第29話 人の上に立つということは
──【中級魔術師】サフィリア──
「早く移動してください!」
「中心部から離れる方が今は安全よ!」
ハイトさんと別れた私達は、重症のメリッサさんを騎士団に任せた後、貴族街の混乱を治めるために動きました。
驚いたのは、こんな非常時にもかかわらず貴族たちの動きがとんでもなく緩慢であることです。
危険を感じて子飼いの騎士に守りを固めさせるという案自体は悪くないのですが、何せ相手はあの魔人です。ほとんど意味がありません。
騒ぎの元凶が魔人だと知らないのかもとも思いましたが、どうやらそれは広く周知されている様子。そこまで情報伝達が優秀なら、その後の対応もしっかりしてほしいものですね。
「守るより逃げた方が余程生存確率は高いと思うんですがね……」
「そういうのが分かってないのが残ってるんでしょ、分かってる人達はもうとっくに逃げてるわよ」
それもそうですか。
そんなことも理解できないような人間が、人の上に立つ存在で良いのかという疑問はありますが、残念ながら今はそれを嘆いている時間ではありません。一人でも多くのNPCを、魔人とハイトさんが戦うあの場所から離さなければ。
(ハイトさん……)
魔人であるガイロンと対峙するハイトさんの目に、諦念の感情はありませんでした。
それどころか、勝利の確信さえあったように私は思っています。彼は感情が顔に出にくいですが、目によく映っているんですよね。
ですがいくら剣聖とはいえ、相手は魔人です。
私達はまだその強さを実感できていませんが、メリッサさんがあそこまで一方的にやられたのです、ハイトさんでも一筋縄ではいかないでしょう。
できることなら、私もあの場に残り共に戦いたかった。ですがガイロンは『
「もっと、強くならなければなりませんね」
「君達。見たところプレイヤーのようだが、少し良いかな?」
「……どなたでしょう。今は非常時なので、個人的な依頼はご遠慮願いたいのですが?」
こんな時にそんなことをするわけがない、と言いたいところなのですが、実際に護衛の依頼をしてくる貴族は少なくありませんでした。
ステータス上は騎士の方がかなり格上のはずなのですが、やはり非常時は少しでも戦力が欲しくなるものなのでしょうか。
「申し遅れた。私はシンセル家当主、ヨスル・シンセルだ。陛下達の安否を確認しに王城に向かいたいのだが、騒ぎの場所を避けて向かいたいのでな。どうやら君達は騒ぎの起こっている場所を把握している様子。この状態では同行を依頼することは難しいだろうが、せめて大まかな場所でも伝えて貰いたいのだ」
「シンセル家というと、メリッサさんのお父様ですか?」
「娘の知り合いか?……なるほど、魔術師の君がサフィリア君で、剣士の方がアイシス君か。君達の話は、娘から聞いているよ」
私の棘のある応対に、予想外に丁寧な対応をされて内心驚いてしまいましたが、どうやら彼はメリッサさんの父親のようです。メリッサさんのお父様となれば納得ですね。
……おっと、今は余計なことを考えている場合ではありませんでした。
「騒ぎの中心地はデュラム侯爵邸です。ですが相手は魔人、空の移動も可能なようですから、移動していても不思議ではありません」
「ふむ……となると、デュラム卿が魔人だったという情報は真実なのか?」
「……はい」
騎士団長が魔人だった。この情報は彼らに余計な混乱を招くと判断したため、避難の際には伝えていません。
ですがヨスルさんは、自力でその情報に辿り着いたようです。やはり公爵家ともなると、部下もそれだけ優秀な人物なのでしょう。
「国の英雄と持て囃された男が、まさか人に化けた魔人だったとはな……とにかく今は陛下達の安否確認を急ぐとしよう。情報感謝する────頭を下げたまえ!」
「!!」
突然の要求に困惑したのは一瞬、すぐに姿勢を低くすると、さきほどまで私の頭があった場所に青い火球が飛んできました。
「『
「助かりました!」
「よい。それより、来るぞ」
ガイロンの配下の魔物でしょうか。
しかし青い炎を使えるとなると、現状のプレイヤーよりも強いということになります。通常よりも威力の高い青い炎を使える魔術師プレイヤーは、私の知る限りまだ存在していませんから。
「あら、避けられてしまいましたの?よく反応できましたわね」
「……!お前はまさか」
「うふふ、恐らくはあなたのご想像の通りかと思いますわよ。シンセル卿?」
「言葉を話す……?まさか」
空から飛来してきたのは、ガイロンではない魔人。
外見と口調からして、どうやら女性のようです。
「複数の魔人、ですか……?」
「良い絶望ですわ、プレイヤーのお嬢さん。プレイヤーは絶望が薄くてつまらないのですけど、あなたは随分と感情が豊かなのね」
「まさか夫婦そろって魔人だったとはな、アグネス夫人!」
「───はぁ!」
魔人の襲来を察知したアイちゃんが急襲をしかけます。彼女の
まだ相手はアイちゃんを捕捉すらできていない状態での一撃は、アグネスという名前らしい魔人を殺せないまでも、致命的なダメージを与えられると私は予想していました。
「────!」
「あら?中々骨のあるプレイヤーじゃない、私の索敵を掻い潜るなんて。だけど一流魔術師というのはね、剣士の対策を何重にも施しているものなのよ?」
「あれは……斥力場?」
アイちゃんの攻撃を防いだのは、アグネスの周囲に展開されていた防御結界です。
ハイトさんの『
(まずいですね……)
あの結界がある限り、アイちゃんはダメージを与えられません。そして私も高火力な魔法は習得出来ていませんから、私達では有効打がないということになります。
「アイちゃん!」
「分かってる、とにかく時間を稼ぐわよ!」
まだこの場所にいるような愚か者を助けなければいけないのは気が引けますが……中にはヨスルさんのような方もいるようですし、私達と彼らでは命の重みが違い過ぎます。
正直、彼女相手にどれだけの働きをできるかは分かりません。ですが、やれるだけのことはやって見せます。
「私達も加勢しよう」
「なっ!いけませんヨスルさん、ここは私達に」
「サフィリア君。君は一つ思い違いをしている」
ヨスルさんはメリッサさんの剣によく似た黄金色の剣で私達を照らし、芯のある瞳でこちらを見据えます。
その瞳は、貴族としてあるべき人の眼のように私は見えました。
「貴族とは本来、王を助け御守りする立場であり、王とは民を守り導く存在だ。確かにプレイヤーの命は、我々のそれに比べて軽いものなのかもしれない。だがだからと言って、我らが君達の命を蔑ろにしていい理由にはならないのだよ。少なくとも私は、そんなことをする貴族など魔族に駆逐されてしまえば良いと思っているね」
「………」
ヨスルさんの言葉は、絶対的に正しいというわけではありません。戦というものは、時に合理的な選択を強いられることもありますから。
それでも人の上に立つ人間として、これほど模範的な言葉はないでしょう。私もいずれ、こういった言葉を吐ける人間になりたいものです。
「あら、貴方も私に歯向かうのですか?」
「これでもあなたの主人が出しゃばるまでは、団長の席に座っていた身。老体に鞭を打てば、あなた程度であれば何とかなりましょう」
「…………あなた程度、ですって?」
「うっ……!」
「くっ!」
まるで彼女の怒りに大気が呼応したかのように、周囲の温度が上がったのを肌で感じ取れます。
「良いでしょう。その言葉、すぐさま撤回させて差し上げますわ!」
「さて、抗うとしようか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます