第11話 邪が見えるぞクソガキ
「ぜぇ……ぜぇ……ちょっと、タロク……家まで走るって……無理だよ。さっきも、走った……じゃん」
昨日母さんと走った広場。命名『8メートルの勇姿』へとやってきた俺は散々クソガキに手を掴まれて走らされ、木に登らされ、クソガキの違う友達と無理やり会話させられ……。そんな散々な目にあった後、またクソガキに手を引っ張られながら家まで走らされる始末。『8メートルの勇姿』と名付けた俺がこれだけ走らされるのがどれだけキツイか貴様らはわかっているのか。
どこに嘆いているのかわからない俺の言葉は心の中だけにとどまり……というか口から言葉が出せないほどに息が乱れ、喉が渇いた状態だから先程の言葉もつまりつまりだった。今日の俺はこのクソガキにどれだけ振り回されれば良いんだ。
「ちょっとしか走ってないじゃん!僕に引っ張られただけだから体力まだあるでしょ!」
ねーよ。引っ張られるのにもバランス力だとか歩数合わせだとか、一人で走るよりも断然疲れるんだぞ。俺の身体能力がなかったら確実に終わってたね。絶対転んでた。
「ないよ……だから、步こ?」
「やーだ!走る!」
「えー……」
8メートルの勇姿から家までは大体の距離は100メートル。たかが100メートル何だったら我慢しろよ!なんて言われるかも知れないが、無理だ!普通に無理!朝のコイツみたいに泣いてやろうか!泣きながら「無理だって……俺には、走るなんて無理なんだって……」っていう名演技を見せてやろうか!人前で泣くのは恥ずかしいからしないけど!
「ほら!もう見えてきたよ!」
「まだ遠いじゃん……」
距離にして大体70メートルといったところだろうか。このクソガキも流石に気は使えるのか俺に合わせた走りをしてくれている。でもそのせいで1メートル5秒のペースで走ることになってるんだけどな。……もしかして、旗から見たら俺ってもうすでに結構恥ずかしい人なのでは?ヤダこっち見ないで。あまり視線が集まるのは好きじゃないの。前世のいじめっ子のことを思い出しちゃうわ。
「何してるの?ルカ君」
「乙女……」
「そんなことができるならもっと走れるよね!」
「え?いや……そんなことは――」
否定しようとする俺の言葉なんて無視したガキは俺を凧揚げにでもするんじゃないかという勢いで走り出す。多分前世なら世界陸上に出場して3位以内には入るレベルでのスピード……いや、俺を引っ張ってる状態でこのスピードなら世界の記録も塗り替えられるな。まぁ前世の話だから今世とは全く関係ないんだけどさ。
逆に凧揚げのように走らされる俺の体力はあまり減ることはなく、変なことを考えられるほどの頭の余裕はできている状態であっという間に家に到着した。5歳児のガキがこの距離を5秒ぐらいで走り切るのだろ?だとしたら全盛期の歳になったら一体どうなるのやら……。俺の魔法が当たるのか心配になるな。
「ただいまー!」
椅子に座ってなにか会話をする母さんとリージアさんはこっちを向いて「おかえり」と声をかけてくれる。あったけー家系だなと思うと同時にいつまでこの家にいるんだ?という感想が湧き上がってくる。リージアさんが帰れば当然このクソガキも帰るだろうから今すぐにでも帰ってほしい。もう昼過ぎで太陽の向き的には大体3時だし。てかこのガキ朝も昼も食ってないんじゃないか?俺はともかくあんだけ走ったのだから空腹がすごいんじゃないか?
「ずいぶん長いこと外にいたのね。ルカはちゃんと走ってた?」
「うん!僕が引っ張って走らせた!」
「ほんと?タロクくんは本当に偉いね。これからも毎日ルカと遊んで欲しいわ」
「もちろん!いっぱいルカ君のお家に来て、いっぱい遊ぶ!」
「ありがとうね〜」
おいガキごら。その心に邪があるぞ。絶対母さんと会いたいだけだろ。この俺を利用して母さんと会おうという邪悪な考えが筒抜けだぞ。悪いがその考え方は前世の性格の悪い女子を描く時に使ったんだよ。この小説でも書いたけど、人を利用するのは良くないことなんだぞ。後からちゃんと考えがあるならまだしも、無鉄砲に動くというのはあまりオススメしないぞ。人生の先輩からのアドバイスだ。まぁ口に出して言わなくちゃこんなこと伝わらないんだけどね。
「ねね、母さん」
「どうしたの?」
「お腹空いちゃった」
「確かに朝から……というか、昨日の晩も食べてないじゃん」
「うん。だからお腹すいた」
少し大人の会話をしたからボロが出ないようにできるだけ子供っぽい言葉を貫く。前に転生したことを言っていいなとは言ったけど、それを言うのは母さんだけだ。色々考えてみたら転生したってことを広められて王都の御えらいさんが研究させてくれって俺のことを連れ去る可能性もあるからな。まぁ何かしら言える理由があるならみんなに言っていいと思うけどな。隠し事をするのはあまり好きじゃないし。
「ならタロクくんもお腹空いてるよね。ごめんね気が利かなくて」
「ううん!大丈夫!ルカくんママが作ってくれるならいつでも大丈夫!」
「嬉しいこと言ってくれるわね」
おいゴラクソガキゴラ。何好感度上げてるんじゃ。もう一度いうがオメーが好きな相手は俺の母親やぞ。1児の母ぞ。てかもうさっさと告白して玉砕しろ。その時は慰めてやるよ。一人の男として勇気を振り絞ったんだからな。
まぁそれでもし、もし母さんと付き合うなど事があろうというのなら俺はこの家を出るね。このクソガキが義父になるってことだろ?絶対に嫌だ。断じて断る。母さんが貴様に好意を向けないうちにさっさと告白して玉砕しろ!ガキの恋などすぐに散ってなんぼだ!叶わない恋ってのがガキの恋だろ!!
前世の自分の初恋のことを思い出しながら愚痴を唱えるように次々に心の中だけで罵声を浴びせる俺。なぜ口で言わないんだと言われたら、なんで泣かすようなことしたの!って詰められるのがめんどくさいのと、俺にも一応優しさはあるから可哀想だとは思う。1%程度だがな。
ちなみに俺の初恋は二次元だ。叶わなくて当然散って当たり前というものさ。フンっと鼻を鳴らした俺は母さんに手を洗って椅子居座りなさーいという言葉と一緒に足を動かしだす。クソマセガキはまだ母さんと一緒にいたいのか手を洗った後一瞬で母さんの元へと走っていった。
家で走るなクソガキとも思ったが当然口にすることはなく母さんの愛情が籠もった昼飯とも晩飯とも言い難いご飯を食べて夜を迎えた。
流石に連日でお泊りするということはしなく、悲しそうな目で訴えかけてくるクソガキを抱っこしたリージアさんは我が家を後にしていった。母さんに連れられて、仕方なくクソガキを見送った俺はベッドに顔を埋めて「ふー」とため息をついた。
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