第3話 卓越した才能
俺の意識がハイト・グラディウスに乗り移ってから、三週間が経過した。プレイヤーから聞こえてくる情報から推察するに、どうやら今日でサービス開始から一か月が経つらしい。
つまりはサービス開始から一週間後に俺は目覚めたわけだが、ハイトが住んでいる小屋までは、最速で装備を整えて攻略していけばそのくらいでたどり着ける。間違いなく、俺の意識を乗り移らせた何かが狙ってやったことだろう。
この国は四季が存在していおり、そろそろ季節は冬を迎える。
寒さに堪えるような生半可な鍛え方は前世も今世もしていない。だがそれでも寒いものは寒い、冬越えの準備をしなくてはいけない。
「……この暖炉、ちゃんと薪が必要なのか」
なら外で薪割りをしなくちゃならないが……知識はハイトにある、だが経験は叶馬にはない。大丈夫だろうか。
「ゲームなんだし、こういう部分も魔法で何とかなるようにしてくれれば……いや、そういうことか」
どうやらハイトの知識によると、魔法で動かすタイプの暖炉も存在はしているらしい。だが、高価な上に設備も大型になるので、一般には普及していないとのこと。
元副団長は一般人とは言い難いとはいえ、小屋に取り付ける余裕はなかったみたいだ。今の所持金なら余裕で何とかなるが……森の外に出られないんだよなぁ。
こうやって何かに疑問を持つと、それに対応する知識が頭に中に現れる。いや、思い出すと表現する方が正しいかもしれない。不思議な感覚だが、誰に質問するわけでもなく疑問の答えを知れるので助かっている。
「なら早速……の前に、一仕事か」
今日も今日とて、挑戦者が現れる。仕方のないこととはいえ、こうして自分の予定を狂わされるのは何とも言い難い感情が湧き上がるな。
(……お?)
面倒な役目に辟易とする毎日だったが、今日は少し毛色が違うかもしれない。
木々の間から現れたのは、二人の女性プレイヤー。名前はサフィリアとアイシス、この世界でもありそうな名前だが、
サフィリアは装備からして純魔法職なので、多分決闘クエストには挑戦しない。一対一という形式の性質上、同じ魔法職同士でもない限り圧倒的に不利だからだ。
問題はアイシス。こちらは逆に純粋な戦闘職、それも持っているのは西洋剣ではなく片刃の刀だ。盾は持っていないので、戦闘の花形であるダメージディーラーだと推察できる。
「貴方がハイト・グラディウスで間違いないかしら?」
「ああ、その通りだ」
ゲーム開始からの経過時間、そして装備の性能からして、二人とも重度のゲーマーらしい。どちらも超の付く美形なので、キャラクリエイトも相当頑張ったのだろう。全力でグラマギを楽しんでいるな。
「アイちゃん、本当に良いんですか?折角
「だって、ベータ含めて誰も勝ってない相手なのよ。どうせ会うなら、一度手合わせしてみたいじゃない」
アイシスとは随分気が合いそうだ。キョウマとして出会っていたならすぐに意気投合できただろう。
「そういうわけで、貴方に決闘を申し込むわ。いつでも大丈夫なのよね?」
「ああ、問題ない」
現れたメニューウインドウを手早く操作し、決闘エリアを出現させる。このエリアは天候の影響も遮断するため、少しだけ温かく感じる。
「俺の名はハイト・グラディウス。【剣聖】の名において、この決闘を毅然の心情で戦うこと誓う」
「アイシスよ、良き戦いをしましょう」
(やっぱり、この人)
何らかの武術に精通した人間。
刀の持ち方や構えの動作が経験者、それも達人の域に達している者のそれだ。
鞘から剣を抜き、正道の構えを取る。
「騎士なのに鎧は着ないのね」
「昔の話だ。今の俺はただの隠居人に過ぎん」
「……まぁ良いわ。それじゃ、行くわよ」
「──!?」
一陣の風が、その場を駆け抜ける。俺は咄嗟の判断で防御の構えを取り、その風から身を守る。
剣に伝わる衝撃は三回、つまり彼女は、今の一瞬で三回俺に斬りかかったということだ。
「ほう!」
「へぇ、これを防ぐのね。でも、私の全力はまだまだこんなもんじゃないわ!」
(おかしい、ステータスは圧倒的にこちらの方が上のはずなのに)
彼女のレベルは20、職業は中級職の【侍】。AGIに特化していたとしても、俺の反応が遅れることはないはず。
にもかかわらず、アイシスは俺に怒涛の連撃を加えている。圧倒的な攻撃スタイルでベータテスターを蹂躙した、ハイト・グラディウスを。
(……まさか、呼吸を計っているのか?)
それは宵崎家において『呼吸を計る』と表現されていた、剣術における基本形の技。人は集中する時、無意識のうちに呼吸を止め、油断する時には息を吐きだす。これと同じように、人の意識というものは一点に留まり続けるわけではない。
身も蓋もない言い方をしてしまえば、相手の隙を付くというだけ。だが、その『だけ』を身に付けるために、剣に生きる人間は多くの年月を費やす。基本の技だが、極致の技でもある、そういう技だ。
一人で歩けるようになったころから剣を握っていた俺でも、初見の相手に対して初撃から呼吸を計るなんて芸当は出来なかった。多分親父もできないだろう。この女、どこでそんな技術を身に付けたのやら。
「どうしたの!最強と謳われた貴方の実力はこんなものじゃないでしょう!」
「……当然だ」
俺は強引にアイシスの攻撃を打ち払う。刀を打ち上げられ、がら空きとなった体に一撃加えようとしたが、アイシスはその衝撃に逆らうことなく体を翻し、俺から距離を取った。
「やるな。異界の民がここにやって来て以来、ここまで心が躍る戦いは初めてだ」
「お褒めに授かり光栄ね。
私も『
俺の記憶にもハイトの記憶にも、そんなスキルは存在していない。つまりは、彼女が向こうの世界で身に付けた技術ということだろう。
「正直、噂通りの実力なら攻めに転じられたら勝ち目が無いでしょうから……悪いけど、ずっと私のターンで行かせてもらうわよ!」
やりにくい相手、それが俺がアイシスに抱いた感想だ。
恐らくステータス構成は
大して
とはいえ、俺にはその差を補って余りあるレベル差がある。向こうが一番伸ばしているであろうAGIでさえ、俺の方が高い。
だが向こうにも『虚の刃』なる
(まぁ、それでも負けるような相手じゃないんだが……)
確かに強い。強いが、それでも今の状態で敗北することはないだろう。
豊富なVITにもの言わせて、攻撃を敢えてくらってからカウンターを一撃当てるだけで、恐らくアイシスのHPは全損する。
だがそれは裏を返せば、「レベルを上げればアイシスに負ける」こと意味する。
俺はステータスに勝っただけであり、技量では敗北したと認めてしまうことになる。
嫌々続けていた剣の道とはいえ、むざむざ敗北を認めることを
「いや……ここからは俺のターンだ」
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