グラドマギス・ワールド~ゲーム世界で最強のお助けキャラに転生したので、旅の先々で出会うプレイヤーに助太刀します~

阿斗 胡粉

プロローグ

「範囲攻撃、カウント三秒!タンクは結界スキルを使え!」


「僧侶はエリアヒールを準備してくれ!」


「了解!アタッカーは距離を取って被ダメを抑えて、間違っても瀕死まで持っていかれないでよ!」


「「応!!」」



 目の前の骸骨騎士、ハイスケルトンジェネラルの瞳──骸骨なので瞳はないが──がキラリと光ったかと思うと、手にしていた直剣が赤黒く光り輝き、斬撃が洞窟にいる全ての人間に襲い掛かる。



「ぐうぅ……!」


「『エリアヒール』!!」


「あっぶねぇ、助かった!ホントコイツ火力高すぎだろ!」


「どっちかというと私達が弱すぎなんだけどね!!」



 ハイスケルトンジェネラルに相対している人間の数は総勢で16人、誰もが既に満身創痍の状態で、戦いが長く続かないことは誰の目にも明らかだ。



「アタッカーは戦線復帰準備!疲労行動後は攻撃が激化する代わりに防御は手薄になる、その間に決めるよ!」


「分かった、次で絶対に決めてやる!!」


「時間的にもギリギリだしな!やれるだけやってやるよ!」



 ハイスケルトンジェネラルの振り下ろしに対し、タンクは大盾を前に出してその一撃を防ぐ。

 だがそのあまりに強烈な一撃は盾を容易く叩き割り、そのまま攻撃を喰らったタンクのHPゲージは黒く染まってしまった。



「っな!?」


「くっ……ぼけっとしてんじゃねえ!やれええええ!!」


「ああああああ!!」


「おおおおお!!」



 硬直したハイスケルトンジェネラルに襲いかかる、怒涛の攻撃。

 ハイスケルトンジェネラルは人間達の四倍近いHPゲージをみるみる減らしていくが、倒しきるにはまだ足りない。



「これでもまだ足りないってのかよ!?」


「まだだ!」



 そこであたりに靡く一陣の風。装備や風貌は大差ないもの、立ち仕草や構えが他とは大きく異なるその少年は、タンクが命がけで防いだハイスケルトンジェネラルの攻撃を剣一本で防ぐ。



「コイツの攻撃は俺が全ていなす!皆は横から叩いてくれ!」


「範囲攻撃はどうすんだ!?」


「来ないことを祈るしかないだろ!どの道もう再挑戦は無理だ!」


「ああ、やるしかねぇ!」


「『ハイヒール』!!回復は全部キョウマに集中させる、でももう『ハイヒール』のMPは残ってないからね!!」


「ああ、『ヒール』を連打しといてくれれば十分だ!」



 ハイスケルトンジェネラルの猛攻を、確実に防ぐキョウマと呼ばれた少年。だが圧倒的なステータスの差が、完璧な防御を嘲笑するかのようにHPを削り取る。

 他の人間達も負けじと攻撃を加え続けるが、一人、また一人とその数を減らしてく。



「まずい!範囲攻撃だ!」


「撃たれる前に削り切れええええ!」


「「うおおおおおお!!」」



 ハイスケルトンジェネラルの瞳がもう一度光を帯びた時、空間の光がその瞳に吸い込まれるかのように、世界は暗転した──。






♢ ♢ ♢






「くっそ~!今回も無理だったか~!」



 アイマスク型のコンソールを取り外した宵崎叶馬よいさききょうまは、その足でパソコンの前に座り、チャットアプリを立ち上げる。

 その場所には既に、多くの人が参加していた。



キョウマ

『すみませんレンヤさん、今回も無理でした』


レンヤ

『あちゃー……まぁ、しゃあないわな。あそこまで辿り着けただけでも頑張った方だろ』


クヌギ

『ダンジョンからして明らかにベータ版じゃ攻略不可能な難易度でしたからね。せめてもう少し人を集められれば……』


餓狼

『それこそ接続数が限られてるベータじゃ無理な話だ、また製品版でリベンジするしかない』



 俺達が先ほどまで遊んでいたのは『グラドマギス・ワールド』、先月突然発表されたVRMMORPGで、その精巧なグラフィックや事前に紹介されたシステムから、多くのゲーマーが発売を心待ちにしているゲームだ。


 運よくベータテストに当選した俺は同じような仲間を募り、ベータ版で解放されている最高難易度のダンジョンに挑んだ。最後に戦っていたハイスケルトンジェネラルは、そのダンジョンの最奥で待ち受けていたボスモンスターだった。



クヌギ

『いかれた難易度してましたからねぇ……製品版じゃ修正されるかもしれません』


タンメン

『俺はあの強さのジェネラルを倒したい。弱体化したやつを倒しても興ざめだ』


キョウマ

『同感です。あと一日あれば確実に討伐できたでしょうし』


なっち

『討伐報酬だけでも知りたかった……やっぱあの黒い直剣かな?』


八雲

『あれは骨将軍のスキルじゃない?剣だと後衛職使い道ないでしょ』



 時刻は午前二時、明日(今日)は平日なので、多くの人間は流石に眠らなければいけない時間だが、皆興奮冷めやらぬ様子。

 今ここにいるのは、ベータテストに合格し、その中でもゲーム攻略に重きを置いてきた者達。有り体に言ってしまえば廃人の集まり。そのようになってしまうのも不自然なことではない。



アカシア

『すいません、明日仕事なので自分はこれで。フィードバックって週末まででしたよね?』


なっち

『ですです。私も落ちますね~』


レンヤ

『皆お疲れさん。フィードバックは俺も書かねぇと。ああいう文章書くのなんか苦手なんだよな』


キョウマ

『分かります。雨の不快感だけはどうにかしてほしいから頑張りますけどね』


八雲

『それすっごく分かる!リアル感を演出したいのは分かるけど、微妙に違うから不快指数上がってるんだよな~』


餓狼

『布装備の重量パラメータが上昇するのは面白い仕様だと思うが、感覚としての不快度まで上げられてるのはきつい。これのせいで布装備のtierが下がるまであるぞ』



 皆思い思いの感想を口にし、それに共感したり、もしくは反論したり。こういったゲームを通したそれ以外の空間も、俺がゲームを好む理由の一つだ。


 VRMMO、特に『グラドマギス・ワールド』は技術でプレイ時間を誤魔化せる部分も多かったため、学校と家業で時間が取れない俺にとっては救世主みたいなゲームだった。発売後もしばらく熱中することになるだろうな。


 熱が入り過ぎて少々カオス気味なチャット欄を眺めながら苦笑いを浮かべていると、部屋の外の廊下から足音が聞こえてくる。それを聞いた俺は、急いでキーボードを叩いた。



キョウマ

『自分もそろそろ落ちます。今日はお疲れ様でした』


レンヤ

『お疲れ、また製品版で組もう』


クヌギ

『お疲れ様。確か学生さんなんだっけ?遅刻はダメだよ』


八雲

『うんうん、クヌギさんは良いこと言いますね~』


キョウマ

『遅刻魔の八雲だけには言われたくないな。それではみなさん、おやすみなさい』



 そう書き込んでパソコンを閉じると、それとほぼ同じタイミングで部屋の扉が勢いよく開けられた。



「叶馬……またこんな時間まで起きていたのか」


「それに関しては言い訳のしようがないけど、ノックもせずに年頃の息子の部屋を開ける父さんもどうかと思うよ」



 扉を開けたのは宵崎真馬しんま。俺の父親で、武士の時代から続く刀の家系である宵崎家の現当主に当たる人だ。

 古臭い風習が現代まで色々と残っている宵崎家だが、この父親はそんな宵崎家を具現化したような人物だったりする。



「『常に己を律し、無為の境地に至るべし』……よもや、宵崎に伝わる主の言葉を忘れたのではないだろうな」


「忘れてないよ。その証拠に、学校も稽古も一度もさぼったことは無いはずだけど?」


「ただ参加すれば良いというわけではない、万全に状態で臨んでこそ稽古には意味がある。何度言わせれば分かるんだ!」



 父の言葉は間違っていない。その稽古というのが、強制的に参加させられているものだということを除いて考えればの話だが。



「お前は次期当主になる男、上に立つ者がそんな調子では下の者に示しが付かない」


「……なら俺は当主になんかならない、組織のために自分を殺すなんてまっぴらごめんだ。龍馬の方がそういうのは似合ってるだろ」



 剣に毎日向き合い、ただひたすらに振っていた幼少期。

 それがとても空虚な日々だったということに気付いてしまってから、俺と父の関係は修復が難しいレベルにまで亀裂が走ってしまった。



「大学……いや、高校を卒業したら俺は家を出るつもりだ。俺を当主にするのは諦めてくれ」


「……好きにしろっ!」



 好きにしろと言われたが、これで稽古をさぼったらまたグチグチと言われるからなぁ……母との約束があるのでそんなことはしないが。

 俺と親父にあるのは価値観の違いであって、どちらが良いとか悪いとか、そういう類の話ではない。


 今まで育ててもらった恩は当然感じている。

 だからと言って、家業を継がされるのは絶対に御免だ。



「さて、流石に寝ますかね」



 今回のベータ版で特に問題が見つからなければ、『グラドマギス・ワールド』の製品版の発売まではおよそ一か月。

 それまでは……発売後に多くの時間を使えるよう、授業内容の先取りでもしておくか。






♢ ♢ ♢






「叶馬、おっはよう!」


「おはよう八雲、今日は珍しく時間通りだな」



 翌日。

 家の前には、昨日のパーティーでヒーラーをしていた八雲奏の姿があった。

 実は八雲とはリアルでも知り合いというか、同じ高校に通うクラスメイトだったりする。


 昨日のパーティーにいたことからも分かる通り、コイツは生粋のゲーマーだ。昼休みにスマホを確認して二人ともベータテストに当選していた時は、場所を忘れて二人仲良く喜びの声をあげてしまった



「あっはは~……実は昨日、あれからずっとチャットの熱が収まらなくてさ」


「……まさか寝てない?」


「その通り!」



 その通りじゃねぇ。道理で朝からテンションがバカみたいに高いわけだ。



「ダイジョブダイジョブ、今日は国語と化学と政経が寝れるから」


「もう家で寝とけよお前は」



 これでも彼女は赤点どころか学年トップに近い成績を収めているので、教師陣もあまり強くは言えないらしい。

 成績関係なく怒る教師の時にはちゃんと起きているので、俺とは違って要領が良いタイプなんだろう。


 家が近所なコイツとは朝に待ち合わせて学校に行く仲だが、七割方八雲が遅れるので一人で登校する日も多い。遅れる理由は勿論夜更かしゲームだ。もはや清々しい。



「それにしても、昨日は残念だったね……」


「レンヤさんも言ってたが、あのダンジョンの最奥までひと月でたどり着けただけ十分だろ。ベータ期間じゃどう考えても無理だったよ、アイツは」



 ベータテストの期間は昨日、正確に言えば今日の午前二時まで。家に帰ってソフトを起動しても、あの世界にログインすることはできない。



「たった一か月だったけどさ~、高校生活で一番充実してたよ!」


「華のJKがそれで良いのか」



 とはいえ、俺も同意見ではある。


 VRMMOというゲームジャンルは、バーチャルリアリティーという技術が確立されてから、多くのヘビーゲーマー達に望まれてきたジャンルだ。


 しかしいざそれが開発されても、VRで再現できるのはあくまで視覚情報だけ。その他の感覚を再現することは出来ず、多くの期待は落胆へと裏返ることになる。

 こんな事情から大企業がVRMMO事業から撤退し、ベンチャー企業が挑戦して撃沈、という行為を繰り返していくうちに、いつしかこのジャンルは不可侵領域となってしまった。


 そこに踏み入れたのが、『グラドマギス・ワールド』、通称グラマギだ。

 突如としてゲーム業界に参入し、行き詰っていたVRMMOの問題点をほぼ全て克服した『グラドマギス・ワールド』をきっかけに、制作会社は一躍時の人ならぬ時の会社となっている。



「あの後みんなで骨将軍対策を話してたんだけどさー……やっぱり肝は近接アタッカーの範囲攻撃対策だと思うんだよね~」


「あれはタンクでも防ぎようが無かったしな、レベルが上がれば対処できるスキルも取得できたかもしれないが」


「う~ん、出来たとしてもMP消費が激しいとかで連発できない使用だと思う。そうしないとアタッカーはどの敵に対しても攻撃極振りのビルドが最適解になっちゃうもん」



 そんな風にゲーム談義に花を咲かせながら通学していると、やがて人通りの多い地域までやってくる。小学校の通学路にもなっているので、この時間帯はより一層人の数が多い。



「お、おいアレ!」


「お嬢ちゃん、早く逃げろ!!」



 誰かの差し迫ったような声が、突如として俺の耳に届く。

 男の視線の先には、一匹の黒猫とその猫を抱えようとする一人のランドセルを背負った女の子。それだけならただの微笑ましい光景だが、問題は彼女達の居る場所が横断歩道の真ん中だということ。そしてそこに大型のトラックが迫っているということ。


 トラックの運転手は小さな姿が見えていないのか、スピードを緩める様子がない……いや、気付いていないにしてもあれは何か変だ。人通りの多い場所で出して良いスピードじゃない。

 トラックに気が付いた女の子も慌てて黒猫を抱えたまま逃げようとするが、焦りのせいか足をもつれさせて転んでしまう。



「くそっ!!」


「ちょ、叶馬!?」



 考えるより先に、体が動いていた。


 鞄を地面に落とし、全速力で女の子の下まで辿り着いた俺は、首元を掴んで力のままに黒猫とランドセル諸共女の子を投げ飛ばした。



(ハハッ……嫌々やってた剣道も、子供一人助けられるくらいの成果はあったらしい)



 俺がただのゲーマーだったならば、例え子供であっても人を投げるなんて行為は不可能だっただろうから。


 女の子が地面を滑ると同時に、俺の全身を凄まじい衝撃が襲う。どうやら今度は俺の体が宙を舞う番らしい。そのまま数回バウンドした後、俺の体は地面に着地する。



(ああくそっ……グラマギが俺を待っているっていうのに……)



 こんな時に思いつくことがそれか、と内心で苦笑いを浮かべていると、誰かが駆け寄って来る足音が聞こえてくる。



「叶馬、叶馬!しっかりしてよ叶馬!」


「………ああ」



 八雲か。その後ろには俺を見てすすり泣く女の子の姿も見える。良かった、怪我はしているが、命に別状はなさそうだ。



「にゃ?」


「やめろ猫助……俺は猫アレ…ギーだ……」



 そんな情けないセリフが、宵崎叶馬の最期の言葉だった。






♢ ♢ ♢





ここで宵崎叶馬の人生は終わりを迎える。


だがしかし、この人生は終わらない。

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