第32話 魔人との対峙 後編

「さぁ、頼みましたよアイちゃん、ヨスルさん」


「任せなさい!」


「承知!」



 アイちゃんとヨスルさんが左右に展開し、私達は三方からアグネスを取り囲むような陣形を組みます。万が一にも逃げられるわけにはいきませんから、私もいざとなれば文字通り身を挺して防ぐとしましょう。



「あらあら、ようやく作戦会議は終わりましたの?」


「今に見てなさいよ、私の相棒が吠え面かかせてやるんだから」



 ちょっとアイちゃん、私にヘイトが向きかねない発言は勘弁してください。この詠唱は間違えるわけにはいかないのですから。



「あの魔術師が?確かに使える魔法は多いようですけど、どれも搦め手ばかり。その様子だと、高威力の魔法は使えないのではなくて?」



 ほら、私なんて簡単に分析されています。

 近接職はアイちゃんのように、向こうの世界での技術をある程度生かすこともできますが、魔術職は残念ながらそうはいきません。

 なんせ使える魔法はレベルとINTインテリジェンスに依存しており、ましてや向こうの世界に魔法なんて技術は存在していませんからね。


 強いて言えば滑舌がそれに当てはまるのかもしれませんが、近接のそれと比べるとあまりに強化幅が小さすぎます。

 それでも、活かせるものはある。



「はああ!!」


「行くぞ!」


「無駄だと言っているでしょう!『ヴォーテックスバリア』!」



 確かに彼女の『ヴォ―テックスバリア』は物理攻撃に対して無敵と言っていい。少なくともヨスルさんほどの人物でも突破するには至っていません。

 ですが、魔法攻撃は問題なく通る。つまりあのバリアは、魔法に対して耐性がありません。そこに、弱点はある。



「『』」



 魔法が通用するなら、魔法で無効化してしまえば良いんです。



「わ、私のバリアが!?」


「くらいなさい!」


「覚悟!」



 きっとアグネスはあれ以外にも防御手段がある。だからこそ、何度も攻撃して無駄なことをしていると彼女に印象付け、その上で対処が間に合わない攻撃のギリギリのタイミングを見計らって発動しました。


 即席で創ったオリジナルのアンチ魔法。

 失敗が許されないタイミングではありましたが、無事に無力化することができたようです。



「ぐう……!」


「流石に一撃とはいかんか……!」



 確かにヨスルさんの言う通りこれで終わりとはいきませんでしたが、今までにないくらいアグネスが狼狽えているのが見て取れます。



「に、人間ごときが私の魔法を無力化ですって!?」


「助かりましたよ、あなたが色々な魔法を見せてくれるお陰で、解読も楽に進みました」



 解読を進めているうちに分かったのは、魔人が扱う魔法は人が使う魔法と詠唱句スペルワードが異なっていること。そして、魔人が扱う詠唱句スペルワードは人が扱うそれに比べ、非常に法則性が簡易的であるということ。


 これが逆の立場であれば、私はもっと様々な魔法を扱うことができたのですが……残念ながら、恐らく私が同じ詠唱句スペルワードを用いたとしても発動することはないのでしょうね。



「にわかには信じがたいが、まさか本当にこの場で新たな魔法を創造してしまうとは……」


「私の相棒は天才なんだから」



 私としては、格上相手にあそこまで善戦できているアイちゃんの方が余程天才だと思いますけどね。



「お二人とも、気を緩めるのはもう少し後にしてください。まだ戦いは終わっていません」



 そう。むしろ本番はここからと言ってもいい。私が『ヴォーテックスバリア』を無力化した以上、彼女が取る選択は二つ。



「ふ、ふふふ……あはは」



 別の魔法を使って防御手段を確保するか、



「良いでしょう!愚かな人間共!生物としての圧倒的な格の違いを、分からせて差し上げますわ!」



 こちらに攻撃の隙を与えないほどに攻め続けるか。周囲の空気がより一層熱くなった気がします。



「きます!」


「食事の時間ですわ!『フレイムサーペント』!」


「SYAAAAAAAA!!」


「なんと威圧的な……!」



 アグネスが魔法で生み出したのは、炎で形作られた海竜。

 何だか矛盾している気がしなくもないですが、周囲の瓦礫をドロドロに溶かしながらこちらに向かってくるその威圧感の前には、そんなことを気にしている余裕はありません。



「あれ、何か対策あったりしない!?」


「ないに決まっているでしょう!私達なんか一瞬で溶かされますよ!」


「幸いなことに避難は完了している。ひとまず時間を稼ぐぞ!」



 私達はそれぞれが散り散りになって炎海竜から距離を取ります。

 刀で斬ったりできれば何とかなるのかもしれませんが、流石にアイちゃんごと刀が溶かされる未来が見え見えです。



「ふん!!」


「くっ、あんた……!」


「舐めないでくださいます?そもそも私と虫けらではステータスが違い過ぎます。私があなた達の攻撃を防いでいたのはただの気まぐれ。本来は防ぐ必要もありません」



 彼女はその言葉が真実であることを示すかのように、アイちゃんに素手で襲いかかります。一見するとアイちゃん優勢にも見えますが、アイちゃんは刀を使っているのに対しアグネスは素手、それに恐らく彼女は魔術師タイプのステータス。


 そんな二人が表面上対等に戦っているだけでも、我々と彼女の差を如実に示しています。



「どこにこんな力が!」


「言ったでしょう、元々のステータスが違うと!STRストリングスVITバイタリティAGIアジリティも、魔人である私に勝てる道理はないのですよ!」


「アイシス君!」


「邪魔をしないでくださいまし、サーペント!」


「!?」



 助けに入ろうとしたヨスルさんの行く手を、フレイムサーペントが阻みます。

 あそこまで使用者の命令を忠実に実行するとなると、あの魔法自体にある程度の知能が備わっているのでしょうか。



「HUSYUUUUU……!」


「いけませんヨスルさん、まともぶつかれば即死します!」


「だがそれではアイシス君が……!」


「あは、あははははは!」



 アグネスの勢いが徐々に増していき、アイちゃんが次第に劣勢になっていくのが分かります。


 何かしらで助太刀しなければ、アイちゃんが落ちれば私達に勝利はあり得ません。私が魔法で援護を……。



(ダメです、今の二人に介入なんて出来るわけがない)



 私のステータスでは、二人のことを目で追うのがやっとの状態です。魔法を使っても下手をすれば誤爆してしまいます。

 仮にアグネスに当てられたとしても、大したダメージにはならないでしょう。リスクとリターンが釣り合っていません。



「サフィリア君!!」


「!!」


「SYAAAAA!!」



 考え事をしている間に、ヨスルさんの警戒を抜けたフレイムサーペントがこちらに這い寄ってきます。二人の状況観察に執着するあまり、こちらが狙われる可能性を失念していました。



「HUSYUU」


「……なるほど、アグネスの入れ知恵ですか」



 私の周囲はいつの間にか熱に溶かされ、ドロドロに溶かされた瓦礫に囲まれていました。これでは逃げようがありません。フレイムサーペントが少しずつ近づいてくるにつれ、私の肌が焼かれていくのを感じます。



「あっづ!」


「SYAAAAA!!」


「サフィ!!」


「お仲間を気にしている余裕はありませんわよ!」



 フレイムサーペントが私の身体を丸ごと溶かそうと、何かが爛れたような口を大きく開きます。


 私がここで死ねば、こちら側は『ヴォ―テックスバリア』に対する回答を失います。そんな状況になってしまえば、こちら側に勝てる術はありません。ただでさえ悲観的な状況が、絶望に変わってしまいます。



 何か、何か手は……!




「────苦戦しているようだな、サフィリア殿」







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