第24話 災禍の予兆

 メリッサに案内された部屋は牢獄ではなく、以前は聴取室として利用されていた場所だった。



「ハイト殿達が止めてくれたお陰と言うべきか、まだ一応『犯罪者』ではないのでな。サグレスから正式に抗議の文書が届かない限り、規則として罪人扱いすることはできない」



 これは律儀に規則を守っているというより、後でティランに難癖を付けられないようにするためだろうな。



「エンヴィー卿、入ります」



 扉の向こうから声は聞こえない。

 とはいえ、わざわざ容疑者相手に返事を待つ義理もない。



「少しは落ち着きましたか、エンヴィー卿」


「……何の用だ」



 ティランは装備の鎧を全て脱がされ、今は普段からは考えられないような簡素な服を身に纏っている。先ほども言っていたようにまだ罪人ではないため、囚人服ではないようだ。



「頭が無駄に回る貴様のことだ、私がどれだけ抗議しても無駄なよう、根回しは済ませているのだろう?今更話すことなど何もないはずだ」


「それはその通りですが、商店での事件とは別の件で聞きたいことが出来たので」


「別の件だと?」


「サダルの件だ」



 俺はメリッサの前に出て、ティラン・エンヴィーを真っ直ぐに見つめた。


 ティランは俺を忌々し気に見つめるが、どこか困惑しているような表情を浮かべている。



「サダル、だと?」


「ああそうだ、まさか忘れたわけではあるまい?」


「サダル……サダル・ディアンスか。ああ、憶えている。数年前まで私の部下だった男だ。一年前、で部下を庇って殉職した男だろ?今更アイツについて何があるんだ?」


「…………何を言っている?」



 サダルが死んだのはアンデッド討伐に向かったからだ。

 もし一緒に盗賊討伐に出向いていたのであれば、ハイトがサダルを死なせるような真似はしない。今の俺は当時のハイトではないものの、それは断言できる。



「……サダルさんを殺したのは盗賊共ではありません、森のダンジョンに潜んでいたアンデッドです」


「さっきから何を言っているんだ?あの日ダンジョン攻略に向かったのはグラディウス、貴様だろう。想像以上のアンデッドの数に撤退を選択し、部下数名を犠牲にむざむざ生き残ったのは、他でもない貴様ではないか」


「あなたねぇ、自分の立場を理解しているの?」



 額に青筋を浮かべるアイシスを右手で制し、俺は一人考え込む。

 ティランの言い方には苛立ちが募るが、本人としては極めて真面目に言っているようで、本気でそう思っていることが分かる。



(ハイトの記憶に間違いがある?)



 いや、ありえない。

 それは『騎士の墓場』にいたハイスケルトンとなったサダルがいたことから明らかだ。



「……これは一体どういうことなんだ?」


「どちらかの記憶に間違いがあるということでしょうね。もっともこの場合、間違っているのはティランさんの方だとアンデッドとなっていたサダルさん、そしてサダルさんの持ち物である黒剣が証明していますが」


「……私の記憶が?」


「おかしいと思っていたんですよ、サダルさんの死が騎士団の間で何故周知されていないのか。私は当初、騎士団の失態を上層部がもみ消しているものだと思っていました。ですがだとすると、当時の状況を知るハイトさんを放置しているのが疑問でした」


「……確かにそうだな。森にいたとはいえ、ハイト殿への帰団要請には騎士を向かわせていた。もし私がもみ消している側の人間であれば、バレる可能性のある行動をわざわざ指示したりはしない」


「そして疑問はもう一つあります。サダルさんの死を知るハイトさんが、何故不死ノ王イモータルキングの存在を知らなかったのでしょう?」


「「「……!」」」


「サダルさんの死をまるごともみ消しているのであればともかくとして、人類共通の敵であるアンデッドの存在を隠す理由は騎士団にありません。ましてや、当時はまだ身内きしだんであったハイトさんにまで隠す必要はないでしょう」



 そうだ。あの時、第二騎士団は壊滅したが全滅したわけじゃない。

 実力者だったサダルが死んだことから、アンデッドではなく【不死ノ王イモータルキング】であるカノーファス本人が出てきたのはほぼ確定だろう。


 それなら生き残った騎士から、カノーファスの情報が出てもおかしくはなかったはず。もしハイトが不死ノ王イモータルキングの存在をしっていれば、心を鬼にしてサダルを手にかけることもできていたかもしれない。



「ティランさんも嘘をついている様子はありません。恐らくですが、何者かによって記憶を消去、いえ操作されているものと思われます。ハイトさん、そういった魔法やスキルに心当たりはありませんか?」


「……恐らく『洗脳ディシーブ』を付与されたのだろう。メリッサ殿、ここに神官を呼ぶことはできるか?」




♢ ♢ ♢




「……確かに『洗脳ディシーブ』が付与された形跡があります。すぐに解除を行って大丈夫ですか?」


「ああ、お願いしたい」


「それでは───『キュア・ディシーブ』」



 淡い光とともに、ティランの『洗脳ディシーブ』が解除される。

 『洗脳ディシーブ』は他の状態異常と異なり、付与された瞬間以外はステータスに状態異常表示が出ないので、【神官プリースト】に検査してもらう以外に確認方法がないのが厄介なところだ。



「【聖騎士】であるエンヴィー卿に『洗脳ディシーブ』を施すなど、一体何者なのだ」


「分からんが、相当な高レベルであることに違いはない。メリッサ殿も十分気を付けてくれ」


「分かっている。神官殿、恐らく彼以外にも付与されたものがいる。ただちに検査と治療をお願いしたい」


「すぐに応援を呼んできます。騎士の方々を集めておいてください」



 事態の緊急性を理解した神官が小走りで詰所を出て行くのを後目に、俺は小さくため息を吐く。



「『洗脳ディシーブ』。恐らくどこかのカルト集団だとは思うが、また厄介なものを持ちこまれたものだ」


「……洗脳って、私達プレイヤーがかかったらどうなるのかしら」


「要検証ですが、実験体にはなりたくないですねぇ」



 確かにそれは気になるな、まさか本当に記憶を操作されるとは思えないし、プレイヤーが付与されたときにどんな状態になるのかは知っておきたい。


 とはいえ、『洗脳ディシーブ』を付与できるスキルや魔法はもれなく国法で禁忌指定がなされており、そのスキルや魔法を所持しているだけで罪人扱いになるほど。

 つまりはそれを所持している人間はその時点でロクな人物ではないため、安全な状態で検証するのは不可能に等しい。



「仮にエンヴィー卿に『洗脳ディシーブ』を付与したものがまだ王都に潜伏していた場合、その者がデュラム卿を誘拐した可能性はあると思うか?」


「こちらの世界での洗脳が、一体どれほどの効果があるのかを知らないので何とも……ですが十分考えられますね」



 【聖騎士】は状態異常に対して高い耐性があるとはいえ、同じ【聖騎士】であるティランが付与されているのだから安心はできない。



「あーだめだめ、一度にいろんなことが起こってややこしくなってきたわ。ねぇハイト、団長のことも気になるけど、一旦ハイトの用事を終わらせない?」


「む?配慮できずすまない、何か用事があったのか?」


「ディアンス家にサダルの形見である黒剣を返却する予定だったのだ。どうやら俺は貴族籍を失ったようなので、どうしたものかと思っていたのだが……」


「……ふむ。入行許可証を渡すことはできないが、私が巡回の名目で同行しようか?」


「こちらにとってはありがたい話だが、良いのか?」


「私の検査が済んでからにはなるがな。デュラム団長の件で私も貴族街には用事ができたし、構わないよ」


「お言葉に甘えさせてもらおう、よろしく頼む」



 グラドマギス・ワールドにおいて、『麻痺パラライズ』に並ぶ最悪の状態異常である『洗脳ディシーブ』。

 その使い手がまもなく王都に災禍の混乱をもたらすことを、この時はまだ誰も知らない。










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