第28話 挑む者、救う者
「ハイト殿!」
「───おっと」
メリッサ殿から投げられたのは、一本の黄金色の剣。
薔薇の装飾が施されたその剣は、美術品としても十分な価値がある。
「全く、剣もなしに魔人に挑む人間がどこにいる!」
「助かる」
そういえば黒剣はディアンス家に返したばかりで、まだ新しい剣も用意できていなかった。
ただでさえ無謀な状況なのに、剣もなしでは時間稼ぎすら難しいだろう。
「礼を言わねばならぬのはこちらの方だ……ご武運を」
痛みに顔を顰めるような様子はあったものの、問題なく後ろへと下がっていくメリッサ。
そんな彼女と入れ替わるようにして、アイシスがこちらにやって来た。
「ハイト、私も」
「ダメだ」
「ちょ、なんでよ!」
アイシスも俺と同じく剣に生きる人間。
この世界に飛び込んできたのは、デュラムのような強敵に挑み研鑽を積むという目的もあるのだと思う。
故に、彼女はレベル以上の実力を有しているのだろう。だから、今回は参加を許可するわけにはいかない。
「アイシス殿では奴の『
「………」
「現状、俺を倒せるだけの実力を有したプレイヤーはアイシス殿だけだ。あなたがここで敵に回れば、俺の勝ち目がなくなる」
このゲームでは精神攻撃耐性といったステータスはなく、基本的に装備アイテムや職業スキルのパッシブ効果で対策するのが通例だ。
そしてアイシスはそのどちらも有していない。プレイヤーが『
今回は本当にギリギリの戦いになる、懸念事項は取り払っておくべきだ。
「大丈夫だ、勝算はある。それに今の俺にはこの街に未練があるわけでもないからな。いざとなれば、しっぽを巻いて逃げることにするさ」
「ははっ、元副団長から出るセリフとは思えんな!」
流石にこちらの話が終わるまで待つなんて親切なことはしてくれず、ガイロンは不快な音を立てながら背中の羽をしならせ、こちらに向かって瞬間移動の如き速度で肉薄してきた。
大振りな一撃を黄金剣で受け止めながら、俺はアイシスに叫ぶ。
「行け!一人でも多く、この世界の住人を助けるんだ!」
我ながらクサいセリフを吐いた自覚はある。だがハイト・グラディウスの性格を考えれば、これくらいは許容範囲だろう。
アイシスはプレイヤーだ、俺の言葉に耳を傾けるも無視するも自由。
だが俺には、彼女達ならその選択を取ってくれるだろうという信頼があった。
「……死なないでよね、絶対に!」
メリッサに肩を貸すアイシスを見届けた俺は、改めてガイロンと対峙する。
剣をぶつけて来たガイロンの
「……良かったのか?いくら実力が足りぬとはいえ、不死身の人形であれば壁の役割程度は果たせただろうに」
「生憎、俺は奴らを人形などとは思っていないのでな」
「ふん、相変わらずの博愛主義が」
確かに、この世界の住人と彼らプレイヤーを天秤にかけたとき、多少のペナルティを受ければこの世界に戻って来れるプレイヤーと、一度死ねば終わりの住人ではあまりに命の価値が異なる。
だがだからと言って、俺はその命を蔑ろにするつもりはない。それに、
「今回の事件、お前の単独行動とも限らんだろう」
ガイロンは長年人間に化け、この国の信頼を得て来た。それこそ、騎士団長の椅子に座ってしまうくらいに。
こいつがその地位を利用し、一体この国をどうするつもりだったかは分からない。
だがそんな長年の計画を、たかだか身内が一人死んだ程度で壊してしまうものとは思えない。
実際俺も失踪事件やサフィリアの助言がなければ、ガイロン・デュラムを嫌うことはあっても、サダルの死に秘密があるなんて考えもしなかっただろう。
「……どうだかな」
「その
魔人が徒党を組むという話は聞いたことがないが、魔物の部下はいてもおかしくない。
カノーファスとも何かしらの繋がりはあったらしいし、騎士団としての権力を使えば王都に魔物を忍ばせるくらい造作もないはずだ。
「だが良いのか?人間としての頃ならともかく、今の我に対して孤独の戦いを行うのが何よりも愚策であること、お前なら分かっているであろう」
「案外そうでもないかもしれない。お前もその可能性を危惧しているからこそ、こうして時間稼ぎの舌戦を繰り広げているんだろう?」
「………」
こうした言葉を交わした印象だと、ガイロンは極めて合理的な性格をしている。
本当に俺を殺せる自信があるのなら、さっさと行動を起こしてメリッサ達の後を追った方が良いに決まっている。
それをしないのは、俺に対して危機感を抱いているからに他ならない。
「魔人とは随分と臆病な性格をしているのだな?」
「はっ、安い挑発だ。だが、たまには人間の策略を力でねじ伏せるのも悪くはない」
「……ねじ伏せるのはどちらになるかな」
頂に到達した剣術には、そのどれもに”禁忌の理術”が存在しているが存在していると言う。
禁術に指定される理由は様々であり、ある家では剣士が壊れてしまうこと、またある家ではその絶大な威力から自ら封をすることもあった。
宵崎の剣にも、そんな理術が存在する。
そしてその理由は────。
宵崎流・裏の型 ■■■。
♢ ♢ ♢
─【盾戦士】レンヤ─
「一体何の騒ぎだこりゃ……」
タンメンがあんまり急かすもんだからログインしてみりゃ、王都のあちこちに煙が立ち上がり、王都市民が逃げ惑うこの世の終わりのような光景が広がっていやがった。
「『王都動乱』……これがお前の言ってたワールドクエストってやつか」
「ああ。どうやら全てのプレイヤーがクエストを受諾した扱いになっているらしい」
「それは構わんが、どうすりゃクリアになるのか分かんねーぞこれ」
クリア条件自体は誰でも分かる。王都動乱なんてクエスト名なんだから、この騒ぎを治めれば良い。
だがそれをどうやってやれば良いのか、それが全くわからん。
「とりあえず、どうにかしなくちゃならんのは確かだな」
「俺は一旦落ちて向こうで何人か当たってみるわ、これ確実に人足らんだろ」
「頼んだ」
どうやら騒ぎは一箇所で起こっているわけではなく、複数で起こっているみたいだ。
サービス開始から一か月、向こうでは社会現象とも言うべき勢いのグラマギだが、それでもそのプレイスタイルは様々、まだ王都まで辿り着いていないプレイヤーも少なくない。
今日は土曜日だからそれなりに人は集まりそうだが……この騒ぎに対応できる人間が、一体どれだけいるか。
「おかあさん!」
「……リク、お母さんはいいから先に行きなさい」
「やだよ、いっしょににげるんだ!」
「お母さんはもう無理だよ、もう足が動きやしない」
声がしたに視線を向けると、足から血を流した母親と、転んだ母親を必死に引っ張ろうとする子供がいた。そしてその背後には、
「早く行きな!あんたまで食われちまう!」
「でも……!」
あれは……ボーンドラゴン!?おいおい、なんであんなのが王都にいやがるんだ?
口元を赤く染めた巨大な骨の竜は、今にも母親に襲いかかろうとその空虚な口を大きく開ける。
「『
俺は咄嗟に母親とボーンドラゴンの間に割り込み、防御スキルである
ボーンドラゴンは母親諸共飲み込みそうな勢いだったが、他の連中が魔法をぶち当ててくれたお陰でなんとか凌ぐことができた。
「ヒーラーはこの人を治療してやれ!坊主、この様子じゃ森にさえ入らなければ王都の外の方が安全だ。街の外に出るまで、母ちゃんのことしっかり守ってやるんだぞ」
「う、うん!」
「ほ、本当にありがとうございます!」
「礼なら無事に生き残ってから聞かせてくれや」
王都を出るまではまだ距離がある。本当なら送り届けてやりたいところだが……。
「お前は、それを許してくれないだろうからなぁ」
「GUWOOOOOOOO!!」
「騒ぎはコイツ一体の仕業じゃねぇ!速攻でぶっ倒して、王都を救うぞ!」
「「「応!!」」」
NPCが生き返らない仕様を考えると……このクエスト、絶対に失敗するわけにはいかねぇな。
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