第27話 王都動乱
「どうした!?」
「ぜ、前方で爆発があったようです!いかがいたしますか?」
「……お前は馬を走らせて避難誘導用の人を呼んで来い、私はこのまま様子を見に行く」
流石は軍事用として調教された馬というべきか、爆発の瞬間こそ取り乱していた馬はすっかり落ち着きを取り戻した様子で騎士を乗せると、瞬く間に視界の向こうに消える。
そしてメリッサは俺達に何も言わないまま、馬車から降りて爆発があった方向へと向かっていく。
「私達も行くわよ!」
「え、ええ!」
アイシスとサフィリアの二人も、ほとんどメリッサの後に続くような形で馬車を下りる。とはいえ圧倒的なステータス差のせいで、下りる頃には既にメリッサの姿は消えていた。
「サフィ、急いで。先に行くわよ」
「ちょ、無茶言わないでください。私は魔法職です、
「……少し、失礼するぞ」
移動速度にAGIが影響する一番のデメリットはこれだろう。パーティーで足並みを揃えるのが難しくなる。ステ振りが極端になりがちな序盤なら尚更だ。
事態の緊急性を重く受け止め、サフィリアを置いていくアイシスを見た俺はサフィリアの脇から腕を通すと、そのままお姫様抱っこの要領で横抱きにする。
「俺が連れて行こう」
「……そういうのは抱き上げる前に言ってもらっても?まぁ、お願いはしますけど」
確かに、順序が逆だったか。
NPCにハラスメント警告が出るかは知らないが、次からは気を付けよう。
了承も貰ったので俺も走り出すが、混乱していち早く爆心地から離れようとする貴族やその雇われ達とは反対方向に進まなければならないため、ただまっすぐに進むだけではすぐに人混みの中にもまれてしまう。
「舌を噛まぬようにな」
「ひゃ────」
地面を蹴り軽く跳躍すると、ウォールランの要領で壁伝いに進んでいく。
それ専用の疾走スキルもあるが、ある程度のAGIがあればスキルなしでも同じことが行える。
(それにしても、一体何があったんだ?)
国王のお膝元である王都で、それも警備が厳重な場所での爆発など、相当な重大事件であることは間違いないだろう。少なくともハイトが生きて来た十数年間の間に、そんな事件は存在していない。
まだ土埃の舞っているその場所は、どうやらどこかの貴族邸らしい。その被害は凄まじく、周囲の屋敷にまで及んでいた。
これは原因となった貴族家は面倒なことになりそうだ、と若干的外れな感想を抱いてしまった。
「───む」
「ここまでリアルに死を感じたのは初めてですよ……これは、剣戟の音でしょうか?」
サフィリアを下ろしながら周囲を注視してみると、爆心地の中心付近で剣がぶつかり音が聞こえる。
ぶつかり合う音のスピード感からして、両者ともに実力者なのだろうことが窺える。
「サフィ!」
「アイちゃん、状況は?」
あまりにも早いサフィリアの到着に驚いた様子のアイシスは、サフィリアの言葉を聞いて土埃の中を指さす。
「あそこでメリッサと誰かが戦ってるみたい。私も割り込もうとしたんだけど、相手の姿が見えないからタイミングが分からなくて……」
「慎重に動いた方が良い。メリッサ殿なら心配ないと思っていたが、相手もかなりの手練れだ────アイシス殿!」
「サフィ!」
「へ?」
ボフンッ、という音ともに土埃の塊に穴が空いたかと思うと、そこから白銀色の何かがこちらに飛びだしてくる。
アイシスがサフィリアの手を引いて後ろに下がったのを確認した俺は、その何かに負担がかからないよう、勢いを殺しながら優しく受け止める。
「大丈夫か」
「……ハイト殿か?」
恐らく相手に吹き飛ばされたのだろう。メリッサの鎧には至る所に切り傷が付けられており、俺の手を握り返す左手は赤く染まっていた。
「……誰だ」
複数の気配は感じない、恐らく相手は一人。
にもかかわらず、王国最高峰の実力を持つ彼女がここまで痛手を負うなど、尋常な事態ではない。
「……懐かしい声が、聞こえるな」
「何故、あなたがこんなことを……!」
メリッサのどこか悲しそうな声が、空虚なまでに鳴り響く。
「何故、と言ったか?それはこちらが聞きたいくらいだよ。何故、俺が君達を殺すことに理由を強いられるのかね」
土煙の中から、いや、土煙をどかすようにして現れたのは、紫色の肌を持った人型の生物。
悪魔を連想させる鋭利な羽をはためかせ、強靭な肉体が太陽に照らされるのを不快そうにしているその生物の名は、魔人と言う。
神話の時代、かつての邪神が生み出したと言われている、人類にとっての仇敵。
奴らはただ人類を滅ぼすことを
なるほど。確かに魔人であれば、これくらいの爆発を起こす程度のことは造作もないだろう。
単体であっても一国の軍に匹敵するその存在に、メリッサが後れを取ってしまうのも頷ける。
────だが、これだけは理解ができない。
「何故あなたが……あなたが、魔人になっているのですか、デュラム卿!」
「……その表現は適切ではないな。俺は魔人になったわけじゃない、初めから、魔人だったんだよ」
────魔人が、失踪していたガイロン・デュラムだという事実だけは。
「久しいな、ハイト・グラディウス。隠居暮らしはやめにしたのか?」
「……ああ、俺の目的は達したからな」
「はっ、憎きことを。お前がカノーファスを殺したせいで……いや、この言い方は相応しくないな。お前の存在が、どれだけ俺の計画を阻害したと思っているんだ」
「……騎士団に『
だとすれば、状態異常が効かない【剣聖】の存在はさぞかし邪魔だっただろう。
ガイロンはただ『
恐らくガイロンは、はその道に特化した魔人なのだろう。だからこそ人の中に潜り込み、内側から刃を突き刺すタイミングを窺っていた。
彼が騎士団を操ることにより、一体どんなことを企んでいたのか……今の俺に、それを想像するだけの余裕はない。
「その通りだ。私の術が効かなかったお前やサダルの目を掻い潜りながらゆっくりとな……サダルをカノーファスに
「……分からないな、なら何故何度も俺に戻れと命じた?」
「俺は魔人だぞ?人の憎悪を感じ取るなど造作もないこと。こちらがどれだけ語りかけたところで、お前の心が動かないのは分かっていた。再三お前に騎士の顔を見せていたのは、お前の憎しみが薄まらないようにするためだよ」
「……相変わらずいい趣味をしている」
俺は奴がどんな行動を起こしても対応できるよう、神経を張り巡らせてガイロンを観察する。
騎士時代、看破を使えば見えていたはずの奴のステータスは今見えていない。魔人としての真の姿を晒した今、実力はあの時以上だと考えておいた方が良い。
「だめだハイト殿、いくら貴方でも……!」
メリッサの懸念は正しい。
相手は単独で都市を滅ぼす力があると言われる魔人。
ガイロンは恐らくそんな魔人の中でも上位の存在だろう。
いくら剣聖とはいえ、何の準備もなしに挑んでいい相手ではない。それはガイロンに傷一つ付けることが出来ていないメリッサが証明している。
俺とメリッサが真っ向から戦えば流石に俺が強いだろうが、だからと言ってそこに圧倒的な差が存在しているわけではない。
「メリッサ殿は他の人間をここから遠ざけてくれ。悪いが周囲を気にしている余裕はない。公爵令嬢であるメリッサ殿であれば、みなをいち早く非難させることができるはずだ」
「ハイト殿!?」
「……ほう、この状況になってもなお目は死んでいないか。こんなことなら……いや、今は言うまい」
「………」
多大なる軽蔑と、ほんの少しの嘲りを織り交ぜたような表情の元王国騎士団団長、ガイロン・デュラム。
そんな相手に対して既に雌雄を決することを決めた俺は、心を無我に置くことに努めている。
カノーファス戦では自分が戦えるという歓喜のあまり昂ってしまったが、それは本来、宵崎の剣士として正しい姿ではない。
戦いに必要なのは”意思”であり、”感情”ではないのだから。
「そういえば、我ら二人は直接相まみえたことはなかったかな?」
「ああ、丁度良い機会だ。どちらが上か、はっきりさせようか」
【ワールドクエスト『王都動乱』が開始されました】
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