第19話  やっぱり私の息子は自分勝手

「ここ、は……?」


 だるい体を起こすことなく、重たい瞼を細く開いたサーシャは小さく呟き、頭だけを動かして明るい窓の外を見て、次に隣に座るリージアに目を向ける。


「起きたんだ。おはよ、サーシャ」


 泣きつかれたのかリージアの目元は真っ赤になり、ずっと起きていたのかどこか大人しい。サーシャも「おはよう」と言葉を返し、腕に刺さる真紅色の針に目を落とし、そこから繋がる管を辿って棒に吊らされる真紅色の魔力で作られた袋らしきものを見つめた。


「これは?」


 完全に目が覚め、動くようになった唇を動かして質問するが、リージア自身もよくわかってないらしく首を傾げながら答える。


「なんか、ルカ君が言うには点滴?らしいよ」

「なにそれ」

「『この点滴は血液を渡している』って言ってたよ。『もし目が覚めなかったらまた別の点滴も打つけどね』とも言ってたけど」

「そうなんだ」


 何もわからないサーシャはとりあえず言葉を返し、体を楽にするように天井を見た。サーシャにとってはこれからが本番とでも言いたいのだろう。深くため息をついたサーシャは恐る恐る昨夜ティムラズに斬られた脇腹に手を添える。


「治ってる……」


 ポツリと独り言のように呟き、今度は布団を捲って目で確認するために服を持ち上げる。


「ちゃんと……治ってる……」


 本当に斬られたのか疑うレベルで綺麗に再生された自分の脇腹にただただ息を呑むサーシャ。が、それと同時にどうしようかと頭を悩ます。

(私が生きているということは、あの男に誰かが勝ったということ。そしてルカは致命傷を治すほどの治癒魔法を持っている。どうしよう……)

 もう一度チラッと隣を見るが、サーシャが起きた安心からかいつの間にか眠ってしまったリージア。ツンツンっと太ももを突いて起きないことを確かめた後、サーシャは腕に刺さる針を抜き、リージアが何故か手荷物ロープを気にすることもなくルカを探すためにリビングへと向かう。だが、家の中どこを探し回ってもルカの姿はない。壁に手を付きながら探すこと数分して、やっとルカが書いたであろう手紙を見つけた。きっと、この手紙はサーシャではなくリージアに向けて書いたのだろう。そのことを薄々分かっていながらもサーシャは手紙を開き、文字に目を通した。


「あの子……どうして親の許可無く冒険者になってるの……!」


 怒り混じりに呟いたサーシャは手紙をグシャっと握り、壁に手を付けることなど忘れて玄関の扉を開けて外へと出る。

 復興作業をする冒険者達にもう大丈夫なんですか?と聞かれるが、サーシャは「大丈夫です」と顔を見ることなく答える。


「あれだけの傷を一瞬で治すとか、あの子供やっぱ悪魔だろ」

「それな?てかまず、あれだけ強い男を倒した時点でやばいだろ。絶対人間に成り代わっている悪魔だ。子供が勝てるわけがない」


 声をかけてきた冒険者達がコソコソと話していることすら耳に届かないサーシャは冒険者ギルドへと入った。施設内でも何人もの冒険者に声をかけられたが、今度はそれをすべてスルーして受付嬢がいるところへ一直線で向かっていく。


「ご要件は――」

「ルカはどこ!」

「ル、ルカ様は現在森で魔物討伐を――」

「なんでルカを冒険者にしたの!」


 受付嬢の言葉を遮り怒りの言葉を発するサーシャ。その度に受付嬢は後退りするが、それを許さないようにサーシャは受付に身を乗り出す。

 なぜこんなにもサーシャが感情的になるのか、理由はルカが3歳の時にある。あれはルカが昼に森の中で「僕!冒険者になりたい!」と言った時の夜だった。サーシャは冒険者ギルドに乗り込み「私の息子だけは絶対に冒険者にさせないで」とお願い申し上げたのだ。当然元とはいえ、Sランク冒険者の願いを聞かないわけにもいかないギルド側は、それぐらいならまぁと言って渋々頭を下げた。だが、今になればギルド側はサーシャとの契約を破り、息子であるルカを冒険者に仕立て上げたのだ。


「ルカ様は、Sランク冒険者に匹敵するほどのお力を持っていましたから――」

「それで冒険者にしたの?」

「はい……」

「分かった。ルカの場所を教えて?」


 怯える受付嬢を他所に、Sランクほどの力を持っていることには納得したらしいサーシャは、思考を変えるかのように今度はルカの居場所を聞き始める。


「えーっと……もう家にいるかと」

「…………本当に?」


 どことなく言葉に違和感を覚えたサーシャは目を細めて言うが「はい」と何もなかったように頷く受付嬢を見て「わかったわ」と言葉を返して謝ることなくギルドを去っていく。

 どこもかしこも、村の住民たちは揃って1人の子供を悪魔呼ばわりする。だが、その子供の母親のことは被害者だと思っているようで、揃いも揃ってサーシャに心配の言葉をかける。


「ありがとうねみんな。私はもう大丈夫だよ」


 当然ルカのことを悪く言われていることなど耳に届いていないサーシャは自分は元気だぞ、ということを見せつけるように満面の笑みで周りの人に言葉を返した。そして家に帰ってルカに会った時、何を始めに言おうか考える。

(いつものように笑顔でなんの変哲もなく話しかける?でも、勝手に冒険者になったことを叱りたい……。けど、ありがとうってお礼も言いたい。けどでも、もう治療魔法は使わないでって言いたい。どうしよう……ルカと会った時、なんて話し始めればいいんだろう……)

 母親のはずなのに、息子への顔の合わせ方を考えているとあっという間に家の前に到着し、考えがまとまらないまま扉を開いた。


「サーシャ!どこ行ってたの!」


 まるでサーシャが言いたかったことのように慌ててサーシャの元へと駆けつけてきたリージアは抱きついてくる。

(そうだ。いつものように気軽に接して、日常会話のようにお礼も言って、森に勝手に行ったときのように叱ればいいじゃん。ありがとうリージ――)

 その瞬間だった。ただ悲しくて抱きついていたのかと思ってたリージアはどこから取り出したのか分からないロープを、サーシャの腕に括り付ける。


「――な、なにしてるの!?」

「ルカ君に言われたの!『母さんは多分、目を覚ましたら俺のことを探しに来るだろうから、この紐で縛っといて』って!『まだ体が完全に治ってるとも限らないから家から出すな』って!私はサーシャのことを信じてたから始めから紐で縛ることはなかったけどもう信用できないわ!ルカ君が帰ってくるまで私と一緒に居てもらいます!」


 受付嬢のどこかぎこちない言葉、そしてあの時にリージアが持っていたロープ。点と点が全て繋がり、策に完全にハマった自分への怒りと母親である自分自身を騙したルカへの怒りが湧いてくる。


「あの子……!!帰ったら絶対に許さないから!!!!」


 リージアに言葉を返すことなくそう叫んだサーシャは「もう元気そうで良かった」と安堵のため息を吐くリージアに軽々と持ち上げられ、そのままベッドへと連れて行かれてしまった。

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