第22話  あーあ。言っちゃった

 母さんの体が治って数週間。母さんの体には異常はなく、治癒は成功したと言えるだろう。赤血球が壊れて眼球が黄色くなる症状だとかふらつくだとかの症状は見られないしな。

 念のため体のことを考えて外に出るなと言うと、案外素直に俺のお願いを聞いてくれて本当にこの約2週間ぐらいは外に出ていない。そのおかげもあり俺が悪魔と呼ばれていることを耳にすることはなかった。今の今までは、の話だが。


「ねね、サーシャさん。こっち来て」


 俺が家を出て間もなくし、どこから現れたのか窓から顔を覗かせるガキ――タロクは母さんの名前を読んでいる。確か前までは母さんのことをルカ君ママとかで呼んでいたはずなんだけどな。

 なんてことを考えながら忘れ物を取りに帰ってきた俺はガキに見つからないように隠れた。なぜ隠れたかって?そりゃー絶対このあと面白い展開があるからだろ。


「タロクくん?どうしたの?」

「お家に入ってもいい?」

「大丈夫だよ?リージアと喧嘩でもしたの?」

「ううん。サーシャさんとお話したいだけ」


 周りをキョロキョロと警戒しながらどストレートに言うなこのガキ。てか絶対俺のこと警戒してるだろ。俺は知ってるぞ?かなり前から俺の居ない時間を見計らうために偵察しに来ていたことを。でも残念だったなガキ。今日は俺のミスでSランクになった冒険者カードを家に忘れたんだよ。


 あ、そういえばSランクで思い出したけど、母さんにはまだSランクになったことを報告していない。理由としては、俺がSランクになったことを報告した途端ギルドに文句を言いに行きそうだからだ。どうやら母さんは俺が転生した人だということを認識してもなお、自分の息子には変わりないということで過保護をやめない。ポジティブに言えば非常に良い親だな。ネガティブに言えば俺の行動を制限するダメ親だけどな。


「私とお話?ならお茶とお菓子でも出そうか?」

「お菓子!?やった」

「私の手作りお菓子だからいっぱい食べてね〜」

「うん!」


 初戦はガキというわけだな!たかがお菓子ごときでテンションを変えやがって!さっきまでのテンションは明らかにシリアスだっただろ。おめーも俺と同じでシリアスパートは苦手なようだな。ここだけは唯一このガキと分かり合えるところかもしれないな。なんてことを思っていると、スキップでもするかのようにウキウキのガキは母さんによって開けられた扉を潜り、いつも俺がご飯を食べている席に座った。

 当然ここからでは二人の姿は見えないので先程までガキが居た扉の前へと移動し、窓が閉められていないことに無用心だなと思いつつも盗み聞きする。


「今日のお菓子はクッキーだよ〜。ルカが好きだから作ったけど、今日はタロクくんが全部食べていいからね〜」

「うん!全部食べる!」


 何だこのクソガキ。俺のために愛情込めて母さんが作ってくれたクッキーだぞ?俺のために、作ってくれたクッキーだ。母さんが言ったとはいえ、なぜ貴様が全て食べるんだ。母さんが俺のために作ったクッキーだぞ?窓から出てくるクッキーの甘い匂いを嗅ぎながらもガキへの恨みは募る。


「元気が良くていいわね」

「でしょ!」

「うんうん」


 別に悲しそうな目はしていないが、母さんが言わんとすることは何となく分かる。転生もしてなく、普通のこどもならこんな風に育ったんだろうな、的なことを少なからず思っているのだろう。だが、それを一ミリも表情に出していないのは俺のことを1人の息子としてみているからだ。うーん、良い家系に生まれたな俺は。父さんを除いては。


「そういえばタロクくん?私になにかお話があったんじゃないの?」


 無言でバクバククッキーを食べるガキを前に母さんは微笑ましそうに口を開いた。すると、今の今まですっかり忘れていたのか「あ、そうだった」と口の中にまだ食べ物があるのにも関わらず口を開く。ガキとはいえ、食べ物が口の中に合う状態で喋るのは好感度だだ下がりだな。

 お茶で口の中に入っていたクッキーたちを流し込んだガキは、窓での会話のようにどストレートに言葉を放った。


「ルカ君は、危険だから一緒に逃げよ?」

「「え?」」


 思わず俺も母さんと一緒に呆けた言葉が漏れてしまう。いやだって、え?いやまぁあの現場を見ていたら危険だって思うのも無理はないとは思うが、それをその人物の母親に言うか?母さんのことが好き故に逃げようと提案したのかも知れない。が、それはちょっと立ち回りとしては良くないんじゃないかー?


「え……っと?ルカが危険と言うのは?」


 少し戸惑い気味の母さんは冷静を装いながらガキに言葉を返す。


「ルカ君と一緒に居たらサーシャさんも死んじゃう。あの男の人みたいに」

「なんで、そう言い切れるのかな?」

「だって僕と5歳のルカ君が1人であの男の人をやっつけることなんて無理だよ」

「でも実際にルカは倒したよ?」

「それは悪魔に取り憑かれてたから!ルカ君が悪魔だからやっつけれたの!」


 あーらら。君が言っちゃうのねその言葉。リージアさんに止められなかったのかー?てかリージアさんに教えてもらってないのかー?『ルカ君は悪い子じゃないよ』みたいなことをさ。

 ガキはそこまで言い切るとクッキーを全部食べることなく席を立ち、母さんのもとに駆け寄って「ルカ君が帰ってくる前に!」と言いながら手を引っ張ろうとする。まぁそのルカ君はもう帰ってきてるのだけど、それよりも母さんがどれぐらい怒るのか心配だなぁ。若干ガキがどんな風に叱られるのかワクワクしている俺は性格が悪いのだろう。窓から目だけを出して2人の様子をじっと見る。


「タロクくん?あなたはまだ子供だからわからないと思うけど、ルカはちゃんとした子供よ?悪魔なんかに取り憑かれていないし、あの子が悪魔なわけがないわ」

「だって村のみんなが言ってるんだよ!お母さんは何も分かっていないからそんなことないって言ってるけど、村のみんなが言ってるんだ!だから一緒に逃げよ!僕が守るから!」

「タロクくんよりも私のほうが強いから守るのは私。あと、村の人みんなが言ってるの?」

「言ってる!」

「そっか」


 あーらららら。村のみんなどんまい。お母さん怒っちゃったよ。多分だけど、村のみんなをボコボコにしたあと引っ越すだろうから今日中に荷物の準備でもしておこうかな。なんてことを考えていると、子供相手だから怒りを抑える母さんは堪忍袋が切れたのか笑みを浮かべながらもガキに強い言葉を並べる。


「ありがとうね。色々情報を与えてくれて。でもね、人のことをちゃんと見れない人は嫌いなの。子供であろうがお年寄りであろうが。それがタロクくんでも一緒。ちゃんとルカのことを見れていないあなたは嫌い。周りの言葉に流されてそうなんだって思い込んで勝手に行動する。そんな子は大っ嫌い。ルカにちゃんと謝るまでタロクくんとは話さないからね。今すぐ出て行って頂戴」


 こーりゃガキのメンタルひびだらけなんじゃねーか?大好きな人に大っっ嫌いと言われたら泣くだろ。それも初恋だろ?正義感溢れる行いをやったと思ったら実は悪の方だったっていうオチは幾つか見たことあるけど、この年でそれをやってるやつは見なかったな。


「ほら、出て行って」


 ガキの手を振り払った母さんは押し出すように玄関へと連れて行く。なんで?と言いたいのかガキは目を丸くして、涙が滲み出ている。まぁまだ子供だから中身まで見るということは難しいとは思うが、これも1つの経験だと思って成長してくれ。今だけはおめーに同情するぞ。

 ガキがなにか言葉を言う前に扉を閉めた母さんはまた椅子に座り直し、頬杖をついて「はぁ……」とデカデカとため息を吐いていた。ガキに会いに行くか母さんに会いに行くか、頭の中で選択肢が現れたがこの選択肢を間違えるわけがない。ガキに会いに行くという選択肢を取るわけがなかろう。

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