第23話 第一騎士団長失踪事件

「デュラム卿が失踪だと……?」


「ああ、三日前にな。本当に何の前触れもなかったよ。いつも通り仕事を私に押し付け、殿下の護衛という名目の道楽に走る日々。だがそれでも自身で確認しなければならない書類には必ず目を通していたし、羽目を外しすぎて時刻通りに詰所に来ないことはあっても、一日誰にも知らせずに休むなどということは一度もなかった」



 それは俺の時代でも同じだ。

 ハイトの記憶によれば、デュラムはかつての大戦において無類の活躍を示し、英雄の二つ名を以て持て囃された男。


 彼が団長という席に着いたのは賄賂やゴマすりの類ではなく、純粋に彼の功績が認められた結果である。

 残念なことに団長になってからそんな姿は見る影もなくなったわけだが、彼自身の能力までも失われたわけじゃない。


 彼に対しては決して良い感情を抱いていなかったハイトから見ても、デュラムという男は優秀だったと言える。


 そんな男が突然の失踪、資料の山が築かれてしまうのも頷ける。

 流石にたったの三日でここまでの惨状になるとは思っていなかったが。



「私は副団長となり、団長と会話するようになってからまだ日が浅くてね。部下には警邏けいらの名目で捜索させているんだが、一向に見つかる様子がない」


「……部下の騎士もグルだった場合、見つけても隠蔽されるかもしれませんね」


「その通りだ。公爵家という肩書きから表向きは従順にしてくれているが、私の目の届かない場面ではその限りではないし、まだまだ信頼関係も築けていない。だから部外者でありながらデュラム卿のことを良く知る、ハイト殿に意見を聞きたいと思ってな」


「……悪いが心当たりはないな。俺も副団長の椅子に座った期間はそう長くない。行きつけの酒場くらいは把握しているが、そこら辺りは既に捜索済みだろう?」



 確かに、団長の行きそうな場所に心当たりはある。だがどこも数日間潜伏するには適していないし、あったとしても既に捜索済みのはずだ。


 そもそもデュラム卿、ガイロン・デュラムという男は国の英雄。

 田舎町ならともかくとして、王都でその顔を知らないのは生まれたばかりの赤子くらいのものだろう。この都市で隠れるというのは無理がある。



「となると国外逃亡……少なくとも王都にはいないと考えた方が良いか」


「……いえ、一箇所だけあるにはありますよ」


「ふむ。サフィリアの推理力には毎回驚かされるばかりだが、今回は一体どのような推察を?」


「メリッサさんもハイトさんも、無意識に排除してしまっているだけで思いついていると思います……デュラム侯爵邸です」


「「!!」」


「確かに。侯爵邸なら騎士であっても迂闊に手出しはできない。いないと言われれば尚更ね」



 二人の言う通り、確かにあの場所ならばあり得る。というか、仮にまだ王都内にいると考えた場合、侯爵邸以外には考えられない。



「……とはいえ、確信に近い物証を掴めないことには捜索は不可能だ」


「ですから、今度はそれを掴むための努力をするべきです」


「……その場合、サフィリア殿であればどう動く?」


「まずは何故行方を眩ましたのかに関して仮説を立てます」



 何故行方を眩ましたのか……正直検討も付かないな。

 デュラムは何不自由のない生活を送っていたはずで、それどころか英雄として国民からの名声も集めていた。

 そして英雄として持て囃されたということは、それ相応の実力までも有していること。つまりデュラムは、富・名声・力の全てを手にしていたと言ってもいい。



「誰にも知らせずに眩ましたということは、デュラムさんにとって何かしら不都合なことが起こったと考えるのが自然でしょうね」


「そういえば、デュラム卿はどういう経緯で姿を消したんだ?」


「3日前の夜、業務を終え酒場で部下と飲んで別れたのを最後に行方を眩ましている。侯爵家の執事によると、どうやらその日は帰っていなかったらしい」



 勿論、デュラム家が口裏を合わせている可能性もあるので、その言葉を完全に信用することはできない。だが、一家の長が消えるなどという中々の大事件を家全体で隠し通すのはかなり厳しい気がする。


 例えデュラムが侯爵邸に身を潜めていたとしても、家でそれを知る者は極少数、それ以外の人間は本当に行方を眩ましていると思っていると考えた方が良い。



「となると、帰りに襲われた可能性もあるんじゃない?」


「可能性はゼロではないが、ほぼありえないと言って良い。デュラム卿がどれだけ酒に溺れていたとしても、【聖騎士】であれば完全に潰されることはなく、多少の理性は残る」


「ああ、団長は性格こそあれだが、実力者であることには違いない。何の証拠も残さずに攫うのは俺でも不可能だ」



 仮にそれを行える者が王都内に潜んでいるのならば、王都の警備強化を上に進言しなければならないだろう。



「自発的に姿を消したとなると、やはり何かしらの理由はあったのでしょうね」


「……だが、私の目にはここ最近のデュラム卿は特に変わりはなかったように思う。プレイヤーの流入による治安維持問題はあったが、それについては私が積極的に動いたからな」


「何の前触れもなくということは、本人にとっても急を要する事態だったのかもしれません。前々から準備していれば、普段から接している人には勘付かれるものですし」


「ふむ、しかし本当に検討が付かない。部下に聞き取りでも行ってみるか」


「それも良いとは思いますが……ハイトさんは何かありませんか?」


「……俺か?」



 ここで俺に振られても困る。

 何せ俺が王都にやってきたのは今日のことで、三日前はまだあの小屋に……あ。



「……関連性があるかは分からんが」


「何かあるのか?」


「デュラム卿が失踪したその日、俺は二人や他のプレイヤーと共に『騎士の墓場』を攻略した」


「『騎士の墓場』というと……近郊の森にあるというダンジョンか。確か最奥にはハイスケルトンジェネラルがいるという話だったな」


「どうやらですが、実はそのジェネラルは元第二騎士団の人間であり、ハイトさんの同期でもあるんです」


「……なんと。では、あそこにいるスケルトン達は」


「全てというわけではないですが、ソルジャーやナイトは元々騎士団の人間だったようですね」


「………」



 メリッサは何やら考え込む様子で、手を顎にあて机に向かって俯く。


 ……どういうことだ?

 再三戻るように要請があったことから、てっきりあの出来事は騎士団の中で共有されているものだと思っていた。



「メリッサは嘘をついたりとぼけたりしているわけじゃないわよ。それは私達が保証するわ」


「分かっている、今更事実を偽る理由はない。だがだとすると何故そんなことになっているかが謎だな」


「実は私もそこが疑問だったんです。サダルさんは当時第二騎士団副団長、そんな人物が亡くなり、そしてアンデッド化した事実を、同じ騎士団の人間が本当に知らないんですよ。まるで、



 サダルに関する一連の事件は、まだ終わりを見せていないということか。



「デュラム卿の失踪との因果関係は掴めんが……サダルの一件に関してはできることがある」


「……ハイト殿?」


「メリッサ殿、ティランのいる場所まで案内してくれ」









 

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