第22話 縛られた身体

(シンセル家……確か公爵家だったな)



 公爵家ともなると、この世界では例え同じ貴族であっても平伏しなければならないような相手だ。俺は貴族の礼を記憶から引っ張り出し、片膝をついた。



「初めましてメリッサ殿。既にご存知のようですが、ハイト・グラディウスと申します」


「おいおい、堅苦しいのは社交場だけにしてくれ。そういうのは苦手なんだ」


「そういうわけにも」


「ふむ……サフィリア、君からも何か言ってやってくれ」


(……サフィリアと知り合いなのか?)



 どうやら騎士団と面識はあるらしいので、それ自体はおかしなことではない。

 だがメリッサがサフィリアを呼ぶ口調は、部下へのそれと比べ随分と柔らかい気がする、ただの知り合いというわけではなさそうだ。



「大丈夫ですよハイトさん。メリッサさんは騎士団いるのが不思議なくらい気さくなお方です。それに彼女には個人的な恩も売ってありますから、私達と親しい仲にあるハイトさんを無下に扱うことはしないでしょう」


「昔から【剣聖】に憧れてたらしいから、その点で嫉妬はされているかもしれないけどね」


「はっはっは、一昔前の私ならそうだったかもしれないが、今となってはこれっぽっちも嫉妬の情は存在していないよ。アイシスと戦ったあの日から、毎日が研鑽の日々さ」


「そういえば、あの時のリベンジがまだだったわね。もうちょっとレベルが上がったらまた挑戦してみようかしら」


「勘弁してくれ、副団長の私が格下相手に負けたとなれば、騎士団の信用に傷がついてしまう」


「あら、私を格下だと?」


「個人的にはそう思っていないが、レベル的に下であるのは事実だからね」



 ……アイシスはバトルジャンキーの素養でもあるのだろうか?

 プレイスタイルは人それぞれだが、誰彼構わず挑んでいるとそのうち変なフラグを踏みそうで少し心配だ。



「とにかく、気遣いは不要だよ。憧れだった【剣聖】、そして副団長としても先輩であるあなたに畏まられると、むしろこちらが恐縮してしまう」


「……そこまで言うのであれば」



 ここでようやく俺は立ち上がる。叶馬の感性で言えば、最初に言われた時点すぐに立っても良かった。

 だがそういった単純な行動が許されないのが貴族というもの、ゲームの設定にこんな面倒な風習を組み込まないでほしい。



「さて、大方ティラン団長殿の暴走であることは想像が付くが、一応両者の事情を聴取しなければならない決まりだ。申し訳ないが三人には同行していただこう」


「仕方ないですねぇ」


「あ、あのメリッサ様、私はよろしいのですか?」


「ああ、本当に形式上の聴取だからな。店の片づけなりなんなりが必要な時に、店主のサグレスが持ち場を離れるのはマズいだろう」



 どうやら店主とも知り合いらしい。元男爵家である俺が言うのもなんだが、貴族らしからぬ顔の広さだ。



「それから、傷ついた商品の弁償は騎士団まで届け出るように。決して遠慮などするでないぞ」


「は、はい。ありがとうございます!」


「よい。それでは行こうか」



 そうして俺達は騎士と共に馬車に乗る、騎士がすぐ近くにいるが、威圧を浴びせられるようなことはない。どうやら知り合いらしいサフィリアの影響もあるのだろうが、やはりそれ以上にメリッサの力が大きいのだろう。

 騎士時代は部下の扱いについて、随分と苦労していた思い出があるんだが……メリッサはその辺り上手くやっているようだ。



(……それにしても)



 騎士団のお陰で周りの視線を気にする必要がなくなったので、俺は先程の現象について今一度考えてみる。

 《system error》、システムの異常。ハイトの身体に別の人間の意思が乗り移る、そんな状況が普通に起こるとは考えられないので、それが起こること事態は不思議ではない。


 問題は、何故あの時にそれが起こってしまったのか。

 真っ先に考えられるのは、俺という存在が運営側にバレてしまった場合。

 だがその場合、事態はあの程度では済まなかった気がする。


 そもそも運営側にとって、俺の存在がイレギュラーなのかどうかも分らないんだ。

 このゲームを作ったのが運営であるならば、むしろ俺をこの世界に引き入れたのは運営である可能性が一番高い気がする。



(なら、一体どうして?)



 あの時の俺は一体何をしようとしていたのか。

 それは簡単、店の中でティランを攻撃しようとしていた……NPCを攻撃しようとしたことが原因か?



(いや、それはない……はず)



 ハイト・グラディウスは元とはいえ騎士だ。その仕事の中には、当然ながら罪人の捕縛、場合によっては討伐も行う。人への攻撃をシステムに制限されているとは考えにくい。


 だが、あの時起こした行動と言えばそれくらいしか思い浮かばない。騎士時代との違いか……プレイヤーがいたことは理由としては弱い気がするな。プレイヤーにあんな謎の現象を見せるのはよろしくない。


 その他と言えば、相手が『犯罪者』でなかったこと、か?

 ティランは犯罪紛いのことはしていたが、まだ『犯罪者』ではなかった。ハイト・グラディウスというキャラクターの設定上、非『犯罪者』を攻撃することは運営にとって好ましくないため、こういった制限をかけた。



「……ふむ」



 あり得なくはないが、まだ断定するには至らない。サダルと戦った時、俺にはもっと直接的な制約がかけられていた。

 つまり運営は、その気になればもっと強力な強制力を働かせて俺の身体を縛れる、ということだろう。なら今回のケースで、それをしない理由が分からない。



(……これ以上は、現状だと分からないか)



 事が起こったのは今回が初めてのこと。せめて後2、3回は同じようなことが起こらなければ、原因の究明は難しい。

 出来れば同じようなことは二度と起こらないで欲しいものだが、さっきのように緊迫した場面で遭遇してしまうことの方がマズイ。


 折を見て、色々と試してみる必要があるな。



「あ」


「どうした?」


「……いや、なんでもない。大丈夫だ」


(……店主からドロップアイテムの代金を受け取り、忘れてた)



 ……考えることが急にいくつも舞い込んできたせいで頭の中から抜け落ちていた。

 聴取が終わったら店に戻ろう。




♢ ♢ ♢




「適当にかけてくれ、座る場所くらいは残っているだろう」



 案内された部屋は客室、騎士団には客が訪れることが滅多にないため、部屋はそれほど広くなく、調度品の類もほとんどない。

 そして何故か部屋の中はごみ屋敷と見紛うほどの書類の山で埋め尽くされており、足の置き場所に苦労するほどだった。

 かろうじてソファーには物が置かれていないのがせめてもの救いだ。



「……前来た時より増えてません?」


「少々事情があってな……彼らに茶でも出してくれ、団長の部屋からとびきりのやつを盗んでこい」


「了解しました」



 やっぱり部下への教育が行き届いている……命令の内容はあれだが。



「部下のことなら、皆公爵家の肩書きに怯えているだけだよ。下手に無礼を働いてしまえば、報復が来るんじゃないかとね。だから私の見ている場所でだけは、奴らは勤勉に働くんだよ」


「……なるほど」



 正直、それだけであの騎士達が勤勉になるとは思えないが……メリッサと俺は初対面だし、全てを話せるわけがないか。



「……どうぞ」


「……どうも」



 お茶を出して来た彼は、ハイトの元部下だった。正確に言えば今の俺は当事者ではないものの、流石に少しきまずさを覚える。



「聴取内容は適当に作るが、構わんかね?」


「はい、そうしてください」



 ……生真面目、というわけではないんだよな。

 こうしていい加減な部分もあるし、不正を許さない絶対正義主義というわけでもない。そういう意味では、騎士団の上に立つ人間としてこれ以上的確な人間はいないように見える。



「それで?私達だけでなく、わざわざハイトさんまで呼び出したのは、何か理由があるんでしょう?」


「……ああ。個人的にハイト殿と話してみたかったのもあるが、少し相談事があってな」


「……騎士団に戻れ、ということであれば、それを受ける気はない」



 これは王都に戻ることを決心した時点で決めていたことだ。

 俺がNPCとしてのストーリーに縛られ、騎士団に戻ることを強制されるのであればそれに従うしかないのかもしれない。だがもしそうでないのであれば……俺の望むことは、騎士団に在籍していては恐らく叶わない。



「そういうわけではない。もしハイト殿が戻ってくれば、私はこの椅子副団長から下ろされることになるからね……今回は本当に相談事、愚痴のようなものだ。プレイヤーである二人は勿論、ハイト殿がこれを聞いてどう行動するかは自由、好きに動いてもらって構わない」


「愚痴、ね。この大量の資料も、それに関係しているのかしら?」



 メリッサはどこか疲れた目をしながら頷き、本当に愚痴を溢すかのように口を開いた。



「実は今の私は副団長という立場に加え、団長代理としての任にも就いているんだ───数日前、デュラム団長が失踪してしまったせいでな」










 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る