第32話  5年後のとある王都

 ――5年後のとある王都で、1人の王様の叫び声が王宮全体に響き渡る。


「なに!?拐われただと!?」


 王座の前で、絨毯に頭を擦り付けるような勢いで身を低くする2人の冒険者。1人の冒険者には左腕がなく、もう1人の冒険者は片目を潰されている状態。

 回復魔法で血を止めたのか多量出血で死ぬことは免れたが、もう冒険者として戦うことは無理と言っていいだろう。


「申し訳ございません……俺たちが弱いばっかりに……」


 緑髪の冒険者が身を震わせて声を発するが、そんなので王の怒りが収まるわけもなく、王座から立ち上がった王はズシズシと冒険者の前に歩み寄る。


「我が娘が拐われたのだぞ!騎士も付け、凄腕の冒険者も付けて、なぜ拐われるのだ!なぜお前らは自らの命を落としてまで我が娘のことを守らなかった!!」


 あまりにも理不尽な言葉。誰だって自分の命を大切にしたいという気持ちはあるだろう。だが、この国は……いや、この世界は絶対王政がほとんどだ。

 王に命令されたのなら命も落とさなければならないし、反抗すればいつしか殺される。


 絶対王政が緩い国もあるだろう。もちろん今怒鳴っている王の国も、他の国に比べれば遥かに絶対王政が緩やかな方だろう。だが、この王には決定的な弱点――誰にもどうすることが出来ないモノが、この王には備わってしまってるのだ。


「なぜ我が愛娘を守らなかったのだ!!あの子がいなくなったらもう、王なんて立場を務めることはできん!我が愛娘を返してくれ!!」


 そう。可愛い娘を持てば親は過保護になってしまう。それは娘だけではなく、可愛い息子を持っても過保護になってしまうのだ。どこぞの転生者の母親のように。


 王からの気迫は過保護発言によってなくなってしまい、その場に屈み込んだ王は両手で顔を覆う。そんな姿を見た冒険者2人は肩の力が抜け、助かるんだという安心感が心の底から湧いてくる。

 だが、その安心感は顔を覆う王の、ポツリと呟いた一言により、なくなってしまう。


「……死刑じゃ」

「「え?」」


 冒険者2人は顔をあげ、口を揃えて呆けた言葉を漏らす。

 周りにいる、王を守る騎士団さえも固まってしまい、その場の空気は一瞬にして凍りついてしまった。


 冒険者の脳は軽いパニックを起こし、冷や汗を垂らしながら弁明の言葉を考えようとする。だけど、弁明は出来ない状況にある冒険者2人。


「余の大切な愛娘を奪った罪じゃ……!その生命で償うが良い!」


 投げやり気味に叫ぶ王は顔から手を離して立ち上がり、なにか言おうと口をパクパクさせる冒険者を見下ろす。

 王も王で、軽いパニック症状を起こしているのだろう。しっかりとした判断をすることなく、周りにいる騎士団に「この者たちを連れて行け!」と命令を下す。

 当然王の命令に背けない騎士団たちは戸惑いながらも覇気の入った返事をし、冒険者2人の後ろに立つ。


「すまんな。王からの命令なのでな」


 小さな声でそう伝える騎士団の1人は左腕を失う冒険者の脇に腕を通し――


「少しお待ちください。お父様」


 その瞬間、王座の横にいた1人の少年――アデラル・マルブランシュが声を上げた。まるで冒険者を見下ろすような。いや、憐れみの目を向けるような。なにかを企むアデラルは王座の前にある階段を下る。


「なんだ。アデラルはなにか知っているのか」

「いえ、知ってるわけではありません。ですが、1つ提案があるのです」

「提案?」


 王の隣につき、アデラルは騎士団たちに1つ礼をし、王の質問に対して口を開く。


「はい。この方たちは腕がなくとも、片目がなくとも、妹の護衛を任せられるほどの腕が立つ冒険者だったはずです。ならば、妹の捜索を手伝わせるというのはどうですか?もし、見つければ死刑は免れ、捜索の報酬を支払う。けど、見つけられなかったら死刑、というのはどうでしょう」

「なるほど。だが、命を落としてでも娘を守らなかったのだぞ?」

「ですが、その御蔭でいち早く情報を手にすることが出来ました。腕の立つ2人で勝てないほどの敵を相手にするより、情報を持ち帰り、人数をかける方が最善だと思ったのでしょう。ですよね?」


 アデラルの問いかけに、勢いよく盾に頭を振る冒険者2人。

 光のなかった道に手を差し伸べてくれたアデラルに、この冒険者2人はどう思うだろうか。敬意、信頼、恭敬、様々な感情――負の感情以外全ての感情を向けるだろう。


「確かにそうだな。すまなかった。余の判断が間違っていた」


 やっと冷静さを取り戻した王は深々と頭を下げ、謝罪の言葉を冒険者に並べる。

 冒険者は冒険者で『ホントそうっすよ〜』的な、まるで友人かのような言葉を返すことなど出来るはずもなく、


「いえ!絶対に探してみせます!」

「今度こそ、この命に変えてでも第一王女様を見つけ出します!」


 と、騎士団の人たちに離された瞬間、またもや絨毯に擦り付けるぐらい深々と頭を下げる。


「うむ。それでは、捜索依頼書を出すために話を聞かせてもらおう」


 アデラルと共に階段を登り、王座に座り直した王は支配人を呼び、短い言葉で「書き写せ」と命令する。

 すると、命令された支配人は少し離れた所にいるまた別の支配人になにか合図を出し、筆ペンと紙がある椅子に座らせる。


「まず、何人を相手にしたのだ?」

「1人です」

「……真か?」

「はい。まるで化け物のような力を持っており、手も足も出ませんでした」

「そうか」


 俄に信じがたい言葉に眉を顰める王だが、こうして腕を亡くしたのだから信じざる負えなかった。


「次に、そいつはどのような攻撃をしてきたのだ」

「魔法です」


 交互に王の質問に答える冒険者に、王は更に眉を顰める。だが、それは王だけではなく、周りの騎士団、王の隣りにいるアデラルも眉を潜めていた。

 理由は明確だ。腕を切り落とすほどの魔法技術、そして複数を相手にして勝てるほどの魔法使いなど、王の知る限り2人しかいないのだから。


「魔女にやられたのか?」

「いえ、魔女ではありません」

「……ならば、金髪の女にやられたか?:

「髪型は見えませんでしたが、声は女のものではありません」


 だが、王の知る人物の2人が犯人ではないと確定してしまった。

 頭を掻き、怪訝そうに首を傾げる王は「これは厄介なことになるな」とぼやく。


「お父様。これは全王国に発信する必要があるかと」

「分かっておる。もしかしたら魔王の復活があるかもしれん」


 王がそのような言葉を紡いだ途端、周りにいる全ての人がざわめき出す。

 それもそのはずだ。魔王というのはすべての国を滅ぼしかけ、人類に希望を失わせるほどの力を持っていたのだから。その歴史は今生まれてくる子供ですら知っているほどに語り継がれる大事件となっているのだから。


「お、お父様。それは流石に断言するのは早すぎかと……。たった数十名を1人で倒しただけですよ?」

「その油断があの悲劇を呼び起こしたのだ。もし違うのならそれでいいが、魔王だった場合はどうするのだ」

「それは……」


 ここで戦力を増やさなかった場合、魔王がこの国に来たら滅ぶ。それは他の王国でもそうだ。だが、ここで戦力を増やした場合、魔王に太刀打ちできるし、魔王が来なかったとしても、魔物と戦う戦力が大幅に増える。

 その事に気がついたアデラルは思わず黙り込んでしまう。


「まぁこのことはまた後にしよう。とにかく今は愛娘のことだ。愛娘を見つけた者には白金貨100枚だ!」

「お父様……それはいくらなんでも……」

「いや!これぐらい必要だ!愛娘には他の王国との婚約もあるのだからな」


 先のことを見定めたらこれぐらいの報酬が必要だと思ったのだろう。

 愛娘のことになると冷静な判断が出来ない王は支配人に「書け」と命令する。


「あまり王国のお金を使わないでくださいね……」

「分かっとる。それで最後の質問だ。そいつの見た目を教えてくれ」

「黒い服面を被った、男の子供です」

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