第4話 剣士としての矜持

─【侍】アイシス─



「いや……ここからは俺のターンだ」



 そう言い放ったNPCの雰囲気が、少し変わったのが分かる。

 この世界では「ターン」なんて言葉は馴染みのないものだと思うんだけど、ある程度私達合わせて言語が作られているのかしら。



(それにしても……)



 強い。悔しいけど、そういう感想を抱かずにはいられない。

 私の家の奥伝である『虚の刃』を初見で対応してみせたのもそうだけど、とにかく全体を通して戦い方が上手いのがわかる。彼と私が同じレベルだったとしても、絶対に勝てるとは言い切れない。


 騎士団やベータ時代の挑戦者の話を聞いている限り、もっと力で押してくるタイプのNPCだと思っていたんだけど、やっぱりこういうのは実際に戦ってみないと分からないものね。



「へぇ、一体どうするつもりかしら?」



 ステータスの壁のせいで、勝ち筋の薄い勝負ではあるけど、それでも絶対勝てないわけじゃない。ようは私が一度も有効打をもらわずに彼のHPを削り切ればいい。

 戦う前程、それが出来るとは思っていないけど……。



「こういうことだ」



 彼が繰り出してきたのは、特筆すべきこともない単調な突進攻撃。

 確かに速いけど、AGIアジリティを特化して割り振った私ならカウンターまでいける余裕がある。


 あるはずだった。



「なん!?」



 半身で躱そうとした、できたはずの攻撃が、まるでそれを予期していたかのように吸い付いてきた。

 反撃のためにギリギリで避けたから、途中で軌道を修正するのは不可能のはずなのに。



「くぅ!!」



 重い、なんて重い一撃なの。この威力は途中で太刀筋を捻じ曲げて出せるものでは無いわね。

 剣の道に生まれてきた一人娘として、たくさんの期待と嫉妬の目に晒されて育った私は、男との立ち合いに臨むことも少なくない。だけど、こんなに重い刀を浴びせてくる人間は初めてだわ。いや、彼は人ではないのだけれど。



「まだよっ!」



 痺れる腕を無理やりに動かし、剣を地面と水平に構える。いわゆる突きの構えで、剣道ではまず使われることは無い。

 だけど私が学んできたのは、人を殺すことを目的とした剣術。お父様以外に使ったことはないけど、その型はしっかりとこの身に刻んでいる。



「はああああ!」



 手加減抜きの、全力の一撃。

 相手の虚構を読み取り、その隙を突いた完璧な一撃。


 だけど目の前の剣聖は、その一撃を凌駕した。



「え!?」



 その声の主は私じゃない。今まで静かに戦いを眺めていたサフィリア。

 きっと彼女には、攻撃したはずの私の体が何故宙を舞っているか理解できないんでしょうね。



(かわされただけじゃない……首元を掴まれて投げ飛ばされた)



 避けるだけでもありえないのに、私に肉薄するなんて……。

 そのまま私は決闘エリアの外まで弾き飛ばされ、敗北の文字が記されたメニューログが目の前に現れる。



「アイちゃん!大丈夫ですか!?」


「ええ。決闘モードなんだから、どれだけ攻撃を受けたとしても死ぬことはないわ」



 決闘モードは範囲を出た時点で解除されるから、落下したときにHPはちょっとだけ減ってるけどね。

 あとは地面を滑った背中が痛いくらい。



「怪我はないか?」


「投げ飛ばした本人が言うセリフではないわね……ええ、問題ないわ」



 多分投げた時、多少の手心は加えてくれたんじゃないかしら。

 この世界の重量パラメータは装備依存だから、軽装備の私を高ステータスの彼が本気で投げたらもっと遠くまで飛ばされてもおかしくないでしょうし。



「二つほど、聞きたいことがあるんだけど」


「……何だ?」


「最後の私の突き、一体どうやってかわしたの?カウンターまでお見舞いしてきたくらいだもの、最初から避けられる確証があって行動したんでしょ?」



 それを聞いた彼は、私を見つめながら右の頬を僅かに上げて微笑む。戦ってるときは気にしている余裕が無かったけど、改めて見ると随分男前ね。

 NPCだと分かっていてもドキリとするから、そんなに見つめないで欲しい。



「『うつろの刃』、だったか?呼吸を計れるのはお前だけではないということだ。お前ほど洗練されたものではないがな」


「……そういうこと」



 つまりは彼も、名前は違えど『虚の刃』を使えるのね。

 使えると分かっていればまた違った戦い方が出来たでしょうから、敗因はその可能性を考慮しなかった私にある。



「悔しいけど完敗ね、納得したわ。それじゃもう一つ、最後に剣を使わずに決着を付けたのは何故?実戦で生きてきた貴方なら、敵に肉薄するリスクを理解していないはずがない……剣で斬ってくれたら、私の背中は痛まずに済んだのだけど」



 例えば私が懐に短剣でも忍ばせていたら、勝負はもう少し長引いていたかもしれない。その短剣に毒でも塗り込んでおけば、私が勝っていた可能性さえある。

 彼はしばらく悩んだのち、私の嫌味に苦笑いを浮かべながら口を開く。


「それはすまなかったな……理由は二つある。一つは剣で決着を付けたくなかったからからだ。今の決闘、正直言って純粋な技量ではこちらが負けていたからな。お前とはもう一度戦いと思ったからこそ、剣士としての勝敗をここで付けたくはなかった」



 ……彼は本当にNPCなの?

 後半のセリフはまだ理解できる。決闘を経て私に対する信用度が上昇したのでしょう。そういう隠しパラメータが存在しているらしいことは、掲示板なんかで有力な一説として流れていた。


 だけど、前半のセリフは、一人の『剣士』としての矜持を持っているかのようなセリフだ。それも同類でしか理解できないような。

 わざわざ一人のNPCに、ここまでの設定とAIを盛り込むの?



「再戦はこちらとしても望むところよ。まずはレベルを上げてお金も稼がないとだけどね……もう一つは?」


「……勘だ」






♢ ♢ ♢






─【剣聖】ハイト・グラディウス─



「……勘?」



 その言葉を聞いたアイシスは、どこか訝しむような表情で俺を見つめる。

 創られたものとはいえ、美人に見つめられると照れるから程々にしてほしい。



「なんとなく、斬るのはまずい気がした。言語化できるような根拠はないが、この勘には何度も命を助けられているのでな。従うようにしている」



 後半は完全に出任せだが、何か悪寒が走ったのは事実だ。アイシスの突きをかわしたとき、彼女の目は驚きはしていたが諦めていなかった。

 まだ隠している何かがあるのではないかと思ったのが理由だ。まぁ、一つ目の理由が大部分を占めるが。


 彼女の気まずそうな目を見る限り、その勘に従った判断は間違っていなかったようだ。戦闘以外となると表情を隠すのが下手だな。



「……そう」



 実にNPCらしくないセリフだと自分でも思うが、自分が人間だと仄めかすような言葉を吐こうとすると、謎の強制力が働いて喋ることができなくなる。

 なので、今のセリフはシステム的に大丈夫ということなのだろう。



「アイちゃん、もういいですか?」


「……ええ、先に譲ってもらってごめんなさいね。ここからはお任せするわ」


「構いませんよ、急ぐものでもないですしね」



 そう言って俺に前に立ったのは、今の戦いをずっと見守っていたサフィリアだ。

 決闘前の会話を聞いている感じ、魔法職の彼女はクエストに挑戦することはなさそうだが……。



「ハイトさん。実は私達、あなたと決闘をするために来たんじゃないんです」


(いや、決闘はしただろ)



 そんなツッコミは許されなさそうな雰囲気だ。

 アイシスに比べふわふわとした雰囲気を纏ってはいるが、それでもその瞳は真剣そのもの。

 その目に僅かな違和感を覚えながら、黙って話の続きを促す。



「ハイト・グラディウスさん。15歳で騎士団に入団。絶え間のない努力が実を結び【剣聖】の職業を取得した後、およそ一年で副団長の地位にまで昇り詰めています。これは合ってますよね?」


「……よく調べたな、その通りだ」


「ですがその後、あなたは突然騎士団を退団。そしてこの森から一歩も出ずにこの小屋での生活を続けています。いくら騎士団が要請しても戻ることは無く、やっていることといえば、森を散策するか、小屋に訪れる挑戦者の相手をするか……騎士団の人達は、あなたのことを随分馬鹿にしていましたよ」


「好きに言わせておけばいい、俺の人生は俺が決める。例え王に請われても、俺は騎士団に戻るつもりはない」



 どうやらこの二人、騎士団まで行って俺のことを調べたらしい。

 もしかしたら偶然俺に行き着いたのかもしれないが、団内での俺の扱いを考慮すると考えにくい。



「それは何故です?あなたが退団した理由については、どれだけ調べても分かりませんでした。騎士団もはぐらかすばかりで、明確には答えてくれませんでしたし。そこで私達はそれを知るために、ここに来たんです」


「……それを知って、お前達はどうするつもりだ?」



 これはハイトにとって、そう簡単に教えて良いものではない。

 二人、正確に言えばアイシスに対しての信用度は規定値を達しているので伝えることは出来るが、その前に聞いておかなければならなかった。



「……正直に言うと、ここに来る前はただの好奇心でした。ですが、今は違います。私は、あなたの助けになりたい」







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