第27話  店のおっさん

「はいはーい。性格の悪い子供は部屋に帰ります――の前に、魔導書っていくらなの?」


 お金だけがたまり、結局魔導書が買えずにこの数週間過ごしてきたからな。他の異世界だとかなり高いというイメージがあったから金貨50枚ぐらい稼いできたんだけど、これで足りるかな。まずどこに売っているかすら知らないけど。

 椅子から立ち上がって問いかけた俺に、クソガキの頭を撫で撫でしながら母さんは顔だけをこちらに向けて答えてくる。


「金貨5枚よ。まだ買えないだろうから、私が半分出してあげる」

「え、5枚なの?」

「そうよ?どうしたの?」


 やっす。色々調べた結果、種類にもよるらしいが魔物を50体倒したら金貨が5枚。それが大体5時間程度で出来るから魔導書の価値が低すぎないか?もしかして1番安いやつの値段を言われたとか?それともこの世界の魔導書の価値は低いとか?まぁ1回行ってみるか。


「俺1人で買えそうな値段だから大丈夫。ちなみにどこに売ってるの?」

「1人で買えそうな値段?そんなわけ無いでしょ」

「行ける行ける。それでどこにあるの?」

「お金の価値を甘く見すぎね。1回魔導書の価値を見てきなさい。ギルドの前の店にあるから」

「はーい」


 軽く返事した俺は部屋に行き、母さんに貰った皮の袋を片手に母さんの元へと戻る。が、どうやらガキを慰めるのに手一杯な母さんは半分出すと言ったのにもかかわらず、俺に一言「いってらっしゃい」という言葉をガキに顔を向けたまま言い放った。

 絶対マルチタスク苦手だろこの母親。1つのことをしたらもう1つのことを忘れるタイプだろ。ひっどい母親だ。目を細めて母さんを睨むが、もう俺には意識は向いていないようなので俺はため息を吐いて家を出た。


 念のため袋の中には母さんに言われた金貨5枚よりも、少し多めの金貨10枚を入れて来たけどあれだけ安かったら大丈夫だろう。もし高かった場合でもまた家に取りに帰ればいいしな。明日の筋肉痛は確定してしまうけど。


 そんな事を考えながら家からわずか300mしかない道を数十分かけて歩き、やっとギルド前にある店につく。さっきのことなど忘れ、やっと買えるという気持ちからウキウキになっていた俺だが、想像していた見た目じゃなくて少しシュンとしてしまう。

 魔導書が売っている場所と言えば見た目が古びている店、というイメージだったんだけどなぁ……。いやまぁ、いつもギルドに行く時にそんな古びた店は見かけなかったからこれぐらいのことは想定出来たけど、ここだけは定番であってほしかったなぁ……。


 1人不満を募らせる俺はギルドと同じぐらい綺麗な店の扉を開き、店内へと入る。するとお客には興味がないのか、店主のおっちゃんは俺の目を見ることなく「らっしゃい」という太い声で言ってくる。

 この店は立地が良いから売れているだけで、店主がこれとか評判だだ下がりだろ。口コミがこの世界にあったら『ここの店主、愛想が悪い。買う気が起こらなかった』とか『店主が怖かった』だとか、散々言われてるだろ――いや待てよ?俺の時だけ態度を変えているんじゃないか?外では散々悪魔と言われているんだからこの店にも伝わるはずだ。だからさっさと帰らそうと愛想悪くしてるのか。なるほど性格悪いなこのじじい。


 更に1人不満を募らせる俺も店主の顔を見ることなく店内を見渡す。棚にはカバンや靴があり、少し開けたところには鎧があったり長めの杖があったりと、品揃えはすごく良い。今は俺以外に客は居ないけど、冒険に行くための道具が全部揃ってるから来る時は相当来るだろうな。

 なんてことを考えながら壁にかけられる剣やら樽に入っている剣やら、壁にかけられている盾やら棚にある短剣やら……吊るされている服やら畳まれているズボンやら…………。え?お目当ての魔導書がないマ?母さんが嘘をついた?いやそれはないよな。息子大好きだし。ならこの店主が俺が魔導書を買うことを予想していて、予め隠していた?いやそれは陰湿すぎるな。もししていたら10年待つことなくボコボコにする。

 端から端、角から角、壁から壁まで何周もして見回るがガキが持っていたような魔導書どころか、本すらない。あんまり話したくなかったけど、店主に聞いてみるか。


「あのすみません。魔導書ってどこにあります?」

「あ?魔導書?裏にあるが」


 あまり乗り気ではなかった俺は猫背になりながら話しかけたが、店主の怒声混じりの声で思わずピンと背筋を伸ばしてしまう。いやこっわ。どれだけ俺のこと嫌いなんだ?俺なんかしたっけ。恨み買うようなことしたっけ!

 なんてことを考えるが当然口にすることは出来ず、かしこまりながら「1ついくらですかね」と尋ねた。すると店主は右手をこちらに向けながら「金貨5枚」と言ってくる。

 本当に安いな。俺が頑張って集めた金貨50枚って意味なかったのでは?と思ってしまうほど安いな。


「1つ買えますか?」

「あ?金貨5枚だぞ?ガキが買えるものじゃねーよ。帰んな」

「買えます」

「舐めたこと抜かすな」


 このじじいなんだ?本当に店主か?接客態度悪すぎねーか?俺が買えるって言ってるんだから買わせろっての。というか俺は陰キャなんだから強い言葉を使わないでくれ。本当にビビる。俺みたいに心の中だけにとどめてくれ。そんな事を思いながら、俺はカバンから金色に光るコインを5枚レジにおいた。


「金貨5枚です」

「……母さんの金でも盗んできたのか?」

「自分で貯めました」

「見るからにガキが稼げるわけねーだろ」

「ちなみにですけどおじさん。悪魔って呼ばれている子供がいるってのは聞いたことありますか?」

「あ?ねーよそんなもん。この店に客なんて入ってこねーんだから」


 おっと。それだったら話が変わってくるな?俺のことを知らなくてその態度?お客様相手にその態度?そんなんだから客が入ってこねーんだろじじいが!へっ!ざまーみやがれ!態度が悪い店主の店になんて客は寄ってこねーっての!

 なんとか嘲笑うような目を向けることを止めた俺は「そうですか」と呟き、ピンっと人差し指を立ててもう一度言う。


「魔導書を1つ、くださいな?」

「なんだお前。奪ってきた金で魔導書を買おうとするんじゃねーよ。どこの息子だ?目を離すなって怒鳴りに行ってやるよ」

「ドルフェリンです」

「ドルフェリン?」

「はいドルフェリンです」

「あの金髪の女が住むドルフェリンか?」

「そのドルフェリンです」

「お前がか?」

「そうです」

「何個いるって?」

「1つです」

「今回は安く金貨1枚にしてやるよ」

「ありがとうございます」


 なーんだこの店主、話がわかるじゃん。ほぼ母さんのおかげだけど、金貨4枚も少なくしてくれるのなら文句はないさ。5枚でも別に安かったけど、この悪態は口コミに書かない(言いふらさない)でおくよ。感謝しろ?そしてなんか知らんけど母さんより立場は弱いらしいから、今この状況では母さんの息子という権限の元、俺のほうが立場が上だ。さぁ早く出したまえ!


 そそくさと店の裏へと入っていく店主の背中にそんな言葉を込めて睨みを送る俺は臆病者なのだろうが、親が金持ちだから見栄を張っているみたいで非常に気分がいい。前世ではなんで見栄を張るんだ?なんてことを思っていたが、理由がわかった。立場が上の方が色々とやりやすいからだ。今気がついたところで何になるんだ?と聞かれたらそれはそうだが、1つの疑問が解消されて非常に気分が良くなった。


「これだ。さっさと金を払って出て行ってくれ」

「母さんとなんかあるの?」

「別にそんなことはないが」


 あ、目を逸した。嘘下手くそだなこの店主。浮気した時もすぐにバレるタイプだ。


「母さんに浮気しようとしたとか?」

「……いや?」


 浮気だ。他所お通り一瞬で奥さんに浮気がバレたんだろな〜。今の「……いや?」がすべて物語ってる。確かに母さんはべっぴんさんだけど浮気は良くないぞー?あと多分、父さんを見るに母さんは爽やか系男子が好きだぞ?店主さんはもう見るからに図体はデカいし怖簿手出し、爽やか系とは程遠いな。残念だな店主!じゃ、俺はここでおさらばさせてもらうぜ!


「どんまい」という言葉だけは冷静に、顔だけはニヤけっ面を浮かべた俺は魔導書を受け取り、店を後にしてそのまま目の前のギルドへと向かう。目を逸らしていたせいか俺のニヤケっ面が視界に入っていなかった店主はなにも言葉を発することはなく、ずっと目を泳がせていた。


「実験も兼ねて魔物退治でも行きますか」


 今から冒険に行くからこの村にはいなくなるぞ〜ということを知らせるためにわざと大きな声で言った俺はギルドの扉を開き、受付嬢の元へ行く前に掲示板を見た。

 ギルドの醍醐味といえば掲示板、と俺が思っているだけあって相当大きい。まぁ多分、大量に依頼を張り出せるように大きくしてあるのだろうが……それでも醍醐味と言っていいだろう!


 掲示板には魔物討伐の依頼やら薬草採取の依頼、掃除や子供の世話など色んな依頼がある。そんな依頼が貼られている場所は逸れるが、そこにはなんとパーティーメンバー募集というのもある。よく異世界転生形で見るやつだな。パーティーに入りたいけど『お前は弱いから無理だ!』とか『問題を起こした人とはちょっと……』だとか、そういう辛辣な言葉を受けるのが割とテンプレだ。

 だが、俺はそのテンプレとは少し違う。なんたって、その応募用紙に堂々と『悪魔は禁止』と書いてあるんだもん。漏れなく全ての応募用紙に。酷いだろ?俺だってパーティーメンバーで動いてみたいよ。どうせ1人の方が戦いやすいだろうけど、味方と協力しながら魔物を退治して、その達成感に一緒に浸りたいよ。まぁ悪魔禁止って書かれているんだから無理なんだけどさ。


 なんてことを思いながら俺は面白い依頼がないことを確認し終え、紙を手に持つことなく、受付嬢の所に行くこともなく、そのままギルドを後にして森へと向かう。どうやらこの世界は魔物討伐をするなら別に依頼は受けなくていいよという方針で、金が欲しいなら魔物を倒した証拠を持って来いという感じだ。ちなみに魔物の肉をそのままギルドへ持っていったらお金が倍になるんだってさ。

 あくまでも倒したのは報酬で、売れるところは売ってその売上金はあげますよ、っていうことなのだろう。非常に金稼ぎがしやすい世界だ。筋肉があればの話だがな……!

 筋肉をつけようとする努力もしていないのに、一方的に自分の筋肉を恨む俺は人影がないところまで行き、相変わらずの魔力で作った乗り物で移動する。

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