第25話 道具に送る愛情

「はい、大丈夫です。メリッサ様に『洗脳ディシーブ』の形跡はありません」


「そうか、では後はよろしく頼む」



 自身に『洗脳ディシーブ』が付与された形跡がないことを確認したメリッサは、俺達三人を引き連れ貴族街へと向かう。

 騎士団に支給されている馬車は少々乗り心地に問題があるが、強靭なステータスを持つ俺にはあまり苦にならない。サフィリアは若干不快そうにしていたが、文句を言うことは無かった。



「すまない、素材の換金を放ってしまったな」


「いえいえ、こちらもとんだことに巻き込んでしまい申し訳ありませんでした。代金には少々色を付けておきましたので、どうぞお納めください」


「いや、それは受け取れん。店主は何も悪くないし、むしろエンヴィー卿を刺激してしまったことを謝罪したいくらいだ」


「そんな……でしたら、これは私からの以前の感謝の印としてお受け取りください」



 以前の功績は俺の功績ではないので固辞しようとしたが、あまりメリッサや二人を待たせるわけにもいかないので最終的には受け取る流れになってしまった。次来るときにはせめて売り上げに貢献するとしよう。


 貴族街は王城を囲うようにして存在しており、これは王都に住まう貴族が「王を守る役割」であることを示すためでもある。そんな事情もあり、警備が厳重になっているのだ。



「……確認しました。ハイト・グラディウス、サフィリア、アイシス、以上三名の通行を、メリッサ・シンセル様同行の下許可します」



 王都に入ったときは、まさかここまで遠回りすることになるとは思っていなかった。

 だがこれで、ようやく当初の目的を果たすことができる。



「早速向かっても構わないか?」


「ああ」



 貴族街に住む貴族の数はそれほど多くは無いが、一つ一つの邸宅がとんでもなく大きいため、面積は広い。

 サダルの実家であるディアンス家までは、馬車を使っても5分ほどかかった。



「……緊張してます?」


「正直に言うと、少しな」



 幸いにも当主であるサダルの父親が在宅中だったので、俺達はすぐに邸宅内の歓待室まで案内された。

 貴族の面会というのはそれなりに準備がかかるもの。

その待ち時間が、俺の緊張を加速させる。


 当主が歓待室までやってきたのは、出された紅茶が冷え始めた頃だった。



「お待たせして申し訳ない。ディアンス家当主、カイザル・ディアンスだ。久しいな、グラディウス卿」



 カイザルはとても成人済みの息子がいるとは思えないほど若々しく、ダンディーな髭がよく似合う人物だ。

 ハイトの記憶によれば最後に会ったのは二年前らしいが、全く変わっている様子はない。

 


「今の私は、卿などと呼ばれるような存在ではありません。どうか私のことは呼び捨てで」


「……そういえばそうであったな、貴族というのはつくづく面倒なものだ。少し相手の事情が変わっただけで、呼び名を変えねばならん」



 必要以上の礼儀は自分の身分を軽んじていると捉えられ、この国の貴族としては相応しくないとされている。

 男爵家の当主ではなくなった俺に丁寧な対応をするのは、自身の評判を落とすことにも繋がりかねない。



「メリッサ殿は騎士団としての来宅かな?」


「その通りです。とはいえただの付き添いですので、どうか私のことはお気になさらず。私はこのお茶を楽しんでおくとしましょう」



 そういって紅茶に口をつけるメリッサは鎧を纏っているにもかかわらず、どこかの貴婦人のような雰囲気だ。まぁ、家柄は貴婦人と評しても何らおかしくない人物なのだが。

 カイザルがサフィリアとアイシスとも自己紹介を済ませたタイミングで、話もそこそこに本題に入ることにした。



「サダルの剣か……わざわざこれを返すために?」


「はい」


「相変わらず君は律儀な男だな……しかし盗賊に奪われたはずの剣をどうやって取り戻したのだ?」


「……実は」



 俺はサダルが死んだ本当の経緯を説明する。

 カイザルさんは俺の説明に口を挟むことはなく、話し終えるまでじっと俺の目を見つめていた。

 もしかすると、カイザルさんにとっては信じがたい話だったかもしれない。だがそれが偽りでないことは、俺の両脇に座る二人のプレイヤーや、優雅に紅茶を楽しんでいる現副団長が証明している。



「…………少し、風に当たらないか」



 カイザルさんは俺達の返事を聞く前に立ち上がり、さっさと扉まで行ってしまう。

 俺達は黙って、後に続く。



「……ハイト君やメリッサ殿は分かっているだろうが、貴族社会において最も重要視されるのは長男だ。そしてそれ以外の子供は、その家の出世の道具と成り果てる」


「………」


「我が家もその例に漏れず、サダルは我が家にとっては『道具』だった……だが、決してそこに愛情がなかったわけではない」



 先頭を歩くカイザルさんの顔を窺い知ることはできないが、不思議とどんな表情をしているか察することができた。



「サダルは器用な子だった。騎士としては一流の腕前を持ち、社交でも幅広い方面で繋がりを持っていた。口さがない連中からは、サダルを当主に座らせるべきだという意見が上がるほどだった」


「それは……」


「勿論そんなことは考えていなかったがね。ただそれでも、将来は兄と共にディアンス家の栄華を担う両翼になる。そう思っていたんだよ……」



 やがて俺達は屋敷の外に出て、色鮮やかな花々で彩られた庭園までやってきた。



「死体が残らなかったという話だったから、墓はここに作ることにしたんだ。偶然だが良かったよ。アンデッドとなった人間を、教会は受け入れてくれないだろうからね」



 カイザルさんは鞘から黒剣を引き抜くと、その黒く輝く剣を一瞬だけ見つめ、石碑の前に勢いよく突き刺した。



「おかえり、サダル」




♢ ♢ ♢




 サダルへの墓参りを済ませた後、カイザルさんはまだ仕事が残っているという話だったため、俺達はすぐにお暇する運びになった。


一応今回は騎士であるメリッサの巡回任務に随伴するという名目だったので、貴族街を回るために再び馬車に乗っている。



「……自分から付いて行っといてなんだけど、ああいう雰囲気はやっぱり苦手だわ。カイザルさんの言うこともあんまり分からなかったし」


「貴族家の思想は多くの平民にとっても異端だ。異界の民が理解できないのも仕方のないことだよ」



 正直俺もそこに関しては理解し難い部分がある。

 ハイトとしての常識や価値観を記憶しているからこそ、まだ納得できていると言ったところだ。



「別に理解しなくても良いのでは?この世界の住人全てに、私達が親身になる必要はないわけですし」


「……サフィって変なところでドライよね」


「悪い人ではないと思いますよ?ただ単に私達とは価値観が違うだけで。価値観というのは、複数を持ち合わせることが非常に難しい概念です。認めることはできても、理解することは結構難しいものですよ」


「サフィが言うと説得力あるわね~」



 二人とも馬車での移動に慣れてきたようで、普通に会話が出来るくらいには余裕のある状態になっている。

 そしてサフィリアは相変わらず考え方がアイシスよりも大人びているな。



「ところで三人とも。折角貴族街に足を運んだのだ、良ければうちに寄って行かないか?」


「メリッサ殿のご自宅というと、シンセル公爵邸ですか?」


「その通りだ。うちは地方領主を兼任しているから父も帰っていないし、堅苦しいことにはならない」


「そういう部分を肯定的に話すメリッサは、きっと貴族だと少数派なんでしょうね。今日はまだ時間もあるし、私は行ってみたいかな」


「私も構いませんよ。公爵様のお宅にお邪魔する機会なんてそうそうないでしょうし」


「なら、決まりだな。ハイト殿はどうする?」


「俺も───」



 俺が口を開こうとしたとき、馬が暴れて馬車の中が大きく揺れる。

 次の瞬間、貴族街に一本の火柱が立ち上った。








 

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