第21話 蒼の乱入者
「!!!!!」
「ちょ、ハイト!?」
「ハイトさん!?」
俺の耳にはけたたましいアラート音が流れ、視界には《system error》の赤い文字がいくつも表示されている。
二人は俺の異変に気付いたようだが、どうやら同様の現象が起こっているわけではないらしい。
(なんだ……これ……!)
事情は分からないが、俺の身体に何らかの異常が起きているのは確かだ。
だがこれはデバフの類ではなく、解決法を知るのは恐らく運営側の人間だけ。少なくとも今の俺にはどうしようもない。
「隙ありィ!!」
ティランの叫びに近い声が聞こえる。
異音のせいで何を言っているか分からない。
「この程度で……!」
例え視界が塞がれていようと、音が聞こえなかろうと、「護る」という事柄において宵崎の人間が負けるわけにはいかない。
これはプライドでも心情でもない、宵崎に生まれた呪いだ。
黒剣を鞘から抜いて刃筋を立て、不快な金属音を鳴らしながらティランの振り下ろしを受け止める。態勢的には不利とはいえ、向こうはまだ盾から手を離していない。
ここはゲームで、残酷な程にステータスが物を言う世界。俺の方が
(鬱陶しい、何なんだこれは)
目を瞑り自分から視界を断ち切っても、瞼の裏にはまだ赤い光の明滅と、不快な文字列が並んでいる。
システムエラー、どうやら俺にのみ起きているらしいこの事象。俺の身体にそれが起きている原因を探れば、心当たりは特定できないレベルで存在している。
「この馬鹿力が……!」
今の俺に動きを制限されているような感覚はなく、その点でサダルと対峙したときとは異なる。あの時とは事情が異なるのか、何らかの理由で制限することができないのか……どちらかは分からないが、とにかく今は都合が良い。
「『
「くっ……!」
いつまで経っても押し込めない俺を見て痺れを切らしたのか、ティランはSTR上昇スキルを発動させたらしい。何やらスキルを使ったらしい声は聞こえたし、急に押し込みが強くなった。
まだ大丈夫、大丈夫だが……、
(攻撃に転じるほどの余裕はないな……どうするか)
二人を頼る、というのはなるべく使いたくない手だ。彼女達は俺とは違い、NPCを攻撃するだけで『犯罪者』が付与されてしまう。
そうなると事情を知らない街の人間からの信用度は大幅に低下してしまうし、何より街を拠点として使用することができなくなる。あまりにも彼女達にとってデメリットが大きいし、そこまでしてほしいとは思わない。
「『
感覚がズレるからステータス上昇系のスキルはあまり使いたくなかったんだが、この状況ではそうも言っていられない。
こちらも対抗して強化スキルを使用し、再び力比べで優勢になった俺は、強引にティランを弾き飛ばした。ティランが壁にぶつかった衝撃で商品がいくつか地面に落ちてしまった、後で謝ろう。
「き、さま……!」
「………」
徐々にアラート音が小さくなっていき、赤い明滅も頻度が下がっている気がする。
少しずつ、この現象は収まってきている。そう判断していいのだろうか。
「もうそろそろ良いんじゃないかしら?」
「そうですねぇ。お仲間さん達は既に降参したみたいですよ?」
「「………」」
「なっ、お前達、何をしているんだ!」
「……凄まじい手際だな」
あまりの出来事に気にしている余裕はなかったが、いつの間にか取り巻きの騎士は縄に縛られている。
サフィリアは店主を下がらせた後、どうやってアイシスの元に行ったんだ。
そしてどうやって『犯罪者』にならずに、相手のHPを減らさずに縄に縛ったんだ。下っ端とはいえ、レベル的には格上の相手だぞ。
「乙女には色々と秘密があるものですよ、ハイトさん」
「……そうか」
女性が『乙女の秘密』を引き合いに出すときは、決して男は触れてはいけない。それは短かった前世で学んでいる。
「で、どうする?まだやるのか?」
「…………く、くくくっ」
ティランは俯いたまま、不気味な笑い声をあげる。
両腕はだらりと下ろされており、盾は手から滑り落ちているが、逆に剣は柄が潰れなそうなほどギリギリと強く握られている。
「貴様らは過ちを犯した!誉れある王国騎士に反旗を翻し、あまつさえ荒縄で縛り付けるなど言語道断!これは完全なる公務執行妨害……いや、国家転覆罪だ!」
「……人はここまで愚かになれるのね」
サフィリアは涼しい顔を、アイシスは呆れた顔をしているが、物陰から事態を窺っている店主だけは顔を真っ青に染めている。
当然だが、ティランの言っている通りになる未来は存在しない、するわけがない。
いくら相手が貴族に属する人間だからと言って、たかだか街での喧嘩程度で国家転覆罪が成立するわけがないだろう。
そんな国なら、とっくにこの国の王は誰かに殺されている。
「罪人が口を
なんだよ略式処刑って。そんな単語はハイトの記憶にも存在してないぞ。
当然ながら今の俺には『犯罪者』は付与されていない。だから仮にティランが俺のことを斬った場合、『犯罪者』になるのはむしろティランの方だ。そして奴の一撃では、例え急所に攻撃を受けたとしても俺が死ぬことは無い。
そんなことはこの男も分かっているはず。実際、縛られた騎士はティランを止めようと必死に語りかけているし。
だが、ティランの狂気は止まろうとしていない。
「『
「───何をしている」
突如として降り注がれた、若干くぐもった硬い声。
凛としたその声が店内に響き渡ると、たちまち静寂がその空間を包み込んだ。
ティランもスキルを中断し、ピタリとその動きを止めている……使おうとしていたスキル、どう考えても室内で使って良いものじゃなかったな。脅しだったことを切に願う。
(……誰だ?)
店の入り口の方へと目を向けると、全身を鎧に包んだ集団がいた。全員が兜を被っているため顔を窺うことはできないが、鎧に刻まれた青色の紋章が、彼らの正体を無言で語っている。
「……………第一騎士団か」
「その通りだ。色々と話したいことはあるが……まずは仕事をしようか。お前達!」
「「「はっ」」」
「サグレス、少々人数が多いが入らせてもらうぞ」
「え、ええ……」
サグレスとは店主の名前だ。
騎士にありながらさして大商会というわけでもないここの店主の名前を憶えているとは、この声の主は一体何者なんだ。
「な、何をする!捕まえるのはそこの剣聖とプレイヤーの方だろう!」
「ふむ、騒ぎの事情を聞くために同行はしてもらう予定だが、今のところ罪状は思い当たらないな。こちらとしては、あやうく『犯罪者』になるところだった第二団長殿を止めた功績で感謝状を用意したいくらいだ……そこの剣聖殿は、おそらく不要だと言うだろうがね」
「……俺を知っているのか」
「ご冗談を。良い意味でも悪い意味でも、あなたの存在を知らない人間はうちにはいない。因みに私の認知は良い意味の方だ」
「……それは光栄だな」
兜越しの声なので若干聞き取りづらいが、こんな声には聞き覚えが無い。
俺がいない間に新しく団に入った騎士だと思われるが、それにしては随分と地位が高い気がする。
「連れていけ、装備を外すのを忘れるなよ」
「「はっ」」
「ええい、離せ!俺は、私は第二騎士団団長だぞ!副団長の貴様が我を連行するなど、どれほどの無礼か理解しているのか!」
そんなティランの声を聞き入れる者は誰もおらず、彼の姿は第一騎士団の面々に隠れて見えなくなった。
ついでに取り巻きの騎士二名も連行される。彼らはティランと違って既に観念しているのか、暴れるような様子はなかった。
「……さて、出来ればこんな形でお会いしたくはなかったのだが」
先頭にて指示を飛ばしていた騎士、ティランに副団長と呼ばれていたその人物は、俺の前までやってくると兜を外し、見惚れてしまうほど美しい所作で貴族の礼を取った。
「初めまして剣聖殿。私は現第一騎士団副団長、メリッサ・シンセルだ」
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