第7話 思わぬ再会

──サフィーラ──



「ふぅ……」



 ヘッドセットを頭から外し、ベッドの脇に置いた私は、一息ついて机に向かいます。

 すぐに今日の出来事を共有したいところですが、ハイトさんに関する情報は隠しておいた方が私達にとって有利に働く可能性が高いです。もう少しだけ黙っておきましょう。



(あ、そうだ。藍ちゃんにもこれを伝えておかないと)



 アイシス、藍花ちゃんとは明日学校で顔を合わせますが、念のために今のうちにやっておきましょうか。



サフィーラ

『藍ちゃん、今ちょっと良いですか?』


藍花

『良いわよ、どうしたの?』



 ゲーム用のアカウントを使っても良かったのですが、間違ってグループチャットに投稿してもいけないので、プライベート用のアカウントを使用してみました。



サフィーラ

『ハイトさんのことですが、攻略隊に約束を取り付けるまではネット上に公開しないようにお願いします。ゲームの性質的に同じことをしても同じ結果になるとは考えにくいですけど、念のため』


藍花

『ああ、変に割り込まれても気分が悪いものね。あの人に負けたことは言って良いかしら?フレンドに挑むことは伝えちゃったのよ』


サフィーラ

『はい。ハイトさんを助っ人として雇えたことをはぐらかしてもらえればそれで構いません』


藍花

『了解。それじゃ、私は課題が残っているから』


サフィーラ

『分かりました、おやすみなさい』


藍花

『おやすみ、サフィ』



 今日私がグラマギでしたことといえば小屋までの魔物戦くらいなものですが、満足度で言えば、初めてグラマギにログインしたあの日の感動に近いものがあります。



(元よりグラマギのNPCはAIとは思えないほど人間らしさがありましたが、彼は人一倍その傾向があります。やはり重要NPCには高度なAIが?いや……)



 ゲームを始めたときから思ってましたが、私はどうしてもあの世界に住まう人をNPCだと思うことが出来ません。彼らには私達と同じ『感情』が備わっているように思います。

 依頼を達成した時の喜びの表情、街を走り回る子供達の無邪気な表情、そして過去に囚われた苦しみの表情。それどれもが、私には本物に見えました。


 確かに度々会話が繋がらないことはありますが、それは彼らがNPCだからと言うより、彼らと私達が違う世界に住まうことを原因とした価値観の違いにあると思います。

 私もこちらに留学してすぐの頃は、文化の違いに苦戦した思い出がありますし。



「ハイトさん、ですか……」



 凄い人でした。残念ながらアイちゃんとの決闘ではほとんどスキルを見せてくれませんでしたが、裏を返せばアイちゃんを以てしてもスキルを出す必要がなかったということです。

 まぁ、ほとんどスキルを使わないアイちゃんにも問題はありますが。彼女は修行の一環としてゲームをしている側面があるため、責めるわけにもいきません。


 普段はゲームをあくまで手段や娯楽として捉えている非常にドライな正確のアイちゃんも、彼に対しては一定の敬意を払っているように思いました。

 現実では仲のいい私でも時折引いてしまうくらい、他人に興味を示さない人なのですがね。



(交渉は明日、ハイトさんは森から出られないようなのでリーダーさんに出向いてもらうことになりますが、まず間違いなく交渉は成立するはず)



 何せ彼はダンジョンにおける重要人物。あるとすれば私とアイちゃんだけ除け者にされることですが、前回の人となりを見る限りリーダーさんは人の手柄を横取りするような人ではありません。

 むしろ他人のために可能な限り動くタイプでしたね、職業の【盾戦士】が似合い過ぎて、NPCだと言われても納得してしまうくらいの馴染み度合いでした。



「明日に備え、私も少し予習をしておきましょうか」



 三人の中で、唯一の懸念材料は私の実力でしょう。二人のように卓越した才を持っていない私は、その差を努力と知識で埋めるしかありません。


 大丈夫、才などなくても、自分だけの武器は作り出せるのですから。






♢ ♢ ♢






──【剣聖】ハイト・グラディウス──



「……来たか」



 来たる攻略の日に備え無心で剣を振っていると、森の入り口の方から足音が聞こえてきた。足音の数は3つ。いつもならいつもの決闘かと思うところだが、今日の客の目的が違うことは分かっていた。



「こんにちは、ハイトさん」


「……こちらはまだ朝だぞ、サフィリア」



 現実世界とこちらの世界は時間の進み方が違う。森では太陽も見えないので時間が測れないのは仕方ないが、プレイヤーは現在時刻を常に表示できるはずなんだがな。



「あら、そうでした」


「おはよう、ハイト。朝から精が出るわね」


「この森で隠居してからの悲願を叶えられると思うと、体を動かさねば気が済まなくてな」


「やる気があるのは良いけど、当日に寝不足みたいな真似はしないでよ?」



 お前ら挑戦者のせいで毎日寝不足だよ。この言葉は勿論口には出さない、というか出せない。

 アイシスは昨日の一戦が相当悔しかったのか、今すぐにでも再戦したそうな感じだ。



「おい、二人とも。はやく俺のことを紹介してくれや」


「はいはい、意外とせっかちな方ですねぇ。ハイトさん、こちらはさんと言って、今回の攻略部隊においてリーダーを務めている方です」


「!!」


「【盾戦士】のレンヤだ、実はあんたに一度挑んだことがあるんだが……ま、流石に覚えてるわけねぇよな」



(レンヤさん……)



 憶えている、ハイトとしてではなく、叶馬として。

 ベータ時代にその人柄と実力から多くのプレイヤーが彼の下に集まり、数多のクエストを攻略してみせた著名なタンク職だ。

 俺は最後のハイスケルトンジェネラル戦の前に何度かパーティーで遊んだ程度だったが、他のVRMMOで培ったらしい盾職としての技術は目を見張るものがあった。


 ベータテストのときのMOB顔と違って随分とダンディーな容姿になっていたから気が付かなかった。

 そういえばレンヤさん、少しでも長くプレイしたいからキャラメイクは適当にしたって言ってたな。正式サービスの今回はそれなりに頑張ったってことか。



「【剣聖】ハイト・グラディウスだ。済まないが異界の民がやって来てから挑戦者が絶えなくてな……貴方のことは憶えていない」


「いやいや、そんな顔すんなって。俺が挑んだのはかなり前の話だ、仕方ねぇさ」



 恐らくレンヤさんが言っているのはベータ時代のことだと思う。NPCの体は便利なもので、一度顔と名前を見たプレイヤーは全て記憶しているからな。

 当時の超火力型ハイトとは相性最悪だったので、例に漏れずボコボコにされた話をどこかのタイミングで話していた気がする。



「それで早速だが、いくつか質問させてもらうぜ。まず、あの骨将軍が昔の知り合いってのは本当なのか?」


「その骨将軍がハイスケルトンジェネラルを指すのなら、事実だ。ヤツの装備はサダルが身に付けていたもの。そして何より……ヤツの攻撃の太刀筋を、呼吸を、俺は誰よりも知っている」



 自分のあずかり知らぬ場所でサダルを命を落としてしまっため、実際にアンデッドにその身を変える瞬間を目撃したわけではない。だが俺には、あのダンジョンボスこそがサダルだと断言できる。



「そのサダルってのはあんたの親友なんだろ?それを殺そうとしている俺達に、何か思うところはないのか?」


「ない。あるとすれば、その役目を他人に任せてしまう自分自身に対してのみだ」


「……いざ討伐に出たら後ろからグサリ、なんてのは御免だぜ?」


「【剣聖】の名にかけて、そのような非道な真似はしないと誓おう。そもそもそのようなことをしたとして、不死身の異界の民相手では嫌がらせにしかならんだろう」



 それにそんなことをしなくとも、今の俺なら恐らく単独で攻略隊全員を相手できる。流石にアイシスが入ると厳しいが。



「……ふむ、裏切り系のイベントではなさそうだな」


「でしょう?どうでしょうかレンヤさん、あの時は断られてしまいましたが、今の私達には多少のステータス差に目を瞑ってでも攻略隊に引き入れる価値があると思いませんか?」


「……お前さん、向こうで営業やってたりするか?」


「それを聞くのはマナー違反ですよ。まぁ、その質問に関してはNOと答えておきます」


「っと、すまん、そうだったな。分かった、他の奴らには俺から話を付けておこう。ハイト、アンタにも道中では役立ってもらうぜ?」


「任されよ、他の騎士には何の未練も存在しない。遠慮なく切り捨ててくれよう」



 思わぬ遭遇に少し動揺してしまったが、無事にことは進みそうだ。後は来たる決戦の日のため、少しでもこの身体に慣れておかないとな。

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