第10話  これは呪文では無い

「その本、タロク君のよね?なんでルカが持ってるの?」

「置いていったから?」

「なるほど」


 椅子に座った母さんは俺から本を取り上げることない……けど、攻撃魔法のところを読むと目を細めてくる気がする。が、なにも言ってこないから気にしなくていいか。

 いつもギャーギャー言っている母さんからは想像できない姿だ。まぁでも勉強熱心な息子を見たらそんな目もするか。


「ねね、母さんって魔法使えるの?」

「使えるよー?これでもSランク冒険者だったんだから」

「へーそれってすごいの?」

「一応冒険者の中で一番位が上なのがSランクね」

「へー母さんってすごい人だったんだ」

「もう全盛期ほどの力は出せないけどね」

「へーなんで?」

「ルカがお腹の中にいる時に、私の魔力の5割を持って行ったからよ」


 と、なぜか母さんは笑みを浮かべながら睨んで言ってくる。もちろんのこと俺にそんな自覚はないし、俺の魔力は神によって決められたのだから関係ないはずだ。厳密に言うと自分で決めたんだけど。


「なんでそんなに持って行ったの?」


 素直に気になることを問いかける俺はまたもや慣れない上目遣いで母さんを見上げると、昔を物語るように遠くを見つめだす。これは長くなりそうだ。


「あれはルカが生まれる14日前だったかな。それはそれはもうすっごい腹痛に苛まれてね、お父さんもその時には死んでいたからどうしようか迷っている時の話なんだけれどもね――」


 簡単にまとめると、普通の子供は母親の魔力の1割も持って行かないが俺の時はどちらかの体がおかしかったようで魔力の供給がすごいスピードで行われていたんだってさ。あくまでも俺が作家視点での話だが、あの神が『子がこんなに強いなら母親は弱くしてやろう』とか変な理由をつけて魔力を吸い取ったんだろ。父親もいないのにけち臭い神なことだ。


「――で、ルカが生まれたってわけなの。本当に大変だったんだからね?」

「そうなんだ」


 数十分にもわたる話を聞き終えた俺は「ふーん」だとか「へー」だとか、とりあえず言葉を返して頷いていた。この世界はまともな子供を産める環境はないから自宅で産んだって話も全盛期は一人で竜を倒していたんだよ!という自慢話も非常に面白かった。が、とにかく話が長すぎる。子供相手にそんな長い話をしてると嫌われるぞ?面白くない大人だって思われて関わられなくなるぞ?俺はガキじゃなくて大人だから話は最後まで聞いたけどね。


「今の母さんってどれぐらい強いの?」


 話し終えた母さんに質問をする俺はベッドに手をついた。魔力の5割持って行かれたとはいえ、あれだけの怪力を持ってるんだから竜は倒せなくとも1人で複数の魔物を倒せるほどの力はあるだろう。


「今の私は……そうね。知識ならこの村で1番だと思うけど、ただの実力比べならこの村で3番目かな?」

「この村にどんな人がいるのか分かんない」

「それはそうよね。人と関わりを持っていないルカにこんな話をしたのが間違いだったわ。ごめんなさい」

「……いいよ」


 煽ってるよな?この母親煽ってるよな?実の息子に対してすっごい煽りをかましてきたな?別に気にしてないけどさ?人間関係が全くないことについてはさ?でもちょっとぐらい子供のことについて考えてくれてもよくないー?


「あ、でも私よりも上の2人は今この村にいないんだ。なら私が1番ね」

「すごいね。母さん」


 賞賛の拍手を送るが、さっきの煽りを引っ張る俺の言葉にはあまり気持ちが乗っていない。けど母さんは「まだルカのことを守れるわね」という一応子供のことを気にしてはいるんだなと思われる発言をしていた。


 天然で人を煽ってるなら今すぐやめた方が良いぞ?絶対嫌われる。実の母親が誰かに嫌われているところなんて見たくないぞ?そのことをちゃんと伝えてあげようと「ねね」と声をかけた時だった。泣いて出て行ったクソガキのことを抱っこしたリージアさんは眠たそうな目で部屋に入ってくる。


「ルカ君大丈夫?タロクが変なこと言ってたけど」

「大丈夫ですよ」

「絶対大丈夫じゃない!ルカ君が変な言葉使ったり、変な呪文を唱えたりしてた!!」


 まぁこの世界からしたら変な言葉ではあるけど、ちゃんと言語だぞ。あと科学の説明を変な呪文呼ばわりするな。前世の偉人さんたちが頑張って見つけたすごいモノなんだぞ。貴様では到底たどり着けない極地についた人たちが見つけたすごいモノなんだぞ。


「って言ってるんだけど、ルカ君になにか異常があった?サーシャ」

「な~んにも異常はないよ。なんなら私の昔話を聞いて気分がいい方じゃない?」

「それは……うん、そうね。だってさタロク。ルカ君は大丈夫だよ」

「本当に……?」

「本当だよね?ルカ君」

「本当です」


 男ならさっさと泣き止んで降りてこい。こちとら大事なもん壊されても泣いてないし怒っては……いたか。でもすぐに制御したぞ。


「だってさ。もう大丈夫だから降りてルカ君と遊んでなさい。私はまだ寝たいの」

「うん……」


 擦り付けたなこの人。いやまぁ親目線からしたら子供同士で遊ばせるのが一番手間が省けて良いのだろう。俺目線からすれば迷惑この上ないけどな!

 前世の名残でたかが1食抜くぐらいどうということないし、たかが1日風呂入っていないぐらいの体のベタつきは気にしないし、約10時間ほど寝たから全く眠くない。いわば今の俺はいつもと変わらない状態だ。だが普通にしたくないぞ?ガキの子守なんて。


「遊ぼ?ルカ君……」


 いつまで泣いてんだこのクソガキ。俺は母さんと違って上目遣いには甘くないぞ?たかがガキ一人の上目遣いに魅了されるほど安い男ではない。


「俺も眠たい」

「嘘おっしゃい。あれだけ寝たのに眠いわけ無いでしょ」


 畜生この母親変なところで口を挟んでくるな。あれだけ寝ててもロングスリーパーだったらまだ眠いってもんだろ。前世は長くて4時間しか寝てなかった男だから全然ロングスリーパーってことはないんだけどさ。


「……わかった。棒をいっぱい上げるからそれで魔法練習してきて。それでいい?」

「ダメね。親がいないと火が燃え移った時にどうしようもできないから」

「じゃあなにをすれば……」

「外で遊んできなさいよ。いつもいつもいつも家で引き籠もってるんだから今日ぐらい外で遊んできて。タロクくんの誕生日なんだし」

「誕生日の権限強すぎない?」

「5歳の誕生日はおめでたいのだからね」

「へー……」


 俺の5歳の誕生日の時は何もしてくれなかったけどな!いやまぁ厳密に言ったらしてくれたっちゃしてくれたけど、このクソガキみたいに魔法書とか買ってもらってないしなんならリージアさんにもおめでとうなんて言われてないぞ。そんなことしてたら子供が捻くれてしまうぞ!いいのか!ダメだろ!


「じゃ、そういうことだからお外で遊んできなさーい」

「うん!行こ!ルカ君!」


 母さんがクソガキの背中を優しく叩くと忽ちクソガキには元気がやどり大きく頷いて俺の手を引っ張り出す。ほんとこのクソガキ母さんのこと好きすぎるだろ。たかが1回背中触られただけでそんな機嫌直るか?さっきまで泣いてたのにそんな表情に微笑みを浮かべるか?やっぱガキはわかんねーや。前世でもまともにガキが題材の小説とか書かなかったからな。ヒロインの妹が5歳ぐらいっていう設定は評判良かったからめちゃくちゃ擦って書いてたけど、主人公がガキってのはまじで書かなかったな。

 拒んでもどうせ力の差で負ける俺は体の力を抜きながらフラフラとクソガキに引っ張られながら玄関を後にした。

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