?なんて質問が来るだろうから答えよう。精神的疲れや身体的の疲れもあるだろうから明日までは絶対眠るという確信を持ってたからあぁ言ったんだ。要するに、麻酔状態が消えても睡眠状態に入るから起きないよ〜ってことだ。というか、これですぐに起きられたらこの世界の住人の体が怖くなる。もう大分怖いけども。


 なんてことを考えながら魔力の中の箱に絶対解き放ってはいけないだろう母さんの血がたくさんあるんで……あるからどうしようか。本当ならちゃんとした処理をしないといけないんだけど、どうせこの世界は地面に血があってもあまり気にしなさそうだからな。よし、父さんと一緒に埋めてやろう。もう一度土たちに魔力を込め、父さんを掘り返してその中に母さんの血を流し込む。

 すまない村のみんな。この場所は悪魔の墓場だってことで生涯伝えてくれ。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏、と独り言を呟いた後母さんを家まで持っていこうと背中と太腿の裏に手を回してみるが、


「誰だよこんな筋肉のない体にしたやつはよ」


 そんなことを叫んだ俺は周りを見渡し……って、すっごい目で見られてるな。一応この街を救ったヒーローだぞ?なんでそんな怖気付いたような目を向けるんだよ。まぁ別にいいけどさ。とりあえず騒ぎを聞きつけて息子を大事そうに抱っこするリージアさんに頼むか。


「リージアさーん。母さんを家まで送ってくれるー?」


 一応ビビられないように気楽そうな声を掛けたのだが、どうやらリージアさんは俺に対して怖気ついていないようで、はい!と元気よく返事をして走ってこっちに来る。腕の中にいるタロクは嫌々と何度も首を振り、行きたくない!と何度も叫ぶ。まぁガキなんだから目の前の残酷なモノを見たらそりゃトラウマにもなるわな。

 すると、リージアさんは「じゃあ家に帰ってて!」と息子に怒鳴り、強引にタロクを腕から下ろした。さすればタロクは大泣きし、未だに嫌だ!嫌だ!と叫びながら首を横に振っている。今の状況で息子に気を配るほどの余裕はないのだろう。一番と言っていいほどの友達が目の前で倒れているのだからそりゃ慌てるよな。


「今母さんが付けている道具たちはそのままにしておきたいので、できるだけゆっくり歩いてくれますか?」


 母さんを軽々お姫様抱っこしたリージアさんにお礼を言った後、俺の運動の出来なさを恨みながらそう口にする。そんな願いにもリージアさんは素直に頷いてくれ、この人は他の人と違って本当に大人だなぁという信頼の眼差しを送るのだった。

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