第26話 ガキ、ざまーねーぜ
最近、誰かに見られている気がする。母さんと楽しく食事をしている時も、家を出る時も、ギルドに入る時も、昼間はずっと誰かに見られている気がする。
まぁ誰かなんて言わずともわかるだろう。このまえ母さんに怒られたクソガキもといタロクだ。なぜ俺のことを尾行するのかの理由もわかる。俺に謝るために機会を伺っているのだろう。内心『早くサーシャさんと話したいからルカ君に謝ろう』とか思っているんだろうけど、謝ろうという意思があることは褒めてあげよう。尾行されて迷惑この上ないけどな?
そんな悩みを抱える俺は今すぐにでもガキに謝ってもらおうと人が居ない家の影に入り、壁に背中を付けて腕を組む。今もなお尾行していることは分かっている。さっさと出てきて謝りなさいタロクくんやい。俺は別に悪魔と呼ばれて怒ってはないけど母さんと話したいのだろう?母さんとの恋は実らせたくないが、俺の自由が制限されるよりかはマシだ。
「……」
10秒待ち、
「…………」
30秒待ち、
「………………」
1分待つ。が、ガキは俺のことを見るばかりで出てくることはなかった。なにグズグズしてんだヘタレクソガキ。いくらか知らない魔導書を買うために俺は毎日働いているんだ。そんな時間を潰してこうやって待ってあげてるんだぞ?光栄に思ってさっさと……いや、自分で呼ぶ方が早いな。
「おーいタロクー?はよ出てこーい」
結局のところ人に動いてもらうよりも自分で動く方が早いということを思い出した俺はなんの突拍子もなく、相変わらず腕を組んで壁にもたれかかったまま言葉を口にする。
「え……あ、は、はい……」
目線を地に向けて左右に泳がせ、指先をクルクルと回しながら俺の前に出てくるガキ。どれだけ動揺してんだこのガキ。まさか気がついていないとでも思ってたのか?だとしたら俺のことを舐め過ぎだ。一応悪魔と呼ばれるほどの実力はあるんだぞ。
「ずっとついてきてたけど、どうした?」
「え……っと、はい……」
俺の口調にビビっているのか、それとも殺されていると思っているのか、ガキからは1つもうるさすぎるほどの声は聞こえないし明らかに元気もない。
「はいじゃなくて、用件を言ってほしいな?」
「あ、謝りに……来た……」
「おうそうか。俺ってタロクに対してなにかしたっけ?」
詰め寄るような口調になってしまうが、グズグズしているやつを見るのは好きじゃないから許してくれ。これも成長だと思って受け止め、今後に活かしてくれ。てかめちゃくちゃ怯えているくせに俺に呼びかけられた時よく逃げなかったな。その勇気も褒めるぞ。貴様は将来多分、良い男になるだろう。彼女がピンチの時は守ってあげて、誰かが危ない時は率先して前に出るタイプになるだろう。うんうん主人公っぽい将来でいいな。頑張れよ?俺の疑似鉛筆を壊したことは一生恨むけどな!
思わずガンを飛ばしてしまい、タロクは半歩後ずさってしまう。心の中だけで留めておくつもりだったのだが、思った以上に恨みが大きかったようだ。
「えぁ……う、ううん……なにも、してない……」
「だな。それで何に対して謝るんだ?」
「え……っと……あの……」
ふぅ。まさか追い詰めるような言い方をしてもグズグズするとはな。これがガキというやつなのだろうが非常にめんどくさい。俺は確かに心が広い。が、はっきりしないやつは嫌いだ。
「ビビり過ぎだ。確かに心の準備が出来ていないタロクをいきなり呼んでしまったのも悪いかも知れない。だが、1週間以上も尾行されたら誰だって機嫌が悪くなる。尾行するのはせめてなにを伝えるか言葉をまとめてからにしてくれ。一応言っておくが、俺は別に殺さんからな?あの男の人は悪い人だから焼き尽くしただけだ」
そこまで言い終えた俺は壁から背中を離し、最後に吐き捨てるように「まとまったらまた尾行しに来い」という言葉を発してその場を去ろうとする。だがどうやらタロクの中ではなにを言うのかまとまっていたらしく、いつもよりも大きな子供ながらの高い声が俺の耳に響いた。
「待って!ルカ君!ごめんなさい!ルカ君ママにルカ君のことを悪魔って言っちゃってごめんなさい!」
「相変わらずうるせぇ……けど、謝れて偉い。偉いなタロク。5歳児の体で頭をヨシヨシしてやろうか」
問い詰めるためにしていた強面の表情を引っ込め、いつもタロクに向けるめんどくさそうな表情かつ、少し笑みを浮かべて口を開いた。俺の言葉を理解したのなら転生したことも言ってよかったが、ガキの顔を見るに全くと言っていいほど理解していないようだし、なんなら今にも逃げ出しそうな顔を俺に向けてきやがる。
子供嫌いのこの俺が頭をヨシヨシしようか?と言ってるんだぞ。素直に受け取れゴラ。今後一切言わない言葉だぞ。勇気を出したガキにだけ言った特別な言葉だぞ。受け取れゴラ。
「やーだー!!助けてルカ君ママー!!」
おっと、また思わず睨んでしまったようだ。なんでルカ君ママに戻したのか分からないが、人の顔を見て泣き出すのは良くないんじゃないか?というか、周りの人に見られたら更に敵視されるって。これ以上陰口言われるのは流石に心に来るものもあるぞ?俺のメンタルは鋼以上の硬さはあるけど、陰口が悪化して家に落書きとかされ始めたら流石に傷つくぞ?
なんてことを思いながら周りを警戒して家の影から姿を出し、細心の注意を払いながら誰にも見られていないことを確認して周りの人と同じように、なにもなかったかのように歩き始める。が、俺の姿を見た途端周りを歩いていた人は明らかな距離を開けてすっごい目つきで見てくる。よくよく考えたら今の状況に耐えている俺って結構すごいな。自己肯定感をあげて更にメンタルを強くしよっと。
周りから目を逸らすように我家の扉に視線を送り、ガキが泣きながら家に入り込んでいるのを見る。まだ俺に謝ったということを母さんは知らないのによくあんなグイグイ行けるな。恋は盲目というやつか?いや流石に違うか。ガキだから謝ったからもう話せる!っていう簡単な気持ちで家に入ったのだろう。勇気はあろうが初戦はガキというわけだな。そんな事を考えながら扉を開き、
「ただいまー」
と口にする。だが、いつもは返ってくるはずの「おかえり」という言葉は返ってこず、なにをしているのかと思い、母さんの方を見る。するとそこには誰もが予想できるであろう光景が広がっていた。慰めてもらおうと腕を広げて母さんの前に立つガキを横目に俺はいつも座っている椅子に座り、まだ俺に謝ったと思っていないのか、そっぽを向く母さんの顔を見る。
「母さん。なんとタロクくんは僕に対して謝りました」
「ほんと?」
「ここで庇う必要なんてないでしょ」
「本当なの?タロクくん」
俺の言葉を聞いた母さんは涙目のガキを見下ろして問いかける。そんな母さんの言葉に勢いよく縦に首を振るガキを見た途端、母さんの顔には笑みが浮かび上がってガキのことを軽々持ち上げて頭をよしよしし始める。
このガキ俺のヨシヨシは受け取らないくせに母さんのヨシヨシはすぐに受け取るのかよ。やっぱマセガキかよ。てか俺は母さんのヨシヨシを受け入れることを許可してないぞ。勝手に触られてんじゃねーよクソマセガキ。勝手に胸に埋もれて満足そうな表情浮かべてんじゃねーよ。男用の貞操帯でも作ってやろうかこのクソマセガキ。
別におねショタを否定する訳では無いが、俺の母親でやらないでくれ。てかさっさと振られろよ。前の怒られたので観念しろよ。はよ告白して振られんか――
「ねね、ルカ君ママ」
「なーに?」
「ルカ君に謝ったから、僕と付き合って?」
「……は?」
思わず母さんではなく俺が反応してしまい、母さんが言葉を発する前に俺の方を見てしまう。雰囲気を潰したのはごめんだけど、流石に唐突すぎないか?いやまぁさっさと告白しろって願ったけどさ?こんな早いとは思わんだろ。てかいきなり過ぎるし、なんだよ俺に謝ったから僕と付き合ってって。舐めてんのか?恋愛というのを舐めてるのかこのクソガキは。そんな僕偉いでしょみたいなことで付き合えたらラブコメなんてすぐに完結してしまうだろ。現実世界でもすぐ別れてしまうし、まず付き合えないぞ。
「どうしたの、ルカ?すっごい目付きが鋭いよ?」
「あーいや、なんでもない。このガキ――いや、タロクが母さんと付き合おうが俺は応援するよ。うん、全力で応援するよ」
「もうガキって言っちゃってるじゃん……。それに、目つきが応援したくないって言ってる……」
「いやいやまさか。で、返事はどうすんの?」
ほんのちょっぴり5歳とは思えない口調……はずっとそうか。ほんのちょっぴり目つきが悪くなる俺の言葉に母さんは「安心しなさい」という言葉に続けて俺の言葉なんて耳に入っていないガキに言葉をかける。
「タロクくんももう歳だから恋愛もするよね。けど、ごめんなさい。私はタロクくんと付き合うことはできないわ」
「え……」
よっしゃ!よく言ったぞ母さん!!よく振ったぞ母さん!母さんの行動は誰からも責められることはない正しい行動だ!今後とも胸を張って生きてくれ!!ほんと良く言ってくれた母さん!俺は母さんの息子で本当に良かったぞ!!!
手でガッツポーズを作ってしまうほどに喜ぶ俺を他所に、幸せそうだった表情から打って変わって呆けた表情になったガキは今にも泣きそうな目で母さんを見上げる。
「理由はタロクくんがまだ小さいのもあるし、私はもう恋愛しないってこの前の戦いで決めたの」
「……」
あーらら黙り込んじゃったよ。あーらら。あーらら!黙り込んじゃったよ!
「こらニヤニヤしない。ほんっと性格悪いわねあなた」
「他人の不幸は蜜の味って言うからね」
「……なにそれ。性格の悪い言葉」
あーこの世界には日本のことわざ紛いの言葉はないのか。だったら素直にこの言葉を聞いたらそんな感想も浮かび上がるわな。でもいつしか母さんもこの言葉の意味がわかる日が来るさ。
母さんにシバかれながらそんな事を考える俺は顔を伏せるガキに目を移して口を開く。
「タロクくんどんまい!また次もあるよ!」
「ルカ、それ本当に思ってる?」
「当たり前じゃん!(母さん以外の)色んな人にアタックすれば絶対次は行けるよ!」
「本当……?ルカ君……」
俺の満面の笑みを見たからなのか、それとも殺意を1つも感じないからか、やっと俺の目を見てくれたガキは相変わらずの涙目で問いかけてくる。
「本当本当!タロクは地味に顔はいいから行けるよ!」
「うん……ルカ君ママは……やめる」
「よく言った!ということで今すぐそこから降りろ!」
「コラ、そんな事言わないの。振ったけどタロクくんはまだ5歳なのよ?この恋のせいで他の恋ができなくなったらどうするの」
またもやシバかれながら母さんにそう言われてしまう。そんな勘違いさせるような行動をするからこのガキが勘違いするんだろ。って言いたかったが、また叩かれそうなのでやめておこう。まぁ最後だと思って得と味えよ。
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